最終話「想い、遙か」 12
「ある秘密?」
意味心な発言に、思わず呟く。フーレンスの方はというと、
「はい」
言葉少なに返事をした後、両目を閉じ、またもや押し黙った。まるで、当時のことを述懐するかのように。
暫しの静寂の後、彼は再び語り始める。
「その秘密とは、父にまつわるものでした。村を発つ間際、父は母にだけ自らの素性を明かしていったのです。恐らく、そうする事で独り残される恋人の不安を和らげようとしたのでしょう。実際、母は父を待ち続けることが出来た。自らの愛した男の帰りを、亡くなる直前まで信じ続けられたのです。何故ならば」
いったん言葉を区切ったフーレンスは、両目を開いて天井を睨みつけ、吐き捨てるような調子で告げた。
「その旅人の男は、この国で最も名の知られ、同時に尊敬されているといって過言ではない人物だったからです」
彼の言に、電流が鋭く頭の中を走り抜けた。
「まさか……!」
「ええ、そのまさかですよ」
ワタシに向き直ったフーレンスの端正な顔は、隠しきれない怒りと憎悪に歪んでいた。
「私の父は、このアーゼンロイス国を治める王なのです」
言葉を失った私の前で、フーレンスはなおも語り続ける。
「だからこそ、母は父を信頼した。分かりますか? たとえ離ればなれになったとしても、自国を統べる王の近況なんてものは、いくら辺境の村に住んでいたとしても自ずと耳に入ってきます。立ち寄った旅人や近隣の村人に話を聞くことも出来ますし、少なくとも数年に一人くらい、王都へ観光に出掛ける行動的な若者だっているでしょうからね」
当時の母は、時折に心配そうな表情を浮かべていました。そう言った後、彼は目を伏せた。
「幼い頃の私は、母のそういった様子を見て、こう考えました。母は行方の知れない恋人の安否を一途に想い続け、その一方で、彼が自らの元へ戻らないかもしれないという不安にずっと苛まれているのだと。ですが、後者は当たっていても、前者は違った。たとえ連絡が取れずとも、父が今現在どのように暮らしているか、母は知っていたのです。私にその事実を話した直後、既に寝たきりの状態だった母の容態は急変しました。既に、町から呼び寄せた医者は治療を諦めて去っていった後でした。私はすぐに家を飛び出し、薬草に精通する村人を呼びに行きました。しかし、彼を連れて家に戻った時には、母はもう亡くなっていました。私は親の最期を、この目で見送る事が出来なかった。幾ら悔やんでも、悔やみきれません」
彼の声がだんだんと苦しげになっていき、ワタシも胸の痛むような気持ちを覚えた。ワタシの両親はまだ亡くなっていない。一人暮らしを始めるようになって盆と正月くらいしか実家に戻っていないものの、帰省する度に母と父のピンピンした姿を見ている。だから、フーレンスの抱いている悲しみがどんなものなのか、ワタシには想像するしか出来ない。それでも、彼の辛そうな表情を眺めていれば、その心中をほんの僅かばかり察するくらいは出来た、と思いたい。
「結局、母が迎えに来ない父をどのように思っていたのかは分からずじまいでした。私の前で本心を決して吐露する事はありませんでしたから。ですが、きっと母の胸中には悲しみや恨み、怒りや憎しみの念が渦巻いていたことでしょう」
「……そんなの、分からないじゃない」
ワタシは重い口を開いた。彼の暗い過去に自分の意見を述べるのは本意ではなかったが、ここは否定しておかなければならないと何故か感じたのだ。
「貴方のお母さんは、ずっと恋人が自分を迎えに来ることを信じていたのかも……」
「ええ、これまで私が話してきた事実だけを聞けば、マナミさんがそのように考えても仕方ないでしょうね」
苦々しげに顔をしかめながら、フーレンスはこちらの訴えを遮った。
「私の母は、間違いなく知っていたんですよ。かつて愛した男が、自分を迎えに村までやってくる筈がないとね」
――え?
彼の言い回しに、ワタシはまたもや不穏な雰囲気を感じつつ、問いかける。
「……どうして、そう確信出来るの?」
「答えは簡単です。私が物心ついてすぐ、国王が妃を迎え入れたとの話が国中に広まったからですよ」
フーレンスの説明を聞いた途端、背筋に衝撃が走った。
「な……!」
「聞くところによれば、都の方ではちょっとしたお祭り騒ぎだったようです。当然、私の村でも数日間はその話題でもちきりでした。母が知らなかったわけがない」
将来を誓い合った男が自分を迎えに来ないまま、他の女と結ばれた。
そう人づてに聞かされた時、彼女はどんな思いだったのだろう。
考えただけで、心が苦しくなった。
「母が亡くなって数年が経った頃、私は故郷を去りました。唯一の肉親を失った、どこの馬の骨とも分からない男の子である私を養おうとする者は、村に皆無でしたから」
「どうして、自分が王の子供だって明かさなかったの? そうすれば、村の人達の態度だって変わったかも……」
「そんな馬鹿げた絵空事、誰が聞く耳を持つというのですか?」
彼の口調には、こちらを突き放すような刺々しさが込められていた。
「子供の妄想だと捉えられるのがオチでしょう。それに、下手をすれば王族を騙る不届き者として捕らえられるかもしれない」
「でも、証拠とかあれば」
「ええ、母が遺した証拠は確かにありましたよ」
と、フーレンスは懐からある物を取り出す。それは色褪せた剣の鞘で、その表面には紅い炎を纏ったライオンのような模様が刻まれてあった。些か年期の入った代物のようだが、年月を隔てても失われない高潔感を発し続けている。
「これは、母が亡くなってから家の遺品を整理していた時に見つけました。描かれているのは王家の紋章で、王族の末裔のみがこのような柄の鞘を持つ事を許されるのです。恐らく、父はこの品を贈る事で自らの素性を証明したのでしょう。そして、母は恋人の約束を信じ、この品を誰にも見せずに保管していたのです。尤も、その願いは果たされませんでしたがね」
「じゃあ、それを城に持ち込めば」
「盗まれたものだとか、そういった難癖をつけられれば終わりです。それに、仮に証明出来たとしてもですよ。その後の事を考えてみて下さい」
そう言って、フーレンスは小さく笑った。
「王の周囲にいる人々達にとっては逆に、私の母の方が何処の馬の骨ともしれない女なわけですよ……。マナミさん。聡明な貴女なら、予想がつきませんか?」
「あ……」
彼の問いかけに、ワタシは言葉を失った。既に妃を娶った王に、地方の村娘に産ませた隠し子がいたと発覚すればどうなるか。王の権威は間違いなく低下し、ともすれば民の信頼をも失ってしまうかもしれない。もし、一族の間で骨肉の権力争いが続いているとすれば、このような事実は現国王の政治を快く思っていない者達にとっては格好の餌だ。彼らは嬉々として王を失脚させようと策謀を巡らすだろう。
そのような事を王が恐れたとすれば。取られる手段は容易に思いつく。真実が明るみに出ないよう秘密裏に始末するか、二度と町に戻れぬよう城に幽閉するか。かつて愛を誓い合った女に対する情が少しでも残っているなら、血を分けた子供に対してここまで非情にはなれる筈がない、とは思う。けれど、そんな確証、当時のフーレンスは持てなかったに違いない。
何しろ、相手はかつての恋人の事をすっかり忘れてしまったかのように、便りも寄越さず別の女と結婚するような男なのだから。




