最終話「想い、遙か」 9
「……う」
――いつでも。
その四文字が、身の毛もよだつほどの恐怖感と共に突き刺さる。フーレンスの言う通りだった。こちらの世界に召喚されてから、ワタシの身はずっとエリュシールの保護下にあった。それに加え、つい先ほどまで、ワタシは副隊長である彼に全幅の信頼を置いていた。その気になれば、彼は文字通り『いつでも』標的を連れ去る事が出来たのだ。
ずっと安全な場所にいると思っていた。本部の敷地内に閉じこもっていれば何も心配することはないと、本気で信じきっていた。
けれど、その実、ワタシはずっと危険に曝され続けていたのだ。
それも、心を許した数少ない相手によって。
心中に渦巻く負の感情に耐え、辛うじて言葉を紡ぐ。
「……隊長が裏切り者かもしれないって言ったのは、ワタシの不信感を煽るためだったのね」
「ええ、私自身に疑惑の矛先が向けられないように、という意図もありましたが」
――結局、ワタシはこの男の掌の中で踊らされていただけ。
自然と、両拳を強く握りしめていた。体の自由さえ奪われていなければ、今すぐにでも目の前の男をぶん殴ってやりたかった。
だが、まだ肝心な事を聞いていない。
「結局、貴方の目的は何なのよ? そんな用意周到に準備を進めてきて、一体どんな悪巧みをやらかそうってわけ? 国でも乗っ取る気? それとも世界征服?」
返答まで、僅かな間があった。
「……いいえ、私は何も悪事を働く為に『影の後継者』を結成したわけではありません」
「じゃあ、何の為よ?」
「私は」
挑戦的に投げかけたワタシの目を、フーレンスは真剣な面持ちで真っ直ぐに見据えてくる。その様子に、ワタシは戸惑った。彼の表情に、私利私欲に溺れきった者の汚れや、思い上がりから生じる慢心は、微塵も感じ取れなかった。そこにあったのは、自らの信じる正義を為そうとする、男の眼差しだった。
頑固たる決心に満ちた者の姿が、そこにはあった。
「私はただ、腐りきったこの国を再生しようとしているだけです。一から、ね」
「……え?」
「順を追って、説明しましょうか」
そう前置きして、フーレンスは静かに語り始めた。
「まず、貴女が召喚される発端となった実験ですが、あれを実行に移させたのは他ならぬこの私です。ヴォリアン殿も含め、城の方にも私の協力者は多数いましてね、彼らに手配をしてもらったんですよ。エリュシールの方で実験を受け持つように根回しをしたのは、召喚された人物を私のなるべく近くに置いておきたかったからです。そうすれば、いざ計画を実行に移す時に手間を掛けずに済みますからね」
「なら、ワタシがこっちに連れてこられたのはアンタのせいってわけね」
「簡単にいえば、そうなります。更に言えば、元の世界に戻れなかったのもワタシの行動が原因ですね」
こちらの興味を煽るような言動に、ワタシは眉を顰めた。
「……どういう事?」
「誰かから知らされていませんか?」
フーレンスは自身の長髪を軽く撫でながら、
「ルトレーが城の魔術師から渡された古代の書物。その中の、送還術式について記されていたと思われるページが欠けていた事に」
「……あっ」
そういえば、とワタシは召喚当日の記憶を呼び起こした。確かあの日、ルトレーがそんな発言をしていたような気がする。
「じゃ、じゃあ。ページをちぎったのって」
「はい、私がそのように指示を出しました」
さて、話を戻しましょうか。そう呟いて、フーレンスは小さな咳払いをした。
「実験は表面上の成功を収め、マナミさん……貴女がこの世界に召喚されたわけですが。当時の私は、まだ本当に実験が成功したかどうか半信半疑でした。どこからどう見ても、貴女は戦う術を持たない一般人で、魔力の気配も全く感じられない。本当に私の欲する力を有しているのかどうか……そこで、少し貴女を試してみる事にしたんです。それが、最初の事件です。魔術で操った老婆を用い、貴女とルトレーを巧みに火事現場へと誘導し、貴女の素質を確かめようとした。結果、貴女は身を焦がす筈である炎に焼かれはしなかった」
――そっか、あの時。
自分でも不思議に思ったものだ。どうして、体に触れる火の粉が熱くなかったのか、と。彼の口振りからして、あの現象はやはり、ワタシの中に眠っていた火属性の魔力がもたらしていたという事なのだろうか。
「私は確信を得ました。かつて行った召喚実験は紛れもなく成功していたと、ね。ですが、問題点も見つかりました。貴女自身が未覚醒の状態にあったという点です。そこで、私は変装し、貴女の身体に秘められた大いなる力を古代の秘術によって引き出そうとしました。こちらもまた芳しい結果を残し、貴女は自らの持つ力に目覚めた。後の流れは、もう承知ですね?」
問いかけてくる相手に言葉は返さなかったものの、彼の言うとおり、一連の事件の流れは心の中で整理出来ていた。ワタシの持つ『力』とやらが覚醒した事で、フーレンスの『計画』は実行に移せる段階となった。そこで彼は手下であるヴォリアンを使い、城内で厳重に保管されていた古代の書物を持ち出させたのだ。後はその本を解読し、ワタシを誘拐するだけ。現状から察するに、フーレンスは既に書物の情報を知識として吸収してしまっているに違いない。
しかし、まだ分からない事がある。
ワタシの最も知りたいと思っている『真実』を、彼はまだ語ってはいない。
「……ねぇ、フーレンス」
意を決して、ワタシは切り出した。
「これまでの経緯は大体理解したわ。でも、貴方はまだ、ワタシの『力』について話してくれていないわよね。それって、一体どんなものなの? ワタシが身に宿している炎の魔力のこと?」
「その推測は、当たらずも遠からず、といったところですね」
彼の妙な言い回しに、疑問は更に強まっていく。
「はぐらかさないで、ハッキリ言ったらどうなの」
「マナミさん」
「何よ」
「貴女は、前に楽しんだ祭りがどのようなものなのか、知っていますか?」
「え?」
全く予想していなかった質問に、目が自然と点になった。
「ん、と。精霊に関係するお祭り?」
「そうですね。アーゼンロイス王国の民が、精霊アズレードに感謝の祈りを捧げる祭りです。では、その精霊アズレードについて、どれだけの事を知っていますか?」
――こっちが質問した筈なのに、質問を返されてばっかり……。
色々と思うところはあるが、妙な問いを投げかけてくる男の表情は真剣そのものだ。気を取り直して、ワタシは返答する。
「確か、ここの人達からかなり尊敬されてるのよね。王国とも関係が深くて、精霊だけど守り神とも言われてて、都の名前もアズレード。火を操る事が出来て、大陸に砂漠を作ったって伝説が残ってて、都が冷え込むようになったのはその精霊が眠りについてるからとか……」
フーレンスは小さく頷いて、ゆっくりと含むように告げた。
「まだ、お気づきになりませんか?」
「……あっ」
一つの推測が脳裏に浮かび上がってきた瞬間、背筋にゾクリと震えが走った。
かの精霊と自分との間には、一つの共通点が存在した。
――まさか。
「でも、そんな事って」
自然と、自分の顔がひきつっていく。一方、
「流石、察しがいいですね」
こちらの様子を眺めていたフーレンスは、賞賛の言葉を発しつつ、ワタシに意味心な眼差しを向け、とうとう『真実』を口にした。
「マナミさん……今の貴女には、アズレードが宿っているんですよ。強大な魔力を有する、炎の精霊がね」




