第17話 望まぬものと望んだもの
馬たちの隠れ家。
フィリパさんが連れてきてくれた、馬たちが自由に駆け巡る草原。
しかし、そこでは異様な光景が広がっていた。
普通の馬よりも二回りも大きい、白い毛並みをした巨馬。
それが馬たちへと襲い掛かり、次々と踏みつぶしている。
馬たちは恐怖のあまり逃げ惑うが、バラバラに逃げるため、お互いにぶつかり合って怪我をするものも出る始末だ。
あまりの悲惨な光景に、フィリパさんはその場で崩れ落ち、口を覆ってしまった。
「なんで? いつもはあんなに穏やかな草原なのに……」
「む? おそらくあれではないか?」
ジークが指した先に見えたのは、巨馬の首にとりついた触手の塊のようなもの。
触手のいくつかが、巨馬の皮膚を突き破り、中にはいっているように見える。
「昔、見たことがある。あの時は鹿だったが、体が一回り大きくなり、凶暴な性格になっていた。あれと同じ、妙なものが付いていたので切ったら、霞のように消えてしまい、鹿の体も元に戻って、逃げ出していったな」
「じゃあ……」
「あぁ、少し待っていろ。俺が片付けてこよう」
ジークは背中の大剣に手をかけると、その状態のまま駆け出した。
逃げ惑う馬たちの隙間を縫うようにして、彼は白い巨馬へと近づいていく。
さらに一頭の馬を踏み潰した時、巨馬もまたジークに気付いた。
右前足を大きく振り上げ、彼の頭へ振り下ろす。
ガキッ!
馬の足を止める、そんな音を予測し、耳を塞いで目を閉じていたが、そんな音は聞こえなかった。
思わず目を開くと、ジークが空中高く飛んでいた。
馬の頭を超え、前方に半回転する。
背中の大剣を引き抜き、一気に首の魔物へ振り下ろした。
大剣は首筋のラインに沿ってきれいに振り下ろされると、魔物だけを切り裂く。
ジークは剣を振った遠心力でもって再び元の姿勢に戻ると、そのまま馬の後ろへと着地した。
「ほぅ、あんな器用な真似ができるとは思わなかった。エルフ並みの軽業の技量を持ち合わせているな、奴は」
「えぇ、素晴らしいです。まるで、街に訪れていた曲芸師たちみたいです」
エルフの軽業も、街の曲芸師たちも見たことはないけど、ジークの技術が優れているのは私にも分かる。
どうやったら空中で、あれだけ見事に剣を振り抜けるのだろうか。
白い巨馬を見ると、体躯がみるみる縮んでいった。
それでも周りの馬よりもひと回りは大きいのだが。
今はその場に立って、耳だけをピクピクと前後左右に動かしている。
すると巨馬は動き出し、その場をうろうろと動き回り、時折ガッ、ガッと前足で地面を掻いた。
そして突然
「ヒヒーーン! ……ブルルル、フンッ」
と鳴き声を上げて鼻をふるわす。
「まずい。あの子、仲間を殺したことを覚えてる。あれは馬が悲しいときに見せる仕草ばかり。どうにかしてあげないと」
「どうにかって……どうする? 私たちは馬の言葉も分からない。ましてやその意思もないのに仲間を殺させられた、あいつの気持ちをどう慰めればいいんだ?」
たしかに馬の言葉なんて分からない。
でも、私にもできることはある。
「プリメラさん、生きてる馬がいたら治癒をかけにいきます。付いてきてください」
「っ……! そうか、そうだな。フィリパ、お前も来い。離れられてはいざという時守れん」
「わっ、分かりました」
私たちは連れ立って草原に入り、倒れ伏している馬を一頭、一頭確認していく。
亡くなってしまった馬もいたが、蹴られた全てが死んでしまったわけではないようだ。
私は一頭一頭に『治癒』をかけていく。
「馬というのは案外強いものだな」
「ええ。彼らは強く、逞しい。だから父も私も馬を扱う商売についたんです。もっとも、こだわりが強すぎて、よくお客とケンカしてましたけどね」
「ケンカ?」
「はい。馬をただの乗り物、使い捨てのように買い求めに来る人もいるんです。そういう人には売らないように決めてましたから。共に人生を歩むパートナーとしてお買い求めいただきたかったんです」
フィリパさんは、すでに絶命してしまった馬のたてがみをやさしく撫でた。
その瞳はわずかに潤んで見える。
「それほど愛されて育てられたのなら、馬たちも幸せだったろうな」
「そう……だといいんですが」
フィリパさんとプリメラさんのやり取りを聞きながら、私はジークの姿を探した。
すると先ほど暴れていた白い巨馬に跨り、その背にうつ伏せに寝ている。
顔をたてがみのあたりに乗せて、とても気持ちよさそうだけど……。
「なあ、お前はこの群れのリーダーなのか?」
巨馬はもちろん答えない。
ここで突然話しだしたら、それこそ魔物が憑いてることを疑ったほうがいい。
しかし……。
「プリメラさん、例えば魔力を通じて馬と話せる方法などはないですか?」
「あんっ? そんな方法は聞いたことがないぞ。エルフで知らないなら、ないということさ」
やはりそう言った便利なものはないか。
でも、たぶんジークは今、言葉が通じないなりに、あの馬の悲しみに寄り添おうとしている。
私が何か手助け出来るならしてあげたい。
「じゃあ、試してみますね」
「おっ、おい、出来るわけが……」
出来ないなら出来ないで構わない。
でも、一度試してみたい。
世界の魔力の可能性は、それほど狭くはない。
そう、信じたかった。
私は白い巨馬にゆっくりと近づいた。
馬に寝そべるジークの瞳が私を捉えた。
私もまた彼を見つめ返して頷く。
それだけで、何をするかはなんとなく分かってくれたようだ。
私は巨馬の前に立った。
すると、不思議な光景がそこにはあった。
巨馬が目から涙を流していたのだ。
「あなたっ……!」
道中、フィリパさんに聞いた話では、馬は悲しみで涙を流すことはないが、目にゴミが入った時などに流すことはあるらしい。
だからこの涙も、きっとそういうことなのだろうけど。
でも、このタイミングは……。
私は真っ直ぐに近づき、腕を広げて、この子の首に手を回して抱きついた。
ポトッ、ポトッと、私の背中に涙が落ちる。
その音を聞いていたら、私の目からも自然と涙が溢れた。
私は願いをそのまま口に出し、世界へと呼びかける。
「世界を満たす、偉大なる魔力よ……私に少しだけ力を。この子の悲しみを、私からの言葉を……共に分かり合うための、力を貸して」
世界の魔力が少しずつ集まり、白い巨馬へと収束していく。
白く淡い光がこの子の頭の中へ、静かに染み込んでいった。
もしかして、出来た?
