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逃亡聖女と不死の騎士は、神なき世界で生きると誓う  作者: 八坂 葵


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第14話 命をかけた挑戦

 私たちが森へ入って休憩を挟みつつ、しばらく歩いていると、空が明るくなり始めた。


「そろそろ見えてくるぞ」


 少し疲れを含んだプリメラさんの声が届く。

 ここに来るまで、決してまっすぐな道のりではなかった。

 ただでさえ歩きにくい森の中。

 プリメラさんは私たちのために枝を切って道を開き、要所、要所にかけられた迷いの魔法を解呪して私たちを導き続けてくれた。


「プリメラさん、大丈夫ですか?」


 心配になり声をかけると、不機嫌そうな顔で振り返り、


「自分の心配をしてろっ! まったく、どこまでお人好しなんだ」


 と、怒られてしまった。

 仕方なく足元に注意しながら歩き続けていると、急に目の前が開けた。


 深い碧色をたたえた泉。

 まるでその泉のために生えてくるのをやめたように、泉の周囲だけキレイに木が一本も生えていない。

 その姿に見とれていると、突然横から声をかけられた。


「何者だ? なぜ人間がこのようなところにいる?」


 振り向くと、淡い金色の髪の毛を無造作に後ろで縛り、杖をついたエルフの老婆がそこにいた。


「ポルテイロ様、お久しゅうございます」


 隣りにいたプリメラさんが、慌てて片膝をつき、頭を下げた。

 私とジークもそれに倣う。


「プリメラか。お主、ここがどういう存在か忘れたようだな」

「い、いえっ! エテルノ様からの許可が出た者となります。……エリアナ、あのレリーフを」


 私はエテルノ様からいただいた、葉っぱのレリーフを鞄から取り出した。

 布に包まれたそれを、丁寧に開き、ポルテイロ様へお見せする。


「……ふむ、たしかに長老の許可に見えなくもない。だが、本物の証拠などないな」


 ポルテイロ様はレリーフを取り上げ、泉へと投げ捨てた。


「なっ、何をなさるのですか! エテルノ様からお預かりした、大切なものを」

「黙れ、小娘! エルフ族秘中の秘となるこの場に、人間などを導いたエテルノがふざけておるのさ。さあ、さっさと帰ってもらおうか……いや、ここを知られたからには消えてもらうほうが確実か」


 するとポルテイロ様の両手に風の渦が巻き始める。

 その力強さはプリメラさんのものと遜色ないほどに見えた。

 ジークが剣に手をやるのが見えたので、私は目でそれを制した。

 首を振る。

 いけない、私たちはここに争いに来たのではないのだから。


「ポルテイロ様、どうかお話をお聞きください。私はただ魔力が欲しくてこの場に来たわけではありません! 『破滅の龍』討伐のため、今よりも力が必要と感じたからこそ、エテルノ様もご助力くださったのです」

「ポルテイロ様、なんの助けにもならないとは思いますが、こちらもお収めください」


 プリメラさんが、ポルテイロ様に何かを渡す。

 それは、エテルノ様のものと同じようなレリーフ。

 ただ、プリメラさんのそれは、色がついておらず、宝石の部分も磨かれただけの普通の石がはめられていた。

 しかしそれを見たポルテイロ様は、目を見開く。


「プリメラ、なぜそこまでする?」

「人間などに『魔力の泉』を使わせるなど言語道断! それは私もそう思っています。ですが、知ってしまったのです。信じるに値するものもいると。……どうぞ、若さと笑ってやってください」


 すると、ジークも動いた。


「すまない、おそらくエテルノは俺のために無理を通してくれたのだと思う」

「エテルノを呼び捨てにするとは、お主は何者じゃ?」

「昔はアルヴォラーダ王国第一騎士団所属のジークフリード。今は『破滅の龍』を倒して、人に呪われた、死にぞこないの男だ」


 また、そんな言い方をして!

 後でたっぷり叱ってあげなければ。


 ポルテイロ様は何か引っかかるようで、拳を顎に当てて首を傾げる。

 下を向いてウロウロと歩き出したかと思うと、突然顔を上げた。


「ジークフリード! 昔エテルノと一緒に私の秘蔵酒を盗んだ大罪人!」

「ジーク……?」

「あ、あれはエテルノが大丈夫というから。俺は悪くないぞ!」

「長老も何をなさっているのか……」


 図らずもジーク対女性三人という変な構図となってしまった。

 エテルノ様が来なかったのは、これで責められることを見通してたから……というのは穿った見方だろうか?


