最終話「想い、遙か」 11
――そんな……。
フーレンスのやろうとしている事を知ったワタシは、愕然とした。彼の所有する『魔力砲』とやらが、一体どれほどの力を秘めているのかは分からない。だが、王都に少なくない被害をもたらすのは間違いないだろう。大勢の人が傷つき、町は破壊される。死人だって出るだろう。
それなのに、彼は今まさに平穏を享受している罪なき人々に向け、弓を引こうとしている。
「……何で」
まず頭に湧いてきたのは、悲しみではなく怒りだった。
「何で、都を撃とうなんてするのよ」
「先ほど言ったでしょう。この国を一から再生する為ですよ」
フーレンスは冷静な表情のまま答えた。
「どうして? ワタシはまだこの世界の事を詳しくは知らない。でも、町の人達はみんな幸せに暮らしているように思うわ。国の外では戦争も起きているかもしれないけど、少なくともここは平和な世の中じゃない」
召喚されて日の浅い自分は、まだこの世界について深くは知らない。恐らく、色々な問題が陰では起こっているのだろう。けれど、少なくともワタシが見てきた限りでは、残虐非道な行いは行われていなかった。勿論、正規騎士団とエリュシールの確執や、ルトレーとヴォリアンの一件など、不愉快に感じる事はあった。でもそれらは、あくまで日常の延長線上にある出来事で、ワタシ達の努力で何とかなるかもしれない問題だ。大規模な殺戮や町単位での略奪といった、国の平穏が脅かされるような事件ではない。
彼のやろうとしている行いは、毎日を逞しく生きている人達に恐怖と絶望を与えるだけだと思った。
「ねえ、フーレンス。そんな酷いやり方しなくたって、別の方法があるじゃない。国のやり方に不満があるのなら、内部から頑張って変えていけば」
「本当に、そんな事が可能だと思ってるんですか?」
不意に、鋭い口調でフーレンスが問いかけてきて、ワタシは面食らった。
「え……」
「マナミさん。貴女だって知っている筈です。この国の兵士達が、私達のような外部の者をどれだけ見下しているか」
言葉に詰まるワタシに、険しい表情の彼はなおも言葉を畳みかけてくる。
「慢心を抱き、誇りに酔い、民を守るという大事な使命を半ば放棄している。貴女だって、目の当たりにしてきたでしょう」
「それは」
言い返せなかった。召喚された翌日、ミナーシェに町案内をしてもらった際に遭遇した兵士二人組の事を思い出す。彼らはミナーシェにあからさまな嫌味をぶつけ、出会って間もないワタシにまで敵意を剥き出しにしていた。休憩に向かった喫茶店でも、彼らのような正規の騎士団に属する者達がエリュシールという組織を快く思っておらず、城下町の巡回等の面倒臭い仕事は全て押しつけているという、反吐が出るような事情を聞かされた。当時のワタシは、その話にとてつもない不快感を覚えたものだ。
だからこそ、心の何処かで相手の言を肯定している自分がいた。
「この国の内部は既に腐敗しきっているのです……ヴォリアンをみて御覧なさい。城であのような者が重用されているようでは、政治を取り仕切る大臣の質もたかが知れているとは思いませんか」
「けど、そんな奴を貴方だって仲間にしてるんじゃない」
苦し紛れの反論だったが、意外にも効果はあったらしい。フーレンスの表情が、僅かに曇った。
「ええ、不本意ではありましたよ。あのような下賎な輩を配下にするのは。ですが、目的を果たす為には彼のような、国の中枢に絶対的な権力を持つ者の協力が必要だったのです。幸い、彼は魔術師長という地位に満足していない様子でしたからね。事を終えた後の要職を約束すれば、すんなりこちら側に引き込めました」
それに、無駄な血を流すつもりはありませんよ。そう言葉を続け、彼は天井を見上げた。
「私はただ、この土地から王家を追放し、新たな秩序を築き直したいだけなんですから」
