第12話 掴みたい未来
私たちが集落に戻ると、集落の入り口に多くのエルフたちが集合していた。
きっと守りを固めているのだろう。
早く魔物を撃退したことを知らせないと。
そう思って口を開こうとした瞬間、様子がおかしいことに気付いた。
私たちへ向ける視線は、魔物との戦いの結果が気になる者たちのそれではない。
ジークを憎々しげに睨みつけ、今にも手に持った武器で襲ってきそうな雰囲気だ。
「みんな、どうした? 魔物は去った。もう森に脅威はないぞ」
プリメラさんの呼びかけに、先頭に立っていた青年のエルフが叫びをあげた。
「脅威はある! そこの男がいる限り、魔物はここを襲い続けるのだ!!」
っ……!
エテルノ様が言っていたことが広まった。
私はとっさにそう確信した。
ジークの体に流れる『破滅の龍』の血。
この血が魔物たちをおびき寄せてしまう。
それは紛れもない事実だ。
「バカなっ! 誰がそのようなことを」
「ワシじゃよ」
その一言で集団が素早く割れていく。
奥からエテルノ様がゆっくりと歩き、姿を見せた。
「ジークフリード、すまんの。お主との会話をワシの従者が外で聞いておったようで、あっという間にこのザマじゃ。こうなってはワシもお主をかばい立てするわけにはいかん」
エテルノ様は口惜しそうに顔をゆがめた。
ジークもまた悔しそうに奥歯を噛みしめる。
彼のせいではないのに……。
「おい、ジーク。本当なのか?」
「あぁ、俺の中にある『破滅の龍』の血が、どうやら魔物を呼んでしまうらしい」
「お前は知っていたのか?」
この質問にジークは黙り込んでしまう。
その姿にプリメラさんは苛立ちを隠さず、続きを促した。
「どうなんだっ!?」
「プリメラ、お前だから正直に言おう。『ひょっとして』そういう予感はあった。しかし断定は出来なかった。さっきエテルノに言われて確信に変わったがな」
「危険性を自覚した上でここに来たということか」
「ああ、エリアナは疲れ切っていた。少しでも休ませてやりたかった。それに、俺とエテルノがいれば、魔物千体程度なら被害も出さずに対応できる。そう判断した」
すると、ドサッと、小屋に置いていた、私たちの荷物が目の前に無造作に投げ捨てられる。
「いくら里へ害なすものとは言え、長老の客だ。少しくらいの食糧は入れておいてやった。それを持って早々に立ち去るがいい」
冷ややかに告げるエルフの男性に、私たちは何も言うことが出来なかった。
唯一、プリメラさんだけが、ピクッと眉を跳ね上げる。
「待て。こいつらの持ち物はそれでいいだろうさ。私は準備が整っていない。ひとまず我が家までは行かせてもらうぞ」
プリメラさんの言葉に、即座に周囲から反対の声が巻きあがる。
今度のものはいつまでたっても終わりそうにない……。
するとそこに大音声が響き渡った。
「黙れっ!」
声の主はプリメラさんだった。
あんな細身の体で、どこからこれほど大きな声が出せるのだろうか。
「こいつらと旅をすることは長老の命令だ。私の旅支度が整ってないということは、長老の命令に背くことになる。お前たちは私に命令に背けと。そう言っていると解釈していいんだな? その場合、私は全力をもって抗わせてもらうぞ」
プリメラさんの手の上に、大きな風の渦が巻き始める。
さっき、ジークと一緒に放ったあの魔法だろう。
こんなものを放ったら……そう考えると身の毛もよだつ思いだった。
「待て、プリメラ。お前とて知らされていなかったのだろう? なぜそいつらの肩を持つような真似をする」
「たしかにいい気はせん。だがな、あれだけのエルフが遠間から攻撃をして、奴らの進行を止めきれなかった」
おそらく最初に森の入口で戦っていた者たちだろう。
みな悔しげに唇を噛み締めたり、拳を握りしめていた。
「こいつはほぼ一人でそこへ飛び込み、そこから一匹たりとも近寄らせなかった。挙句の果てに何と言ったと思う? 百体をはるかに超える魔物と戦い、『肩慣らしのようなもの』。そう言い切ったんだ」
「それは……」
「また魔物が来たのなら、こいつに責任を取らせればいい。それに、先ほどの戦いで魔物たちは逃げ帰ったんだ。しばらく来ることはないだろう」
そう言うとプリメラさんは集落の奥へと歩みを進める。
