最終話「想い、遙か」 5
「え、ああ」
ワタシの呼びかけを耳にして、思案に没頭していたミナーシェは我に返り、
「すみません。少しぼうっとしてて。寝不足ですかね?」
と、照れたように頭を掻く。だが、ワタシは彼の態度にどこか妙なものを感じ、
「話、ちゃんと聞いてた?」
「勿論ですよ」
こちらの問いに、水色髪の青年は朗らかな口調で肯定を告げた。一方、ワタシは相手に対する疑念を抱いたまま、質問を続ける。
「じゃあ、さっきの事についてどう思う?」
「興味深い推論だと思いますよ」
まるで親が幼い子供を褒め殺して落ち着かせるような語調で、彼は言った。
「マナミさんって、意外と鋭いところに気がつくんですね。見直しちゃいました」
魂胆が見え見えだったので、ワタシは思わず苦笑を洩らした。
「そんな見え透いたおべっかはよしてよ」
すると、ミナーシェは大袈裟すぎるくらい真剣な面持ちになって、
「おべっかじゃありませんよ。本当に凄いと思ってます」
と、これまたお堅すぎる口調で告げた。
「どうだかなぁ……」
ワタシは彼のお世辞にニヤケつつも、胸の内では思案を巡らせていた。これはただの勘だが、ミナーシェは本音をはぐらかそうとしたような気がした。先ほどからの言葉が全て『おべっか』だという予測が当たっているのなら、彼は最初からワタシと同じような疑問を抱いていた、という事になる。
――じゃあ、どうして隠すの?
「で、結局ミナーシェはどんな風に考えてるの?」
さりげなく話題を逸らそうとしている彼には悪いけれど、ワタシだって事件の当事者の一人、それも被害者という中心人物真っ直中だ。身に迫る危機を把握するために少しでも真実へと近づきたいし、そうする権利だって持っていると思う。
そして。誰が敵か分からないこの状況で、ミナーシェはワタシが信頼出来る数少ない人物の一人なのだ。この好青年の口にした情報ならば、ワタシも余計な疑念を抱かずに受け取る事が出来る。
「エリュシールきっての凄腕騎士さんの意見、ワタシ聞きたいな」
作り上げた猫撫で声でそう言うと、
「そんなからかわないで下さいよ」
彼は微笑みつつ、ワタシの攻撃を軽く受け流した。
「ふふ、さっきのお返し」
誤魔化すように口元を覆って笑い声を洩らしながら、ワタシは相手の様子を観察する。どうやら、こういった手段を仕掛けられるのには慣れているらしい。町で若い女に話しかけられる機会には恵まれているだろうし、数多くの経験から異性のアプローチに平常心で受け答える技術を培ってきたのだろう。けれど、ワタシだって退くわけにはいかない。
「ですから、あれはおべっかではありませんって」
「ほらほら、そんな言い訳はいいから、早く話してよ」
長いようで短かった攻防の後、青年は遂に折れた。
「そうですね……」
困ったような笑みを浮かべ、ミナーシェは自身の清潔な髪を軽く撫でながら言葉を悩み始める。その様を眺め、ワタシは心中でガッツポーズをした。やがて、
「僕は一介の隊員に過ぎませんから」
と前置きして、青年は話し始める。
「マナミさんの言う事も気になりますけど、深い考えは思いつかないです。現状は、隊長とフーレンスさんに従うだけですね」
「……え?」
期待を胸に耳を傾けていたワタシは、思わず間抜けな呟きを洩らしてしまった。
「それだけ?」
「ええ、それだけですよ……どうかしましたか?」
責めるようなジト目で眺めていると、彼は慌てたようにたじろいだ。
「だって、すっごく怪しいし」
「怪しいって、そんな」
「本当は色々と感づいてるんじゃないの? 敵の親玉の正体とか、一連の事件に隠された真の目的とか」
「やだなぁ、僕を買い被り過ぎですよ、はは」
