第二話「予兆の暗雲」 4
時がほんの少し経って、純情な少年がようやく平静を取り戻した頃。
「そういえば。これも小耳に挟んだんすけど」
運んできた自分の朝食に口を付けながら、ルトレーが口を開いた。
「新しい副隊長が来るみたいっすよ」
「新しい副隊長?」
寝耳に水の話に一度は驚くも、すぐに納得する。
(そうね、重要な席だもの。むしろ、今までずっと空白だった事の方が不思議なくらいだわ)
現在、エリュシールにおいてナンバーツーのポスト――副隊長の座は空席となっている。影の後継者による一連の事件の後始末や、その残党の処理に追われていたので、恐らくは人事に手間を割く余裕も無かったのだろう。アジト跡地の調査もひと段落した事だし、空いたポストを埋めるのも当然といえる。
ただ、一つだけ腑に落ちない点があった。
「でも、外部の人間が就任するのね。てっきり、内部昇格だと思ったけど」
表向き、エリュシールは王家直属の特務隊という事になっている。だが、その実状は体の良い便利屋部隊だ。王国正規騎士団――エリュシール隊員も立場上は立派な騎士であるのだが、その事を疎んじる者達がわざわざ正規という呼称を用いている――には雑用を押しつけられ、城からも厄介な任務を率先して回されてしまう弱い立場に位置する。
けれど、せめて重要な役職くらいは、隊内部の者を任命しても良いのではないか。
そう考えると、どうしても心の中に闇靄のような不満が湧いてきた。
(個人的には、ミナーシェがふさわしいって思ってたんだけどな……)
エリュシールにおいて、ミナーシェは極めて優秀な隊士だ。卓越した槍の力量は勿論、氷魔術の技術もかなりのもの。実務全般に於いても高い処理能力を持っており、統率力も分隊指揮を任せられる程度のものを有している。当然、現隊長であるゼルリックの信頼は厚く、前副隊長のフーレンスからの評価も高かった。ワタシもまた、高い知力と武勇を合わせ持つ彼は副隊長に適任だとばかり思っていた。
「理解出来ない話ではないですね。先の不祥事で、僕らは役人達の信用を多分に損なっていますから」
深く考え込むように右手人差し指を顎に当て、ミナーシェが口を開いた。
「でも……あれだけエリュシールを毛嫌いしてるのに、どうして騎士団の人間がこっちに来るの?」
「身内をこちらの要職に就けて影響力を強めたい……といったところでしょう。騎士団は城の内部でも強い発言力を持ちますし、こちらの人事に干渉しても何ら不思議ではないです」
「うーん……ねぇ、ルトレー。その新しい副隊長がどんな人かは知らないの?」
「深くは知らねえけど……どうも騎士団でそれなりの立場だった人らしいぜ。面倒事が起きないといいけどな」
「面倒事?」
「隊の内部に軋轢が生じるとかさ」
ルトレーは肩を竦めた。
「お前がさっき言ったように、此処と騎士団は仲が悪い。騎士団の連中は何かと俺達を目の敵にして、何かと厄介事を押しつけてくるからな」
朝食が運ばれてから時間がだいぶ経過したせいか、食堂にいる隊員の数も疎らになっていた。周りを気にしつつ、青い髪の少年は声を潜めて言葉を続ける。
「ただ、ウチの隊全員が外部からスカウトされた人間ってわけじゃない。隊長のように騎士団から移ってきた者も少なからずいるし、俺だって元々は城勤めの身だった」
「そう言えばそうね……でも、ワタシが知る限りじゃ、今まではいざこざなんて一度も起きていなかったように見えるけど」
「そりゃ、隊内部でのパワーバランスが上手いこと保たれていたからな。不平不満も起こらなかったんだよ」
「パワーバランスがある程度保たれていた……?」
ルトレーの発言の意図が理解できず、目を瞬かせていると、
「外様のフーレンスさんが副隊長を勤めていたからですよ」
横からミナーシェが口を挟んだ。
「騎士団から移ってきたゼルリックさんが隊長を勤めていても、元々は浪人だったフーレンスさんが副隊長に座っていた事で、僕のように外から入ってきた者達の不満は、ある程度抑えられていたんです。ですが、新たに騎士団から招き入れられた者が副隊長に就任する事で、その緩衝材が消失してしまった」
「あ、そっか……ナンバーワンとナンバーツーのポスト、両方を騎士団出身者が占める事になるもんね」
元々、エリュシール隊士達を取り巻く状況は芳しいといえない。アーゼンロイス王国出身の者はまだしも、外部から入隊してきた者は正規騎士団に属する者達からの罵倒や嘲笑に耐えなければならない。
そんな状況の中、騎士団からやってくる新参者に副隊長の椅子が割り当てられる。
同じように騎士団から移ってきた隊士達はともかく、浪人傭兵出の者達ならば『自分達が冷遇されている』と不満を抱いたとしても何らおかしい話でない。むしろ彼らの矜持を慮れば、至極当然の事のように思える。
「ま、あくまでも噂だから、本当のところは分かんねえけどな。実際はそこまで嫌みじゃない人が来るかもしれないし」
「……そうね、ゼルリック隊長のような方なら良いのだけど」
再び朝食に取り掛かるルトレーを眺めながら、ワタシはお茶に口を付けた。




