最終話「想い、遙か」 21
「ヴォリアン! 貴様、何をした!」
声を荒げるゼルリックの視線を目で追うと、そこにはよろめきながら立ち上がっている元宮廷魔術師の姿があった。顔からは血の気が引いていて、血の流れている脇腹を左手で庇っており、体力をそうとう消耗しているのは明らかだった。だが、辛うじて詠唱をする余力は残っていたのか、彼の足下にはか細い輝きながら魔法陣が展開されている。
そして、掲げられた青白い右手の先には、バチバチと音を立てて青白い火花を散らしている装置群の姿があった。先ほど聞こえてきた爆音の原因は、恐らくコレだろう。
「さあ、何をでしょうね?」
含み笑いと共に発せられた声には、どこか勝ち誇ったような響きが含まれていた。
「ここまで計画を進めておいて、あっさり降参するなど冗談ではありませんよ」
「無駄な抵抗はやめて、観念するんだ。その怪我では、お前も今まで通りには戦えまい。この場で我々三人を相手に勝利するなど、もはや不可能だぞ」
「ふふ、安心して下さい。勿論、私も馬鹿ではありません。こちらの勝機が薄いことは重々承知していますよ……ですがね」
ヴォリアンの右手が、更に高く振り上げられる。勿論、見つめられている先は電撃を食らい火花を上げている装置群だ。それを見たフーレンスは彼の意図を察したのか血相を変え、
「まさか……よしなさい!」
だが、制止の声が受け入れられることはなかった。
「私は……私はッ! このような所で終わる男ではないのです!」
そう高らかに叫び、瀕死の魔術師は掲げていた腕を勢いよく振り下ろす。途端、暗い紫色の電流が彼の掌から放たれる。魔法が命中したのは、装置群のうち一番端のもので、魔力の直撃を受けた機械は一際盛大な音を立てて爆発する。
――ッ!?
途端、強烈な衝撃が磔にされているワタシを襲った。まるで、体の芯から、得体の知れない力を強制的に解放されるような感覚。これに似た感覚を、ワタシは前にも味わったことがあった。正体を隠していたフーレンスが、意味深な言葉と共にワタシにかけた魔術だ。
だが、あの時とはまるで威力が違う。
「ぐ……ああっ!」
思わず、悲鳴が口から洩れでてしまう。意識が激痛に悶え、視界すら霧に覆われたように霞んでしまう。周囲を気にする余裕すらなく苦しんでいると、
「マナミさんをどうしたんですか!」
ミナーシェの叫びが微かに聞こえてきた。
「どうもしていませんよ。私はただ、安全装置を壊しただけです。彼女の魔力を吸収しないようにする、ね。ま、本来は装置の制御パネルで吸収する量を調節出来るように出来ているのですが、今はどこまで魔力を吸われ続けているのやら。彼女、放っておくと死んでしまうかもしれませんよ?」
「てめえっ!」
続いて耳に届いたのは、ルトレーの怒りに満ちた激高。
「そんなに熱くなっても無駄ですよ。最早、私でも制御不能ですからね。あの機械は」
「ふざけんなっ! ぐだぐだ言う前に、アイツを元に戻しやがれ!」
「人の心配をする暇があったら、自分の身を案じたらどうですかねぇ? 貴方達は皆、ここで死んでしまうんですよ。砲弾として排出されず、暴発するあの女の魔力によってねぇ!」
ヴォリアンがそう告げた直後、激しい揺れが室内を襲う。続いて、何かが砕けるような轟音がした。
――何が……どうなってるの?
不幸中の幸いというべきか、四肢を十字型の石柱に縛り付けられていたので、振動の影響は殆どなかった。朦朧とする意識を必死の思いで繋ぎ止めているうち、視界にかかっていた靄が僅かに晴れ、眼前の惨状が露わになった。
辺り一面は燃え盛る火の海で、ミナーシェの作り出した氷柱の群は既に消失してしまっていた。天井は崩れ落ち、床は炎と瓦礫で殆ど足の踏み場もない。その上、大地震のような揺れはまだ収まっていない。ゼルリックもミナーシェもルトレーも、そしてフーレンスも、自らの身を守るだけで精一杯で、術の発動すら出来ない状態のようだった。
ただ一人ヴォリアンだけが、荒れ果てた室内でフラフラと力なく立ち続け、狂気の笑みを浮かべながら叫んでいた。
「これでっ……これで私は負けない! ただ一人、この地獄からの勝利者となるのです! ハハハハ……」
程なくして、その高笑いも哀れな姿も、落ちてきた天井の残骸に押しつぶされて見えなくなった。恐らく、もう生きてはいないだろう。
――アイツ……!
最後の最後にとんでもない事をやらかした最低の男に対する怒りが、胸を焼き焦がさんばかりに湧いてくる。だが、すぐにその余裕すらなくなった。止めどない責め苦は、体に宿っているアズレードの力を貪欲に吸収し続ける。たとえ自分のものではない魔力でも、全身から強制的に解放される負担は相当なものだった。
――このままじゃ……。
死んでしまう。そんな言葉が、消耗しきった心の片隅に浮かぶ。もう、抵抗しようとする気力すら残っていなかった。
いつの間にか、再び視界は曇りきっていた。皆が無事なのか、今の自分には確認することすら叶わない。
――ワタシのせいで、みんなが死んでしまうかもしれない……。
悲しかった。けれど、どうしようもなかった。最早、今の自分に出来る事など、何もありはしなかった。このまま暴走している装置に生命も魔力も吸い尽くされてしまうのだと、絶望感が胸中を支配していく。
その時だった。急に全身を襲っていた不快な感覚が、みるみるうちに消え去っていったのだ。
――え?
驚きに、ワタシは目を見開いた。肉体に僅かながら余裕が戻ったせいか、視界もクリアになっていく。相変わらず、室内は凄惨な様相を呈している。その中で、一人の男が私の前に立っていた。緑髪が特徴的なその人物の足下には目映く輝く魔法陣が生成されていて、両掌から発せられている暖かな光がワタシの体を包み込んでいる。耐え難い苦痛が引いていったのは、恐らくこの術の所為なのだろう。
――貴方が助けてくれたの?
酸欠と疲労とで未だハッキリとしない意識の中、心中で目の前の人物に問いかける。答えは返ってこなかったものの次の瞬間、四肢を拘束していた紐がちぎれた。支えを失い崩れ落ちようとしたワタシを、彼は優しく抱きとめる。この時、彼の温もりを、ワタシは確かに感じ取った。
けれど。
頭上で大きな亀裂の入る音がしたかと思うと、天井が真下のワタシ達に向かって落下してくる。
彼の行動は素早かった。