小さく頭を振って、面白いジョークでも聞かされたような反応を示すミナーシェだったが、その様が非常にワザとらしく思えるのは気のせいだろうか。いや、気のせいじゃないと自問自答する。今まで切れ者っぽい面をちょくちょく覗かせているだけに、何度もオドケて重要な部分をはぐらかす彼は違和感バリバリだった。
「ねえねえ、誰にも言ったりしないから。本音を聞かせてよ」
「いやあ、さっきのは全部本音ですよ」
「いーや。まだ何か隠してる」
こんな調子で問いつめているうちに、ワタシ達は裏庭までやってきていた。視界の向こうには、草むらに寝そべっているルトレーの姿が見える。どうやら昼寝の真っ最中らしい。
「じゃあ、僕は少し眠ってきます」
「あ、逃げるな」
急にくるりと背を向けて去ろうとする青年を、ワタシは後ろから掴んで引き戻した。
「別に逃げてはいませんって」
「愛想笑い浮かべてもダメ。本心を打ち明けなさい」
「ですから僕は……」
こうなったら戦法を切り替えるしかない。そう考え、ワタシは再び向き合った彼を、上目遣いになるよう意識して見つめた。
「お願い、ミナーシェ。ワタシ、怖いのよ」
切実な語調で紡いだ言葉は、青年の心を多少なりとも動かしたらしかった。彼は鎧を掴むワタシから視線を逸らすと、暫し間を置いて、
「僕も同じですよ」
それは独り言のようで、辛うじて聞き取れるくらいか細い声だった。真剣な表情を垣間見せたミナーシェの呟きにワタシは、えっ、と戸惑いを洩らす。
――同じって、どういう……。
だが、その問いを口にする前に、
「すみません、もう疲れが限界で」
爽やかな微笑を取り戻した青年は、あくまで紳士的にワタシの手を解いた。
「夕方頃には見張りに戻ってきますから。それまではルトレーから離れないで下さい。決して一人にはならないように気をつけて」
それじゃ、失礼しますね。ワタシの返事を待たずして、ミナーシェは手を振って足早に道を歩いていき、その華奢な後ろ姿はすぐに見えなくなってしまった。
ポツンと取り残されたワタシの前を、侘びしい木枯らしが通り過ぎる。ひんやりとした微風に抱かれ、くるくると宙を舞う葉々を眺めながら、人知れず溜息をついた。
――結局、大した話は聞けなかったな……。
問題の根本にはたどり着けず。むしろ、謎が深まっていくばかりのような気がした。
難題に頭を抱えながら、取りあえず自分の身くらい自分で守れるようになるのが先決だと考え、ワタシは昼寝に興じていた召喚術士を揺り起こした。
「ん、やっと来たのかよ」
大欠伸をかましながら背筋を伸ばす青髪の少年に、ワタシは頭を下げて言った。
「今朝はごめんなさい」
「は?」
途端、彼の目が点になる。
「なんで、いきなり謝ってくるわけ?」
「だって、寝坊して朝の鍛錬に遅れちゃったし」
「あー、アレか。そんなに気にしなくていいぜ。ぶっちゃけ、俺も寝不足だったしよ」
ルトレーは両手を頭の後ろで組んでケケケと笑い、
「お前がぐーすか寝てたお陰で、俺もメンドい仕事サボれたし」
と、全く不快のこもっていない口調で言った。彼の様子に、ワタシは心中で安堵する。ヴォリアンとの一件もあるし、彼が気落ちし過ぎてやしないかと心配していたのだが、こうして言葉を交わした限りでは、ある程度の明るさを取り戻しているように見えた。時間が経った事で、思い出してしまったトラウマの記憶も薄らぎ、少しは心の整理をつけられたのかもしれない。
指導を始めてからも、ルトレーは軽口を交ぜながらワタシの特訓に付き合ってくれた。流石に普段通りの態度、とは見えなかったものの、いつもの彼よりは幾分か落ち着いているという感じで、自分の感情を高ぶらせたりはしなかった。
結局、その日一日は問題も起こらず夜を迎え、ワタシは部屋の外にいるミナーシェにお休みの挨拶をしてから、ベッドの中に潜り込んだのだった。




