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勝手に召喚されて、騎士にされたワタシ~エリュシールの暁~【第四回なろうコン一次選考通過作・第3回お仕事小説コン楽ノベ文庫賞受賞作】  作者: 悠然やすみ
第二章「勝手に召喚されて、騎士にされたワタシ~エリュシールの暁~」(第一章を飛ばしてこちらから読むことも出来ます)
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第二話「予兆の暗雲」 6

 メッシェと別れ、ワタシとミナーシェは本館に到着した。扉を開いて進むと、薄暗い団欒室の様相が目に入る。普段ならば、暖かなランプの灯火の下、テーブルを挟んでギャンブルに興じる男達や、過酷な仕事の疲れを酒やソファで癒している隊士、任務直前まで惰眠を貪って遅刻しそうになる不届き者など、様々な光景が視界の中に広がっているものだが、流石に今は全く人気が無く、照明も消されている。


 階段を上り、通路を進んで会議室に入ると、視界が忽ち真紅の鎧で埋め尽くされた。会議室の中央には長机を四つ組み合わせて作られたロの字型の卓が存在しているが、誰も座っていない。平時で着席を許されるのは指揮官クラスの人間だけという暗黙の了解が存在する為だ。皆が四角いテーブルを囲むようにして立ち、ゼルリック隊長の帰還と新たな副隊長の到来を待っていた。とはいえ厳粛な雰囲気ではなく、私語に興じている者も大勢いて、室内は和やかな雰囲気に包まれている。


 ワタシ達は比較的空いている部屋の一角、会議室前方から最も遠い位置に陣取った。他の隊士達と同様、会話を交わしながら暇を潰していると、やがてメッシェが会議室に入ってくる。彼はワタシ達の姿を目に留めると急ぎ足に歩いてきて、


「まだ、副隊長の方は到着していないんですか?」


 と、僅かに息を切らせながら訊ねてきた。


「ええ、でも後少しで本部に着くってさっき知らせがあったの……あっ」


 再び開かれた会議室の扉の向こうに、ワタシは視線を向けた。今度こそ待ち人達の御到着かと思ったが、実際に入ってきたのは、髭面の隊士とルトレーだった。前者は眉間に皺を寄せて立腹中、後者は焦りを滲ませながらも寝起きを叩き起こされたような顔をしている。どうも、惰眠を貪っていたのを無理矢理起こされたようだった。


「ルトレーですね。久しぶりに見ました」


「今朝、調査から帰ってきたのよ」


「へー、そうなんですか。だからあんな眠たそうに……」


「しっ、二人とも」


 ミナーシェが唐突に会話を止めた。


「どうやら着いたみたいですよ」


「どうして分かるの?」


「団体客の足音がしますから。多分、六人かな」


「え?」


 小首を傾げた直後、階段を上ってくる足音がワタシの耳にも届いた。具体的な数字までは分からないが、ミナーシェの言葉通り、複数の靴音が混じり合っている事だけは判別がつく。


 程なくして。一階階段側に面した扉が開いた。


「皆、揃っているか」


 声と共に真っ先に姿を現したのは、エリュシールの象徴である紅鎧を身につけ、同じく燃えるような色合いの髪を有する男。隊長のゼルリックだ。辺りを見回す顔つきは凛々しく、雄々しい。厳しい自己鍛錬で鍛え上げられたであろう精悍な体格には、立場境遇を異にする有象無象の者達が集う特務部隊を束ねる長にふさわしい、修羅場を潜り抜けてきた者の風格が漂っている。その様はまるで、誇り高く君臨する獅子のようだ。


 そして。彼に続いて、残りの者達も会議室に姿を現す。まず、見知った顔のエリュシール隊士が二名。彼らはどうやらゼルリックに帯同して出迎えに出た者達のようで、部屋に入るなり待機していたワタシ達の中に解け込んだ。


 最後に入出したのは、見知らぬ三人だ。恐らくは彼らがエリュシールの新顔だろう。


(副隊長一人じゃなかったのね。じゃあ、残りの二名は補充要員? ルトレーの言った通り、騎士団の人間に見えるけど……どこか違うような……?)