「なるほどね、ようやく貴方の意図が分かった」
ワタシは頭上を見つめる端正な横顔を、キッと睨みつけた。
「結局、貴方は王様を追い出して、自分がトップに立ちたいだけなのね」
「そういう風に捉えられるのは心外ですね……まぁ、仕方がない事なのでしょうが」
「心外って何よ。どうせ図星なんでしょう」
「違います」
フーレンスは彼に似合わないほどの強い口調で、ワタシの言葉を否定した。
「私は決して、権力欲の為に行動を起こしたわけではありません」
はっきりと言い切った彼の茶色い瞳は濁っておらず、美しいほどに澄んでいた。その忽然とした態度からは、彼が嘘をついていないとワタシが信じきれるような、強固な意志の醸し出すオーラが滲み出ていた。
しかし、それはまたしてもワタシを困惑の中に引きずり込む。
「……理解出来ない。結局、貴方は一体、何がしたいの? そこまでして国を変えたい理由は何なの?」
こちらの問いかけに、フーレンスはすぐには答えなかった。彼は沈黙を保ったまま天井を見つめ続け、おもむろに、
「確かに、理由を説明しないままでは、私の成そうとしている事を肯定してもらえるわけがありませんね」
と、小さく頭を振った。
「では、貴女にお話しましょう。私の過去について」
「……貴方の、過去?」
「はい」
戸惑いの呟きに頷くと、フーレンスはワタシの顔を真正面から見ようとしないまま、遠くを見るような目で語り始めた。
「私の母はとある小さな村の生まれで、両親の農作業を手伝いながら暮らしていました。やがて、その村に従者を連れた旅人の男がやってきました。男は身分こそ明かしませんでしたが礼儀正しく、その地域では見慣れないような道具類を懐から取り出しては、人々を楽しませていました。男は金を払うのでしばらく村に泊めてほしいと頼み、母の両親がそれを承諾し、家の空き部屋に旅人を住まわせました。やがて、当時の母と旅人の男は恋に落ちました。二人はしばらくの間、仲睦まじく過ごしましたが、幸せな一時は旅人が村を出ていってしまった事で終わりを告げました。男が去った後、母は自分が妊娠している事に気がつき、周囲の反対を押し切って出産しました。その子供が、私です」
――何だか、現実でもよくありそうな話ね。
直接、口に出して言わなかったものの、ワタシはどうしてもそんな感想を抱かずにはいられなかった。
――妙に昼ドラチックというか、生々しいというか。
しかし、彼の出生が、これまでの話と何の関係があるというのだろう?
ワタシの疑問を余所に、フーレンスはなおも語り続ける。
「物心ついた時から、母は父の帰りをずっと待ち続けていました。父は母に対し、いつか必ず迎えに戻ってくると約束していたのです。しかし、その約束は果たされなかった」
「……戻ってこなかったんだ」
「ええ。母の両親が流行病にかかって亡くなると、母は次第に村の中で孤立していきました。行方もしれない余所者の子を産んだ母を娶ろうとする男もおらず、幼かった頃の私もまた、冷ややかな目で見られました。それでも、母は懸命に働き、女手一つで私を養ってくれました。ですが、やはり無理が祟り、母も程なく病に倒れました。親の代わりに、私は必死に仕事をこなしましたが、母の病は重く、遠い町からなけなしの金で呼び寄せた医者も、首を縦に振るほどでした。やがて、母は亡くなりました」
そこでいったん、フーレンスは口を閉じた。気まずい沈黙が、薄暗い室内に広がっていく。ワタシは何の言葉も彼にかけられなかった。事情もよく知らないのに、軽々しく励ますのは良くないと思ったからだ。
静けさの中で待ち続けていると、フーレンスは再び口を開いた。
「……死の間際の事です。母は私にある秘密を打ち明けました。村の誰にも洩らさず、両親にも、実の息子である私にもずっと隠し通していた、ある秘密を」




