第13話 英雄を解放した聖女
エルフの集落を旅立ったその日の夜のこと。
適当に野宿が出来そうな場所を探し、私たちは休む準備を整え始める。
ジークは薪集め、私とプリメラさんは寝床や食事の担当だ。
正体がバレぬよう、深く被っていたフードを外し、プリメラさんが大きく息をはいた。
布団代わりの布を地面に広げていると、
「そういえば森に来るまでは、どのように夜を過ごしていたんだ?」
突然そんな質問を受けた。
私は森に着くまでの数日間を思い出しながら説明をする。
寝床の準備、簡単な食事、顔を洗い、体を拭く。
その後はジークがずっと夜の見張り。
そういうことを説明すると、プリメラさんが慌てて詰め寄る。
「待て待て待て、ずっと見張りだと? ならば奴はいつ寝ている?」
「それが……」
「俺は眠くはならない体になったようでな。寝ようと思えば寝られるんだが、寝なくても変わらずに動けるようなのだ」
私が言いづらそうにしていると、ジークがちょうど戻ったようで、後ろから声をかけてくれた。
プリメラさんは、未だに信じられないという顔でジークに聞き返す。
「なんだ、それは。それも『破滅の龍』を倒した代償とでもいうつもりか?」
「というよりも、『血』の影響だろうな。ヤツを倒したことで受けた呪いはないはずだ」
「……寝ようと思えば寝られると言ったな? ならば今日からは私と交代制だ。きちんと寝てもらうぞ?」
そう言ってプリメラさんは自分の寝床づくりに戻っていった。
ジークが一歩踏み出したところを、私は腕を取って引き止める。
「待って、ジーク。プリメラさんの気持ちを受け取ってあげて。彼女はきっと貸し借りのない立場でいたいはずよ」
「むぅ。エリアナがそのように言うなら……」
渋々お願いを聞いてくれたジークへ、お礼のつもりで微笑むと、顔を赤くしてそっぽを向かれてしまった。
……少し、寂しかった。
夜ご飯はパンと野菜のスープ。
エルフの方々に恵んでもらえた野菜は、とても助かった。
森に着くまでは、教会に残っていた干し肉と豆類、それと塩くらいしか持ち出せなかったからだ。
ありがたいと取っておいてもすぐに悪くなるものなので、今日さっそく使わせてもらった。
「うん、旨いぞ、エリアナ」
「なかなかやるじゃないか。どこで料理を覚えたんだ?」
褒められて、つい頬が緩むのが分かる。
二人とも、意地っ張りなくせに、変なところで素直なのがよく似ている。
「覚えた……というか、物心ついてからは、料理は私の仕事でしたから。教会で働く皆さんの分を、三食毎日作っていましたよ」
「毎日……他に係はいなかったのか?」
「皆さん毎日の修行で忙しかったですからね。私が体調を壊したときだけ、当番制で代わってくれてましたから」
そう答えると、プリメラさんが眉間にシワを寄せてジークに問いかけた。
「人間の世界はみんなこうなのか? 助け合うという考えはないものか?」
「俺が生きていたのは三百年前のことだから、今のことはよく知らんが――エルフと同じだ。助け合いもするし、貶めようとするやつもいる」
「エルフを、私たちを馬鹿にする気かっ!」
激昂して立ち上がるプリメラさんを静かに見つめ、ジークはスープを一口飲んだ。
「俺との勝負に負けた時、あの場にいたエルフは全てが仲間ではなかったろう? そういうものだ」
プリメラさんは一瞬、悔しそうな表情を浮かべながらも、すぐに落ち着きを取り戻し、地面に座り直した。
すると、スープを飲み終わったジークが、星空を見上げながら、誰に向けてでもなく話し始めた。
「それこそエルフとの一件がきっかけだったな。俺が『破滅の龍』討伐に送り込まれたのは」
「魔導兵として王国の戦力にエルフを加える。そのための最初の交渉役として、俺はその当時の外交責任者、エテルノと会い、どうにか酒を酌み交す仲までになった」
魔導兵?
