あの日
母さん達に教わり始めてから2週間後、ノックが俺の家に来た。
「お邪魔しまーす!!これ、つまらないものですが!」
そういうと、ノックはウサギの魔物をアリスに渡した。
「あら!3つ目ウサギじゃない!!これ美味しいのよねえ!!ありがとう!!ノックが獲ってきてくれたのかしら?」
「いえいえ、いつもお世話になっていますから!獲ったのは父です。僕の面倒を見てくれているアリスさんたちに感謝の気持ちということで。」
こいつはこういう話し方も出来るのだ。
その日の夕食は、両親と俺、ノックの4人で賑やかな時間を過ごした。ロバートは俺からの願いでここ最近は毎日家まで帰ってくる。
「それにしても、あなた達最初からかなり強かったわねえ。入っちゃいけないって言われてる森でコソコソやってるのは知ってたけど、予想以上だったわ。」
「あはは。知ってたなら止めないと・・・」
「男はそのくらいじゃないとねえ。まあ私の息子なら、あんなちんけな魔物しかいない森じゃ死ぬわけないし!」
俺が言えた事じゃないが、7歳児に対する期待がヤバい。アリスも7歳の頃には相当強かったと思うからそれが普通と考えてるんだろうが、間違いなく異常だぞ。
「そうだねー」
ロバートは突っ込まない。内心絶対に突っ込んでいるだろうが、言葉には出さない。
それから、今までの森での話。初めてノックと会った時の事。トランプで遊んだこと。話すことは尽きなかった。
ウサギ肉を食べ終え、満腹になって眠くなったノックは、この日うちに泊まっていくことになった。
全身の細胞が、警鐘を鳴らしている。今すぐここから逃げろ。
体は正直だ。とてつもない魔力の接近を感じ、汗が噴き出る。
俺はノックと寝ていた寝室から起きると、リビングに向かった。
「アルも気付いたか。こいつはちょっと・・・やばいね。」
そういう父さんの横には、防具に身を包んだ万全の状態の母さんもいた。
二人も敵の接近に気が付いたようだ。
「数は15くらいだけど、2匹とんでもないのがいるな。特に、先頭の奴。こんな魔物はそうそうお目にかかれないぞ。狙いはこの村なのかな。出来れば戦闘は避けたい。」
「この村に決まってるでしょ!ここに他に狙うようなもんは一つもないわよ。」
「そもそもこの村を狙う理由もわかんないけど。あんなレベルの魔物がわざわざこんなところに来るなんて…」
標的はロックさんだ。理由はわからないが。
そこで一つ、ひっかかった。 魔物・・・・?
ロックさんの見立てでは、冒険者時代に恨みを買った人間という話だったが…
「私と闘いたかったのかもね。魔物だって強い奴と闘いたいって気持ちはあるわよ。」
そういうアリスの目は、いつもの優しい目ではなかった。
戦いの目。
命を奪う目。
「いい、アル。あなたは家から出ちゃだめよ。危ないからね。」
「僕のシールドは村全体にかけとくけど、一応ね。」
そういうと二人は、家を出た。
ノックはまだ起きてこない。当然だ。アイツの飲み物には、俺が睡眠薬をいれたからな。
フィレットさんが帰る直前に無理を言って貰ったものだ。
持っているかどうかは分からなかったが、たまたま持っていてくれてよかった。
ノックが俺の家に食べ物を持ってくるのが、ロックさんからの合図だった。
この2週間、ロックさんがやっていたのは、ひたすら広範囲に彫刻を置くことだ。
ロックさんの個性彫刻する知覚は、自身の作った彫刻に、自分の感覚を共有させることが出来る。彫刻が見た景色が、聞いた音が、ロックさんに届く。
広範囲の索敵に特化した個性だ。
それで、ひたすら遠くまで警戒した。
そして、誰よりも早く危険を察知したロックさんは、ノックを俺の家に避難させたんだ。
父さんと母さんのいる、おそらくもっとも安全と思われるこの家に。
睡眠薬をノックに飲ませたことには心が痛む。だけどこうでもしないと、ノックはロックさんのところに行ってしまう。
恨まれてもいい。俺は託されたんだ。
ロックさんに、命より大事なお前を、俺は託されたんだ。
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おやおや、おかしいですねぇ。赤髪のガキがいるはずなんですが。
とてつもないプレッシャーを放つ漆黒の魔物が目の前でそう言った。ヒトの体にヤギの頭。体毛に覆われているが、獣のような粗暴さは一切見受けられない。角は左右で形の違う歪な形であり、余計に恐怖を駆り立てられる。
(やっぱりか・・・。そうなんじゃねえかと思ってたんだ・・・狙われているのはノックだ。理由は知らねえがな。だけど、初めて見た時から俺は知ってた。アイツは死なせちゃならねえ。それにな、あいつは俺の息子なんだ。絶対に守る!!)