「だがあれは二百年以上は昔のこと。なぜ人が生きている?」

「三百年だ。実は……」


 ジークの口からエテルノ様と別れてからのことが、簡単に語られる。

 何度聞いても王国のやり口は耳を塞ぎたくなるほどに、自分勝手で醜悪なものだ。

 プリメラさんも初めて聞いたことで、顔を怒りに歪めていた。


「……そういうわけで、復活の近いヤツとの決戦に向けて、彼女が俺を動かしながら魔法を使えるようになりたいと。……どうか、力を貸してくれないだろうか?」


 話し終えるとジークはポルテイロ様へ深く頭を下げ、お願いをする。

 エテルノ様はたぶんこういうところに惹かれてしまったのだろう。

 騎士のくせに傲慢なところがなく、どこまでも謙虚で丁寧で……。

 そんな人と心を結べたことが、私にとってはとても誇らしく感じられた。


「なるほどな。秘蔵酒の件はまたエテルノと共に責めさせてもらうとして、エリアナ。魔力を上げるのに、魔法の扱いに長けたエルフが、十人が挑んでせいぜい三人程度の生存率だ。人間のお主ではもっと下がるだろう」


 あらためて数字で出されたことで、まるで鉛を飲み込んだように胃が重くなる。

 この前までの私なら、この重さに潰されていただろう。

 でも、今は……。


「構いません。私はその覚悟で導いていただきました」

「そうか、では儀式を執り行ってやる。儀式自体は簡単だ。専用の衣装に着替え、泉に頭の先まで入るだけ。それで終わりだ。生きていれば成功、死ねば失敗。簡単だろう?」


 たしかにとても簡単だ。

 結果が生死のどちらかしかないのだから。


「本来なら魔力を使い切ってから挑むのだが、話を聞いている感じでは、ジークフリードへの魔力を止めれば、ほとんど残っていないようなので、それでいいだろう」


 つまり私が儀式に挑む間は、ジークは石像に戻ってしまうということ。

 すぐそばにいるのは分かっている。

 それでも、彼が動けないことに、急に不安を感じた。

 するとジークが私の肩に手を添える。


「大丈夫だ、エリアナ。俺は動けなくなるが、心も目もここにある。あなたが生きて戻って来られるよう、必死に願っておくさ」

「ジーク……せめて、直前までは、あなたのままでいてください」

「ん、分かった。では着替えてくるといい。俺はここで待っていよう」


 ポルテイロ様に導かれ、私とプリメラさんは、近くにあった小屋の中へ案内される。

 座るように伝えられると、ポルテイロ様がお茶を煮出し始めた。


「あの、ポルテイロ様。早めにお願いしたいのですが……」

「人間はせっかちでいかん。このお茶もまた、儀式に必要なものだ。出来るだけ死なないためのな」

「それを飲むと、増える魔力が少なくなってしまったりするのでしょうか?」

「ああ、しかしその分生存率は大きく上がる。とは言っても死ぬほうが多いがな」


 私はしばし考える。

 ここでお茶を飲んで生き残る可能性を上げても、増える魔力が少ないのであれば、『破滅の龍』との戦いで不利に働くことも十分あり得る。

 それでは命をかけた意味がない。

 私は、私のできる限りのことをして、少しでも未来を掴む可能性を高めたい。


「ならばポルテイロ様、私にはそのお茶は不要です。私はできる限り魔力を高め、『破滅の龍』との戦いに臨みたい。そう、思います」

「お、おい、エリアナ。死ぬ可能性が上がるんだぞ? 悪いことは言わない、飲んでおけ」

「プリメラさん、違いますよ。生きるか死ぬか、可能性は最初から半々なんです。何をしても生きる人は生きるし、ダメな人は亡くなってしまう。私は必ず生き残ってみせますから」


 ポルテイロ様も、プリメラさんも、私の顔を信じられないものを見るような目で見つめてくる。

 私だっておかしなことを言ってる自覚はある。

 けど、私の逃げ腰のせいで、もしジークが負けたら。

 それは……耐えられない。

 それに、命に怯える私は、エルフの里に置いてきた。

 今の私は直接戦えなくても、ジークと、プリメラさんと肩を並べて恥ずかしくないよう、覚悟だけは捨てたくない。


「そうか、そういうバカがまだいたのか。なかなか気が合いそうじゃないか、プリメラよ」

「わ、忘れてくださいっ!」

「エリアナよ、このプリメラもお前と同じことを言って昔挑戦した若者でな。乗り越えた者がここにいる。それだけでも勇気が出るだろう?」


 プリメラさんも?

 顔を真っ赤にしてそっぽを向いてるプリメラさんの肩が、プルプルと震えている。


「それでは衣装もなしとするか。裸で入るのが一番効果的だからな」

「はっ、裸ですかっ!」

「何を驚いている。泉と体を遮るものがなければない方がいいに決まっとろう。ほれほれ、さっさと脱げ。どうせここには女しかおらん」


 言われるがまま、私は鎧を外し、服も下着も脱ぎ捨てた。

 はっ、恥ずかしすぎる……。

 するとプリメラさんが、ベッドに敷いてあったシーツで私の体を覆ってくれる。


「泉まではこれを被っておけ。外にはまだジークもいるだろう?」


 っ……!

