道化師
微かな気配だった。
俺がその気配に気づけたのは、ノックが恐怖に怯えていたからだろう。
俺の部屋の窓から外に出ようとするノックを見つけた俺はすぐに追いかけた。
魔法を放ち、回避運動をとったノックの腕を掴んだ俺は、疑問を投げかけた。
「どうして、起きている・・・?」
「へっ。お前に気付けて、俺が気付かねえわけねえじゃねえか。ジジイが死のうとしてることくれえ分かるに決まってんだろ。何年一緒にいると思ってる。まさか睡眠薬とは思わなかったが、気を付けてればいくらでも回避できる。」
そうか・・・・そうだよな。なら・・・
「じゃあ、ロックさんの気持ちにも気付いているんだろ!!!」
「当たりめえだ!!だけどな、そんなんで納得できるわけねえじゃねえか!!!ふざけんな!!ジジイを見捨てて生き残って何になる!そんな命、俺はいらねえよ!!!」
全身の血が沸騰するのを感じた。
こいつ、ロックさんが命を懸けて守ろうとしたお前を、お前の命を、「そんな命」なんて言いやがった。
「お前こそふざけんな!!!お前がいったところで何にも変わんねえよ!!死ぬだけだ!お前の死体をロックさんに見せる気かよ!馬鹿が!」
「馬鹿で結構。俺はな、お前と違って頭は良くねえ。本を読んだだけで魔法を使えるようになるお利口ちゃんとはちげえよ。俺はお前みてえな天才じゃない。
おまえは、何でもできる。なんでも持ってる。だけどな、俺にはジジイしかいねえんだ。ジジイしか居ねえんだよ。どけよ・・・お前に俺の気持ちなんかわかんねえ。」
そんな風に思ってたのか・・・。俺から見たら、お前の方が天才なんだけどな。お互い、そう思ってたんだな。初めて聞いたよ。
「あぁ。わかんねえ。だけど、ここは通さない。どうしても行きたいなら、俺を倒してからにしろよ。」
「あぁ!!?ふざけんな!急いでんだ!そんな暇あるわけねえだろ!邪魔すんな!!」
俺は何も言わずにノックを殴った。
吹き飛ぶノックは空中で態勢を立て直し、一回転して着地すると、俺を睨めつけていった。
「本気かよ」
「当たり前だ。お前は死なせない。ロックさんと約束した。」
俺は手のひらに意識を集中させた。すると短剣の形をした鉄が現れる。見た目、切れ味共にあまりよくないが、時間がない今では、俺の土魔法じゃこれが限界だ。
俺はノックに切りかかる。
ノックも俺と同じように武器を作り出すが、短剣ではなくナイフだった。すばしっこいノックにはそっちの方が合っているんだろう。
俺の攻撃をナイフで受け止めると、空いた手から水の弾を打ち出す。アクア・ショットだ。
優しいな、ノック。こんな時でもお前は俺に手加減だ。傷つけまいと、ストーンショットより威力の低い水魔法を選んだ。だけどな、俺はお前を傷つけるぞ。大けがをさせてでも、俺はお前を止める。
足に力をこめ、右に跳ぶ。アクアショットを避けた俺は、迷わずストーンショットを打ち出す。6発同時だ。
4発を避け。2つをナイフで弾くノック。しかし、弾いたころには俺は距離を詰め、ノックに切りかかる。
あわてて防御態勢に入るも間に合わない。身を守るために振るわれたナイフを、俺の短剣が思い切り弾き飛ばし、ナイフは宙を舞った。
ノックは慌てて後ろに跳んで距離を開けようとするが、そこを見逃す俺ではない。
同時に前に踏み出し、ノックの顔めがけて左手で殴る。
またもや宙を舞ったノックに、俺は態勢を立て直される前にアクアショットを数発打ち込む。
空中で回避できるわけもなく、直撃した。
「カハッ・・・」
ドシャっと言う音と共に地面に叩きつけられたノックは声にならない声を出す。
アバラの一本や二本は折れたかもしれない。
だけど謝らないぞノック。お前と、ロックさんの為だ。
「つええじゃねえか・・・お前、こんな強かったのか?今まで、手加減してたのかよ。」
それは違う。覚悟の差だ。
ノック、お前は優しい。結局、お前は俺に対して本気になれねえよ。俺はなれる。お前の命を守るためなら、なんだってする。お前は、そうはなれない。ナイフの一振り一振りに、迷いがあるよ。俺を殺してしまうことを恐れて、力が抜けている。そんなんじゃ俺は倒せねえよ。
なぁノック。お前の気持ち、俺にだってわかんだぜ。お前ほどじゃないが、俺だってロックさんと一緒にいたんだ。死んでほしくない。本当なら、すぐにでも山に行って、ロックさんと一緒に戦いたい。
だけどな、それは出来ねえんだ。ロックさんに託されたものとして。お前の友達として。大人として。