それに文句をつけるものはもはやいなかった。
ジークもその後を続こうとするが、私は彼の腕を掴み引き止めた。
「どうした、エリアナ? プリメラへついて行かないと置いていかれるぞ?」
「置いていかれていいのです。私たちは森の入口で待ちましょう」
エルフたちへ視線を送り、あらためてジークの目を見つめる。
ジークは目を閉じるとやさしく微笑み、頷いた。
「そうだな。プリメラにこれ以上迷惑をかけるわけにもいかんか」
そしてエルフたちへ呼びかける。
「プリメラに俺たちは森の入口で待つと伝えてくれ。それと……追い払う自信があったとは言え、黙っていたことは本当に申し訳なかった。すまない」
深々と一礼し、彼は私の肩に手をやり、森の入口へと戻ろうとする。
その時声がかけられた。
「待て、ジークフリード。お主らに森の入口でいちゃつかれても困るのぅ。ワシも共に行こう」
エテルノ様だ。
「いちゃ……な、何をおっしゃるのですか!」
「ホッホッホッ、少し話したいこともあるのでな。セグンド、プリメラにゆっくり支度するように伝えなさい」
「はっ!」
セグンドと呼ばれた、先ほど荷物を投げ捨てたエルフが、集落の奥へと駆け出すのを皮切りに他のエルフたちも散ってゆく。
おそらく家へと帰るのだろう。
そんな中、一人のエルフの少女が私たちに駆け寄り、小さな花を一輪差し出してきた。
にっこりと笑って何かを話してくれてるが、エルフの言葉が分からない私には聞き取れず、笑顔で受け取るしか出来なかった。
「『みんなを守ってくれてありがとう』そう言っている。その子はスアーヴェじゃな」
エテルノ様が教えてくれたので、私も彼女に言葉を伝えてみた。
「ありがとう、スアーヴェ。その優しさ、いつまでも大切にしてくださいね」
私は彼女の頭を撫でる。
とてもサラサラした細い髪。
頭を撫でられると、彼女は最初は緊張した面持ちを見せたが、私が笑いかけると、恥ずかしそうに下を向いてしまった。
エテルノ様が私の言葉を訳すと、スアーヴェは頭を上げて、顔いっぱいの笑顔を浮かべる。
そして、手を振り走り去っていった。
「とてもいい子でしたね。他のエルフの方々ともこうして打ち解けられたらいいのですが」
「まぁ難しかろうな。ワシとてジークフリードと打ち解けるのにしばらくかかった。……おっと、そろそろ森の入口へ歩くとしよう。さっさと行かないのかと見張りがやきもきしておる」
見ると、隠れるつもりもないようで、エルフの男性が二名、腕組みをしながらこちらを睨みつけていた。
「たしかに、道は遠そうですね。……でも、エテルノ様とジーク、私はスアーヴェと、プリメラさんと仲良くなれました。だから決して不可能ではない。私は、そう思ってますよ?」
その言葉にハッとした表情を浮かべるエテルノ様。
ジークはそんなエテルノ様の肩を叩く。
「まあ、そういうことだ、エテルノ。俺とお前のように、案外何でもないことで仲良くなれたりするかもしれんぞ?」
「命を助けられたことが何でもないじゃと? お主のそういうカッコつけなところは、昔から気に入らんよ。それとも結ばれて気でも大きくなっとるのか?」
「結ばれてなどないっ!」
顔を真っ赤にしたジークと、朗らかに笑うエテルノ様と共に、私たちは再び森の入口を目指して歩き出した。
◇◆◇
森の入口へ着くと、エテルノ様は森に向かって呼びかける。
「お主らは帰れ。この場に見張りは不要だ」
その声は風に乗り、森の奥へと流れていく。
しかし、森はその静けさを変えることはない。
エテルノ様は杖で地面を一度突く。
「もう一度同じことを言わせる気か?」
すると、少し離れた先にあった茂みが動き、そこから弓を持ったエルフと、無手のエルフが現れた。
「しかし、長老。そいつらは、魔物を!」
「そんなことはこの男が石化から解かれた時から分かっておる。それに気付かぬ己らの不足をこそ恥じよ」
「それに、また魔物が来た時にお主らがいる方が邪魔じゃ。ここなら遠慮することもないからの。万の軍勢が来ようとも、ワシとこの男でなんとでもなろうよ」
私の横で「いや、それは……」と小さくつぶやくジークを肘で軽く打っていると、見張りたちも諦めたらしく、集落へと戻っていった。
「ふん、長老は本当に不自由じゃの。ワシもお主らについて行ってしまおうか」