 眼前の光景に仄かな違和感を抱きつつ、現れた面子を観察する。新顔メンバーは全員、銀色の軽装鎧を身に纏っている。アーゼンロイス正規騎士団で広く運用されているものを連想させたが、よくよく注視すると、細かい意匠が異なっている事に気がついた。紫の線が各所に入るアレンジが鎧全体に加えられており、鎧の構造自体もやけに簡略化・軽量化されている。


 地形の入り組んだ市街地戦を主に想定している為か、エリュシール隊士の証である紅鎧は耐久性よりも機動性を重視した設計になっている。そのお陰で、女性であるワタシも何とか着こなせているのだが……彼らの装備はそれに増して軽そうだ。ワタシ達と同じで兜も装着していない。


(あれじゃ、ロクに戦えないんじゃ……ていうか、ワタシだって非戦闘要員なんだから、ああいう肩の凝らなそうなヤツ着たいんだけど)


 心中で呟きながら、先頭の顔を注視する。金髪がカールしているのが印象的な、長身痩躯の美青年だ。端正な顔立ちは上品な清潔感に彩られ、身だしなみにも一般庶民の域を越えた気遣いが随所に現れている。年齢は予想しにくいが、二十代後半から三十代前半くらいではないだろうか。腰に長剣の鞘を提げてはいて、隊士達の一般装備に比べると幾分か細身の物のように見受けられる。全体的にスラリとした外見も相まって、どちらかというと武官より文官の方が向いてそうな印象だ。


 しかし。前述の部分だけで判断するならば大手を振って入隊を歓迎出来る男性なのだが、隊全体を不遜な笑みを浮かべて値踏みするように見渡している、その態度だけはどうにも気になった。


(第一印象だけで人となりを決めつけるのは良くないって事くらい、分かっているけど……でも、浮かべている表情って、その人柄を少しくらいは映す気がするのよね。実際、ヴォリアンだっていけ好かないヤツだったし)


 実際に口にしては失礼な感想だろうが、一見しただけで鼻持ちならない気性が透けて見えるような、そんな人物だった。簡潔に分かりやすく説明するなら、『主役級キャラへ事ある毎に嫌みを投げかけてくる、キザな貴族男』といったところだろうか。


(とはいえ、これから同僚になる相手だからなぁ。職場の人間関係は大事にしないとだし、仮に馬の合わない相手だったとしても、上手く付き合っていかなきゃ……)


 心中で思いを巡らせていた、その時だった。会議室を見回していた彼と、不意に目が合った。


 湖底のように深く暗い藍色の瞳が、隊士達に紛れて佇むワタシを射抜いたその時。


 一瞬、ニヤリと青年が口元を歪ませた。


 途端、ゾクリと悪寒が背筋を駆け巡る。


(何、今の……?)


 だが、視線を合わせたのも束の間、次の瞬間には、青年の眼差しは別の方向へと向けられていた。


 緊張感から解放されると同時、自意識過剰だったのではないかという疑念が脳裏をよぎる。


 たかが、視線と視線が一秒にも満たない間だけぶつかりあっただけ。


 そんな事はこれまでの人生で数え切れないほど経験した。


 流石に、疑心暗鬼が過ぎるのではないかと、自分でも思う。


 だが、理性的な考えに反して、胸の動悸は一向に治まらなかった。


 こちらの心を探ってくるかのような、あの眼差し。それは、この世界に来て幾度となく向けられてきたもので――


「今日集まってもらったのは、他でもない」


 ゼルリックの声に、ハッと我に返った。エリュシールの隊長は会議室前方に立ち、隊員達を見渡している。新顔の三人もまた、彼の後ろに控えていた。


 私語で溢れかえっていた雰囲気は既に無い。厳粛な空気の中、ゼルリックは言葉を続ける。


「もう知っている者もいるかと思うが、この度、エリュシールの新たなメンバーを騎士団からお迎えする事となった」


 静かながらよく響く声で告げた後、彼は手振りで三人の騎士達を自らの側へと招く。彼らはゼルリックの横に並んだ。


(ルトレーの聞いた噂通りってわけね……)