ノック。お前は確かにしっかりしている。だけどな、まだまだ子供だ。子供を守るのは、大人の役目だ。
恨めよ。ロックさんが死んだら、俺のせいにしたっていい。それでも、俺はお前を守る。
今の俺にはこんな事しかできねえ。だけどな、俺にしかできないことだ。俺だからできることだ。
俺は地に膝をついて辛そうにするノックに追い打ちをかける。脇腹を思い切り蹴りあげようとした。
すると、ノックにあたる前に、何かが邪魔をした。
「猫の・・・足?」
空間から、いきなり足がでて、ノックを守っている。なんだこれは、俺は慌てて距離をとる。
未知なものからは離れる。動物の本能みたいなものだ。
「やっぱり、お前相手に手加減はキツイな。ここからは本気で行くぜ。ノックは辛そうな表情をしながら立ち上がり言う。
すると、ノックの目の下に水色で書かれた涙のペイントが浮かび上がる。
おれが・・・俺が作ったトランプに書いたジョーカーにそっくりだ。
「なあ、こいつ、ピエロっつーんだろ?俺にピッタリだ。親に捨てられ、ずっとジジイと二人で生きてきた。それなのに・・・それなのにそのジジイまで死ぬってんだ。俺はな、ジジイが死ぬくれえなら俺も一緒に死ねばいいと思ってる。
だけど、それを邪魔すんのが親友と来た。
こうなることは、かなり前からわかってたよ。それこそ、白黒に質問した時からな。笑っちまうぜ。世の中辛い事ばっかりだ。
ピエロっつーのは、道化師って意味だろ。まさに俺じゃねえか。ずいぶんと笑えねえが、冗談見てえな人生だ。」
ピエロって何だ?とノックに聞かれたのを思い出した。ピエロに関して詳しくない俺は、言葉の意味、それから、幼いころに見たサーカスの事を中心に話した気がする。その時のノックの目は、どこか寂しいような、共感したような目をしていたかもしれない。
道化師――― 。 お前、自分の事をそんな風に思ってきたのか?
こんな想いを抱えて、今まで生きてきたのか。親友の内心に深く刻まれた傷を垣間見て、俺の胸は張り裂けそうだった。
俺は、何も言うことが出来なかった。言う資格もなかった。
「お前の話を聞くたび、俺はいろんな想像をしたよ。なかでもピエロの話は俺の頭から離れなかった。
ここ最近は毎日夢に出てくんだ。死にそうな目を死ながら笑うピエロが。どこからどう見ても俺にしか見えないピエロが。お前から聞いたサーカスの話を何度も反芻して、ずっと空想していた。俺には眩しすぎる世界だよ。おかげで個性まで目覚めちまった。空想の産物だ。お前の知ってるサーカスと、全然違うかもしれねえけどな。
まあ一応教えといてやる。俺の個性だ。
『嘲笑う曲芸団』。名前の通りの個性だって思ってもらって構わない。」
空中に突然、青い炎の輪っかが現れる。その中から、3匹の虎が現れる。
それぞれ、白地に青、黒地に赤、灰色に黄色の模様のついた色の違う3匹の虎。
一目見て直感する。 強い――――。
おそらく一匹一匹がノックより少し弱いくらい。それが3匹も集まると、厄介だな・・・。
虎を出す個性なのか?それとももっと・・・
考えていると、赤い虎が俺に襲い掛かる。とがった爪先が振り下ろされるのをどうにか避けると、青色の虎が氷の礫を放つ。
こいつら、魔法まで使えるのか―――――。
この3匹をどうにかしないと、ノックを止められない。焦りが背中の汗に表れる。
それに…
サーカスって言うくらいだ。それに ちなんだ能力のはず。猛獣を扱うのは能力の一つと考えるべきだ。
ノックは俺の話を聞いて、サーカスの能力に目覚めた。思い出せ…俺は、ノックになんて言ったっけ?
綱渡り…?空中ブランコの話もしたな。あとは、トランポリンか。
前世の幼いころの記憶。興奮した記憶。
あれはまるで、空中を舞うようだった。まるで重力から解放されたように宙を踊り、観客を楽しませた。
それから、ピエロの手品。何もないところから、花束を出すピエロ。それを美しい女性のサーカス団の一人に渡そうとする。頬を赤く染める美女。しかし渡そうとする直前に突如消える花束。
女性は怒ってピエロから遠ざかる。ピエロは頭を抱えて、観客の笑いを誘う。あの花束はどこに行ったののだろう。幻だったのだろうか。
あれは、結構なブラックジョークだったなと今でも思う。幻想のような悲劇だった。
だめだ・・・。考えても、他にどんな能力があるかサッパリわからない。
3匹の虎と闘いながらも、ノックが気になって仕方がなかった。いったい、何をしてくる?