今の王国でも聞いたことのない言葉だけど、昔はそういう部隊があったのだろうか?
「人と人……いや、人とエルフか。個人として仲良くなってしまったら、兵力として利用しようなぞ、最早出来るわけもない。俺は国に、エルフとの交渉は失敗したと伝えた」
「バカなっ、その後エルフが騙されて攫われた話と辻褄が合わないではないか」
「エテルノの話を聞いて分かったよ。たぶん、密告者がいた。それで俺がいたのでは困ったのだろうな。生活を国が守る。そういう名目で両親を盾にされ、俺は『破滅の龍』討伐へと向かわされた」
そしてエルフたちはジークへの信用を利用され、仲間を攫われた……。
自分もそうだと言うのに、人間というものの醜さに、心底震えがきた。
「そういう汚い連中もいれば、『破滅の龍』討伐に挑んだ、この上なく気の良い連中もいた。一緒に過ごした時間は一週間となかっただろう。だが、やつらは紛れもなく俺の恩人であり、親友と言える。そんなやつらだったよ」
そう話すジークの顔を、プリメラさんがとても不思議そうに見つめる。
「お前……ただの失礼な男ではなかったんだな」
「失礼とは初めて言われたな。これでも騎士団時代は礼節を重んじる男と言われていたのだぞ?」
「そんな男がこっそり盗み聞きをしたり、体をもらうなどと言うものか」
ごもっともな意見にジークはぐうの音も出ない。
私もプリメラさんも、その顔を見て大笑いしてしまった。
◇◆◇
それから一週間。
時折街に寄って買い出しなどをしていたが、以前のような追手や手配書がまわっている雰囲気がなくなっていた。
ジークが伝えたあの言葉。
「『破滅』も、また近い」
あれに対して何か動いているのだろうか?
もし討伐の動きが出てきたなら、いずれはジークと交わることになる。
その時、また無用な争いが起きなければいいのだけれど……。
そう、願わざるを得なかった。
そんなことを考えていると、先頭を歩いていたプリメラさんが突然足を止めた。
「どう、しましたか?」
「見えるか? あの樹の下にある『プロファーノの花』が」
そこには育てることで不幸が訪れるという逸話を持つ、血のように赤い色の花が咲いていた。
ちなみに、これを育てていた教会の巫女がいたが、いたって元気に過ごしていたので、迷信であることを私は知っている。
「あれが『魔力の泉』へ続く道の入口だ」
ドクンっ! と、心臓が跳ねた。
いよいよ、私の試練の時がやってきたのだ。
緊張に負けぬよう、胸の前で手を組み始めたその時、
「では少し戻って適当なところで休むぞ。あの道は、夜でないと入ってはいけないからな」
と、肩透かしを食らわされた。
「な、何故夜なのですか?」
「エルフの『秘中の秘』だからさ。昼間にホイホイ入って、人間にでもバレたら困るだろう?」
「さあ、戻るぞ」と言ってプリメラさんは踵を返す。
そして私を隣に呼びつけ、小声で話しかけてきた。
「勝手に入られて、命を落とされたら……それが本命の理由さ」
それは……間違いなく騒ぎが起きる。
そして、いずれは人間とエルフの争いへ発展し――。
頭を振り、最悪の未来を頭の中から追い出す。
不安になり、振り返ってジークの顔を見た。
まるで物見遊山でもしてるかのように、右に左にと視線を動かしている。
そんないつもの彼を見て、少しだけ心が落ち着いた。
そして夜。
仮眠を取ったおかげで、疲れは残っていないが、こんな時間に起きることは初めてだ。
これから重大な試練に挑むというのに、なぜか心が高揚していた。
するとジークが真面目な顔をして、近付いてきた。
「エリアナ、出かける前に少しだけいいか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「外すか?」
席を外そうと腰を浮かしかけたプリメラさんへ、
「いや、構わない。むしろプリメラがいた方がいいだろう」
と再度座るよう促した。
「これから『魔力の泉』へ行くわけだが……俺は行かなくてもいいと思っている」
っ……!