「エテルノ様、さすがにそれは……」
「まあ、半分は冗談じゃ。さて、ジーク、エリアナ、そこに立て」
私たちはエテルノ様の前に立たされた。
そして、エテルノ様は膝をたたんでその場に座り、そして……。
「エテルノっ!」
「エテルノ様っ!!」
地面に頭を付け、深謝の姿勢をとった。
すぐに駆け寄ろうとするが、私たちの間に空気の壁のようなものが立ちはだかり、エテルノ様へ近づけない。
「済まぬ! ワシの不注意で、お主たちをこれ以上置いておけなくなってしまった。疲れ切っているのは見て分かっておった。もう少し休ませてやりたかった。だが……ワシは長老なのだ」
ポタリと、一雫の涙がエテルノ様の頬から滴り落ちる。
それを見たジークの体から、激しい闘気が立ち昇った。
目の前の見えない空気の壁に向かって、ジークは拳を叩きつける。
激しい破裂音のような音と共に土煙が舞い、私の視界を遮った。
そして、土煙が収まった頃、私の目に飛び込んできたのは、かがんでエテルノ様を抱き締めるジークの姿だった。
「やめろ、エテルノ! お前の立場などとうに分かってる。エルフたちの視線を見れば分かるさ。かなり無理をして俺たちを受け入れてくれただろう? 俺はエリアナを休ませたかったが、だからと言って、友に苦しんでほしいとは思ってないのだぞ!」
エテルノ様は涙を流しながら、ジークの手に自分の手を重ねた。
「そう……だな。だがな、俺はそれでもジーク、お前を、お前たちを助けたかった」
「バカ野郎! お前は十分助けてくれたさ。もういい、もういいんだ」
ジークもまた泣いているのだろう。
話す声にわずかな震えが混じっている。
エテルノ様も、たぶん昔の言葉づかいになっている。
もはや、ここにいるのはエルフの長老と英雄ジークフリードではなく、種を超えて友情を結んだ、二人の男たち。
こういう関係が結べることを、ただただ素直に羨ましいと思った。
そして、二人ともが落ち着いた頃、ようやくエテルノ様が声を上げる。
「エリアナ、すまなかったな。だが皆の前でお前たちに謝るわけにはいかなかった。長老としての立場があるのでな」
「そういうことは、きちんと人払いを確認してからおっしゃっては? 長老」
気が付けば、いつの間にかプリメラさんがすぐそばまで歩いてきていた。
いったいどうやって!?
「護衛が胃を痛めてましたよ。あんな蛮族と一緒にして、何かあっては……と。それで、私が様子を見てくると、嘘をついて時間を稼いだわけですが」
プリメラさんは、ジークとエテルノ様の顔を見比べると、
「長老は、戻られる前に顔を洗ってから戻らないと。付いてますよ、涙の跡」
ちょんちょんと、自分の頬のあたりをつつく。
慌てて魔法で手から水を生み出し、頬のあたりを必死に洗うエテルノ様。
私とプリメラさんは顔を見合わせて、つい吹き出してしまった。
「むぅ……」
「この場はお前の負けだな、エテルノ」
そう言ってジークがタオルを差し出し、大きく笑い出す。
顔を拭き終わると、エテルノ様は服のポケットから何かを取り出し、渡してきた。
「これは?」
緑色の金属で作られた葉のレリーフ。
その真ん中に水色の小さな、丸い宝石が付けられている。
あたかも雨水を受けた葉のように見えるそれは、日の光を受けて、キラキラと輝いていた。
「『魔力の泉』の門番に見せなさい。それで門番の試練を受けることが出来る。ただし、そこからは……お主次第だぞ、エリアナよ」
先ほどまでのやわらかな雰囲気から一変、急に心臓がキュッと縮まった。
そうだ、私はこれから命をかけた試練に挑む。
そのための旅になる。
けれど、昨日のように恐怖に押し潰されそうなことはなくなっていた。
ジークと気持ちがつながった。
エルフとの明るい未来を想像できた。
私が戦い、生き残ること。
その意味がようやく見えた気がする。
死にたくないから逃げるんじゃない。
見たい未来があるから、そこから逃げずに戦う。
私は、ジークを呪いから真の意味で解き放ち、一人の人間としての生を過ごさせる。
そしてそれを……ずっと支えたい。
エテルノ様に見送られ、私たち三人は『魔力の泉』へ向けて旅立った。
私たちはそこで知ることになる。
『破滅の龍』の真の姿を……。