 先ほどは一人目の妙な視線に動じて、残りの騎士達をよく観察していなかった。改めて、新参の者達の姿へ目を向ける。


 二人目は大剣の鞘を背負った黒髪の男だ。特徴的で目を引くのは、軽装鎧の下からも伺える筋骨隆々とした体格。如何にも武人といった精悍な顔つきをしているが、浮かべている表情に無愛想な気性が滲み出ている。大剣を扱う戦士の風貌にエルッグを連想してしまい、ワタシは先日の一件を思い出してしまった。苦々しい振り切るように、三人目へ視線を移す。木製の杖を両手で握りしめた銀髪の女性。


(……女性?)


 思わず、心中で戸惑いの声を上げた。興味に急かされるまま、相手の顔をまじまじと眺めてしまう。体格は華奢気味、身長はワタシとほぼ変わらない。年齢も同じくらいだろうか。まるで田舎娘のように素朴な、それでいて確かな知性に彩られた顔立ち。浮かべている微笑は上品で柔らかなもので、美しさと可愛らしさ、両方が絶妙な具合に噛み合っている。


(どちらかというと、裏方の事務仕事とか接客業とか向いてそうだけど……この人も騎士団出身者なの?)


 会社の受付や喫茶店のウェイトレスとしても人気が出そうな容姿。観察すれば観察するほど、騎士のようには思えなかった。腕も色白でほっそりしているし、とても厳しい鍛錬で鍛えられているようには見えない。


(でも、杖を持ってるって事はルトレーみたいに魔術士の可能性もあるわよね……にしても、人気の出てること出てること)


 辺りを見やると、男達の大多数は彼女に釘付けになっていた。中には惚けたように口元をだらしなく弛めているものもいる。


(……ま、しょうがないか。オトコって、ああいう清楚っぽい雰囲気の女に弱いモノだしね)


 肩を竦めかけて、思い留まる。ただでさえ、男性ばかりで構成された組織だ。新しいメンバーの中に異性がいるとなれば、注目を集めるのは必然というものだろう。あまり媚びを振りまいていないワタシですら、入隊当初こそ遠巻きに眺められるだけだったものの、今では時々お茶の誘いが来ていたりする。尤も、隊内部での人間関係の維持等、様々な事情を考慮に入れた末、誰かと深い仲にはならないようにしているが。


「任務で出払っている者もいるようだが……取りあえず、今いる者達には先に紹介をしておく事にする。まず、ニーベルス・ワーズベルト殿。アーゼンロイス騎士団会計監査隊で北部方面分遣隊長を務められていたお方だ」


 そう言って、ゼルリックは自らの隣にいる金髪の男を手で示した。紹介された男は不適な笑みを浮かべたまま、一礼する事もなく佇んでいる。


 一方、ゼルリックの説明を受けた隊士達は密かにざわめいた。声を発する事はないが、互いに意味深な目配せを交わしたりしている。


(会計監査隊って多分、騎士団の内部監査が仕事の隊よね。それで、北部方面の分遣隊長なんだから……ひょっとして、もの凄いエリート!?)


 外見からして、まだまだ若手といえる年齢なのは間違いない。アーゼンロイス騎士団における会計監査隊の立場がどれほどかは知らないが、天下りのような例こそあれ、内部から監視の目を光らせる部署のリーダーには、普通なら相応の者しか任命されない筈。見るからに切れ者の風格を漂わせているし、やり手の人物である可能性が高いと思った。


 だが、ニーベルスという人物に好印象を抱けていない為に、何となく胸がざわついた。まだ話した事もない相手なのだし、偏見と言われればそれまでなのだけれど。

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