 ジークに見られるかと思うと、途端にシーツの一枚ですら頼りなく感じてしまう。


「プ、プリメラさん、透けたりしてないですよね?」

「ああ、大丈夫だ」


 命の危険の前に、裸の危険があるとは予想外過ぎた。

 破裂しそうに大きく脈打つ胸に手を当て、何度も深呼吸をしながら息を整える。


「……お待たせしました、もう、大丈夫です」

「それでは行くかの」


 私たちは小屋を出て、泉へと向かった。


 ◇◆◇


 私たちに背を向け、遠くの空を見つめていたジークが、足音に気づきこちらを振り向く。

 そしてすごい勢いでまた背を向けた。


「エ、エリアナ、あ、足が……」


 その言葉に足を見てみると、膝上くらいまでが出てしまっているが、シーツをしっかり巻きすぎると逆に歩けなくなってしまう。

 それにさっきまでの格好もスカートは膝上までだったので、別に普通だと思うんだけど。


「たぶん裸足で膝上まで何も付けてないので、その先の変な想像でもしたんじゃないか?」


 あぁ、そういう。


「ジーク、もしかして、またこそこそ見てたりしてませんよね?」

「な、何を言う! 俺は今回はずっとここで待っていた。天地神明に誓ってそう言える!」


 何を大げさな。

 これから命をかけた儀式だと言うのに、こんなバカなことができる程度には、私も強くなったのだろうか?

 私はジークの方へ歩みを進めた。


「ジーク、泉に背中を向けてくれますか?」

「むっ? うむ。これでいいか?」

「はい」


 これで裸を見られる心配もなし。

 いくら彼のことが好きとは言え、それとこれとは話が違う。

 私はジークの前に移動した。


「これからあなたへの魔法を解きます。また石に戻ってしまいますが、必ず私は戻ってきて、再び呪いを解きますから。信じていてください」

「ああ、何せ俺の三百年の呪いを解いてくれた聖女様、だからな。信じてるさ」

「泉へ裸で入ると、より魔力が上げやすいそうなので、私はそうします。私が上がってきて、顔がこちらを向いてたら、絶対に許しませんからね!」

「バカを言うな! そんなことは絶対にせん!!」


 私は彼の胸に両手を当てて、体を預けた。

 今まで抑え込んでいたものが、彼の体温で溶かされてしまう。

 体が少しずつ震えだした。


「……ジーク、怖い、死にたくない。もし、死んでしまったら。そう思うと足が竦んでしまうの」

「エリアナ……」

「でも、それ以上にあなたを一人残すようなことになるのが嫌。私はあなたと一緒に生きたい。その人生の最期まで。どうか、私に勇気をください。『破滅の龍』にも打ち勝った、あなたの勇気を」


 ジークは私を優しく、それでいてしっかりと抱きしめてくれる。

 私もまた彼の背に腕をまわし、彼の体温を少しでも体に刻みつけようと、力いっぱい抱きしめた。


「エリアナ、必ず帰ってこい。俺はお前と共に生きたい」

「必ず帰ってきます。あなたの勇気とともに」 

 離れ際、軽く口づけを交わす。

 私は一歩下がり、手を伸ばして彼に送られている魔力を閉じ始めた。

 彼の足から次第に石化が始まっていく。

 お互いの目を見つめ合い、彼の石化が終わるのを待つ。


 そして石化が完全に終わったジークを再度抱きしめ、


「待っていて」


 それだけを伝えて私は泉のそばまで歩いてゆく。

 すでにポルテイロ様とプリメラさんが待っていてくれたが、ニ人の視線が何か冷たい。


「お前、よく人前でキスなんてできるな」

「気づいとらんかっただろうが、前がずっとはだけておったぞ? あの男も気づいてたようだが」


 っ……!

 慌てて前を隠すが、時すでに遅し。

 振り返ってジークの石像を睨見つける。

 黙って……見てた?

 許せない!

 絶対に生きて帰って、文句を言ってやらなきゃ!

 生きて帰る理由がまた一つ増えた。


「まあ、それだけ平常心でいられるなら、案外無事に終わるかもしれんの。いいか、泉に入れば、魔力の塊がお主の体に入り込もうとしてくる。それを受け入れられれば、お主の勝ちだ。決して自分自身を忘れるな。魔力は敵ではない、自分自身を形作る要素の一つだ。ゆめゆめ忘れるでない」


 ポルテイロ様がそう言って背中を叩く。

 プリメラさんは、


「まあ、なんだ。あれだけ周りも見えないほどに思えるなら、ヤツにしがみつくのもアリだぞ。私の時は夫のことを思ってなんとか生き延びたようなものだったからな」


 そうアドバイスをくれた。

 ジークもまた私を形作る一つ……。

 いえ、彼は一つなんかじゃない。

 もっと、もっと大きな。


「お二人とも、ありがとうございます。それでは、行ってきます」


 私は祈るように胸の前で手を組み、一歩ずつ泉へと足を踏み入れた。

 泉に浸かったところから、強い力で押されるような感触を受ける。



 私が祈るのは、私を助けてもくれなかった神なんかじゃない。

 ジーク……。

 あなたのためにも、私は必ず戻ってみせる。


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