私は固唾をのんで、この子の言葉を待った。
……
しかし、何も聞こえてこない。
やはりプリメラさんの言う通り、出来ないものは出来なかったんだ。
そう諦めてこの子から離れようとすると、
「うおっ! 今のはまさかお前の言葉か?」
いつもは落ち着いているジークが、ひどく取り乱した顔で巨馬を見つめていた。
「えっ!?」
「あぁ、うむ。そうだな、その悔しさは俺も分かるぞ。俺も自らの意思ではなく閉じ込められていた経験がある。悔しいな、お互い……」
ど、どうやら私の魔法は成功してたらしい。
しかし話せるのがジークになってしまったようだが。
ちょうどそこにプリメラさんとフィリパさんもやってくる。
「ほらな、出来やしなかったろう?」
「いや、その……出来たんですが、なぜかジークとだけ話せるように」
「はっ!? 出来ただと? しかもジークだけと話せる? ……はぁ、お前はいったい何回奇跡を起こせば気が済むんだ?」
「ふふっ、これでも聖女と呼ばれてましたからね。でも、ズルいです。私が話したかったのに」
ぷくっと頬を膨らませると、プリメラさんとフィリパさんは大笑い。
せっかく私がこの子の悲しみを癒したいと思ったのに。
「だがな、あれはお前のせいではない。おそらく『破滅の龍』のせいで魔物が活発になったせいだ。……なにっ!? うむ、たしかにそうだが。いや、しかし……」
傍から聞いていると、ジークが何を話しているかさっぱり分からない。
話せなくても、せめて何を話してるかは聞きたいところだけど。
「あぁ、分かった。俺たちもちょうど馬を探していた。お前のようなヤツが協力してくれるなら助かる。本当に……いいんだな?」
どうやら一緒に行くような話がまとまりつつあるようだ。
しかし……聞きたい。
「みんな、コイツが仲間に手を下させた恨みを晴らしたいと。俺達に協力してくれるそうだ」
「ですが、ジークさん。その子にジークさんとエリアナさんが乗っても、まだ私とプリメラさんの馬を見つけなければいけません」
「ハハッ、その心配はないんじゃないか?」
振り返ると、フィリパさんの後ろから、二頭の綺麗な茶色の毛をした馬が、まるで甘えるようにフィリパさんへ頭をこすりつけていた。
「フィリパは父上に似て、よほど馬が好きなのだろう。だから馬も君を好きになる」
「そうですかね。……そうなら、とても嬉しいです」
甘えてきた馬の頭を両腕で抱え、フィリパさんは自分もまた甘えるように、馬に擦り寄った。
まるで、仲の良い姉妹のように。
こうして私たちは三頭の馬に協力してもらい、ドワーフの集落を目指す。
馬での旅は、私たちのスピードを一気に底上げしてくれた。
本来徒歩で三日以上かかる行程を、わずか一日程度で目的地の近くまで来てしまった。
「おおっ、見えてきたぞ。あの大きな洞窟が、ドワーフたちの住む街『スブソーロ』だ」
そういえば、ドワーフの街は名前があるのに、エルフの森は名前がなかった気がする。
「そういえば、エルフの方の集落は名前はないのですか?」
「まあ一応あるが、そのまま『森林』だぞ? 我々は他種族との交流をしていないからな。本来『ここ』で済んでしまうのさ」
なるほど。
たしかに名前は、他の人から呼んでもらうために必要なものだから、そんなものかもしれない。
私も協会にいた時は、『ここ』『王城』『街』しか世界はなかった気がする。
もちろん知識としての世界は知っていたけど。
その時、
「うわぁぁぁっ!」
という叫びが近くで聞こえた。
おそらく街道の前方。
男性の叫びだ。
ジークは叫びの聞こえた方へ馬向ける。
「エリアナ、すぐに……」
「行かなくてはですよね? さあ、お願いします」
彼の腰に腕を回し、しっかりと抱きつく。
降ろそうったって、そうはいかない。
彼ならば守ってくれる。
そして私も彼を守ろう。
その想いを込めて、ギュッと手を組んだ。
「はあ、仕方ない。イエス、マイレディ」
ジークはニヤリと笑い、腹を蹴ると馬は駆け出した。
そういえば、この馬の子に名前を付けてあげないと。
これから戦場に向かうのに、そのようなことを考えてしまった私は、かなりこの旅に慣れてしまったなと、思わず苦笑いを浮かべた。