あの日・・・ノックを拾ったあの日から、予感はしてたんだ。
俺は魔物の討伐の帰りに、王都からほど近い渓谷で一休みしてたんだ。すると崖の上からデカい爆発音がするじゃねえか。
岩やら、木の破片やらが降ってくる中に紛れて、赤い髪のガキが落ちてくるのをみて、俺はガラにもなく助けようとしたんだ。あのころの俺は自分の命を危険に晒してまで知らねえガキを助けるような奴じゃなかったんだけどな。
俺の手の中に落ちてくる赤ん坊。時が止まるような気がした。一目見た時に、なんて言うかな…こいつは、俺にとって、いや違うな。世界にとって必要な男になる。そんな予感がした。
俺は全身のバネで出来る限り落下の衝撃を和らげた。ふわりと俺の腕に収まったガキは、屈託のない笑顔をしていた。
ケッ笑ってやがる。こいつはマジで大物になりそうだな。
崖の上で爆発だ。何かの戦闘があったのだろう。
俺はいったん王都に帰り、信用のおける友人にガキを預けると、気配を消しながら爆発の現場に行ってみた。するとヤバそうな魔物がうじゃうじゃいた。そばにいるだけで、心臓の鼓動がはやくなる。
「子供の死体が見つかりませんねえ。」羊の頭をもつ黒い魔物がそう言った。
「あぁ!?この高さから落ちたんだ生きてるわけねえだろ。死体は川に流されたに決まってんだろ。とっとと帰ろうぜ。」
そういうのは、偉く太ったような人間の体に、ハイエナのような顔がついている魔物だ。ただ、顔の位置が腹部についている。おぞましい姿だった。
「死体を確認するまでは安心できませんねえ。あの子はなんとしても殺さないといけない。死体がないと納得してくれない方々もいるでしょうし。」
間違いない、狙われていたのはあのガキだ。
「だから親が死んでんのにガキが生きてるわけねえだろ。心配しすぎなんだよオメエはよ。死体なんざでっちあげりゃあいいだろ。赤い髪なら見分けはつかねえって。」
「それは最終手段ですね。とにかくもう少し探しましょう。ガキの死体ひとつ持ってこれないようでは、私の信用はガタ落ちですよ。まったく、考えなしにあんな大きな魔法を使うから貴方は・・・」
「うるせえな。あれがおれの一番弱い魔法なんだよ。」
「あなたはもう少し魔力の扱いを上達させましょうね。せっかくそこそこ魔力はあるというのに。宝の持ち腐れですよ。」
「あーうっせ。また説教かよ。」
あのデカい魔法が最弱の魔法か…。感じていた以上にやばいぞ。少しでも気を抜いたら、俺の居場所もバレルかも知れない。なんだってあのガキはこんな奴らに狙われてんだ…。
その後、背中に汗をびっしょりとかきながら王都に帰ると、ガキはすやすや眠っていた。
その顔を見ると、何故だか守っちまいたくなる。帰り道、こんなアブねえ奴はとっとと見捨てようと思ってたのにな…。
その日から、おれとノックの生活は始まった。
王都では次の日、赤い髪の赤ん坊が一人、行方不明になったらしい。
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どうして縁もゆかりもねえガキにそこまで入れ込んだのかは俺にもわかんねえ。
もしかしたら、殺伐とした冒険者家業に疲れていたのかも知れねえ。
どうせ俺はまともな死に方はしねえだろう。最後に、人助けするのも悪くはないなんて思っちまったのかもな。柄にもなくセンチな気分に浸ったのかも知れねえな。
だが、あの日の事を一度だって後悔したことはない。
俺は、ノックと居られて幸せだった。
あの魔物が探しているかもしれないと思うと、目立つことはできない。ただでさえ赤い髪は目立つからと、山に引きこもって生活したが、これほど穏やかな生活は人生で初めてだった。
なあノック。俺が幸せだと思えたのは、お前のおかげなんだ。
俺に似て、口の悪いガキに育っちまって、ケンカすることも多かったが、本当は嬉しかったんだぜ。
俺に似ていることが。血なんざ繋がってなくても、お前は俺の息子だって、そう思えた。
お前を守るためなら、俺はなんだってするぜ。命なんかいらねえ。
嘘くれえいくらでもつく。
「ケッ。赤い髪のガキ?そんな奴は知らねえなあ。」
「そんなわけないでしょう。知っているんですよ。こっちは急いでるんですよ。あのガキが生きていることが知れたら、私の命まで危ない。居場所を教えてもらえませんか?」
「だから知らねえって言ってんだろ。」
ノックが生きてるってことは、こいつらしか知らねえのか。あの日、こいつらは組織としてノックを殺そうとしているような発言をしていた。こいつらには上がいる。
そいつらがノックの死を知らねえのは行幸だ。こいつらさえなんとかすれば、何とかなる。
「あーもうこの人間さっさと殺しちまおうぜめんどくせえ」
そういうのは、あの日みた腹部にハイエナの顔をつけた人型の魔物だ。
「殺してしまったら情報は得られないでしょう。ここは私がやります。貴方は手加減が下手ですから。貴方はこの近くの村に行ってくださいよ。そっちにいるかもしれません部下も全員つれてっていいですから。」
「そうか。そっちの方がいっぱい殺せていいな。まかせろ。」
そういうと、ハイエナの魔物は去って行った。
ツイてる・・・!
正直、こいつら2匹が相手だと、アリスさんでもきついかもしれないと思ったが1匹ずつなら勝率も上がる。
あとは俺がどれだけこの黒羊を足止めできるかだ。瞬殺されかねない実力差だが、相手は俺の情報を欲しがってる。できるだけ引き延ばそう。
「おとなしく教えてくれたら、惨たらしい真似はしなくても済むのですが・・・私には拷問の趣味はありませんし・・・一瞬で終わらせてあげるのに。」
無表情で、凍るような冷たい声で黒い羊はそう言った。