あぁ、ジークは……知っていたのか。
出なければこんな言葉が出るわけがない。
「すまんな、知らん振りをしていて。実は昔、エテルノから聞いたことがあるのだ。あいつもそこで高い魔力を得たと言っていた。無論、場所など聞いておらん」
優しい眼差しを向けてくるジークに耐えきれず、私は目を伏せた。
「おおかた自分が役に立てないからという、あなたの優しさからだろうと思う。それはとてもありがたいし、嬉しい。だが心配しないで欲しい。あなたは……エリアナのことは、俺が必ず守って見せる。だから、危険を冒すようなことはしなくていいのだ」
熱弁するでもなく、説得するでもなく、ただただいつも通りにゆっくりと話す。
だからこそ、彼の真剣な思いが伝わってきて、私は何も言えなくなりそうだった。
でも……もう決めている。
私は、この人を呪いから救い、人間としての生を全うさせる。
それを、彼の隣で見続ける。
その想いを伝えるべく、拳に力を入れ、前を向いた。
「ジーク、私は物語のお姫様ではないのです。もし仲間として私を見られないのなら、ここでお別れをしましょう」
ハッキリと告げた。
ジークの顔に迷いの色が生じ、そして表情が歪む。
「だが……俺はあなたに……」
「やめましょう、ジーク。私は曲げるつもりはありません。あなたが命をかけて私を守るのならば、私もまた命をかけてあなたを守ってみせる。……それに、大切なことを忘れてませんか?」
「大切なこと……?」
ジークはまったく思い当たらないという顔で、私を見返した。
それは、まるで助けを求める子どものよう。
「私は英雄、ジークフリードの呪いを解いた『聖女』なのですよ? エルフの試練など、簡単に打ち破ってみせます」
大きく胸を張り、拳を打ち付ける。
ジークだけでなく、横で見ていたプリメラさんにまで、ポカンとした顔で見られてしまい、さすがに恥ずかしくなる。
「ダ、ダメですかね、それじゃ……?」
顔が熱くなり、思わず下を向いた瞬間、二人のはち切れるような笑いが夜闇を裂いた。
プリメラさんにいたっては笑いすぎて涙まで流している。
「ひ、ひどいです! 精一杯強がってみたのに!」
「だ、だって、まさかお前がそんな冗談を言うなんて――思わなく……あーはっはっは!」
「エ、エリアナもそんなことを言うのだな。さすがに意表を突かれたぞ」
「もう、いいです! 私一人で行きますから!」
怒って『魔力の泉』へ向かおうとすると、両肩を掴まれた。
左肩はジークの大きくて分厚い手。
右肩をプリメラさんの細いけれど、力強い手。
次の瞬間、私は二人に後ろに引き倒された。と、同時にジークが駆け出し、剣を抜いて夜闇を一閃する。
ザシュッ!
何かを切り裂いたような音が聞こえ、続いて地面に倒れる音。
目を凝らすと、おそらく小鬼が倒れていた。
首から上がないので、おそらく……としか言えないのだが。
剣に付いた血を拭い、ジークは剣を納める。
「エリアナ、俺は腹を決めた。あなたを信じよう。俺は救われた側だったことを思い出させられたよ。あの夜の奇跡を起こしたあなたなら、必ずやり遂げられる」
そう言って私の手を取り、握りしめた。
やっと少しだけ、ジークに認めてもらえた。
「それでは、そろそろ行くとしよう。門番に寝られてしまっては困るからな」
冗談ともつかないことを言いプリメラさんが歩きだす。
私とジークもそれに続く。
私の手を優しく握り、微笑んだジークの顔が、一瞬――ほんの一瞬だけ、月明かりに照らされる。
すぐ闇に溶けていったそれを、私は心に刻みつけた。
……何があっても、この笑顔を信じて生き延びよう。
そう誓い、闇の濃さが増す、『魔力の泉』への入口へと、私たちは足を踏み入れた。




