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入れ替わっていた美少女が、戻ったあともやけに絡んでくる  作者: 丸深まろやか


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13/23

013 「下手だったな」



「まず柚葉《ゆずは》。Aという人間をどう解釈したか、言ってみろ」


「は、はいっ……! Aは職場の上司の鈴木さんに不満があって、でも自分もあんまりマジメに働いてなくて、ちょっと意地悪な人……かな」


「なるほど。だとすれば、このセリフはどう捉えた? 『ああいうタイプの人は、もっと上に行ってくれた方がいいんだよ。適材適所でさ』」


 榊《さかき》先生は台本の一部を指差した。


 中盤、Aが一杯目のビールを飲み干してから言うセリフだ。


「え? えっと……鈴木さんと離れたい?」


「ふむ。なら、べつに上に行けとか、適材適所って言う必要はあるか?」


「それは…………うーん、どうだろ……」


「AはBに、終始気を遣っていない。鈴木と離れたいだけなら、早く異動してくれ、で充分だ。なら、なぜこんな言葉を選んだのか」


「……な、なんでですか?」


「それはお前が考えろ。私が答えを与えるものじゃない」


 あっさりそう言って、榊先生はひらりと手のひらを動かした。


 心なしか、ほかの生徒たちがゴクリと、息を呑んだような気がした。


「すべてのセリフには意味がある。私に質問されて、すぐに自分なりに説明できない時点で、読み込みが足りていない」


「は、はいっ……! すみません……」


「謝らなくていい。演技そのものは、まあ悪くなかったよ。Aに対する解釈だって、間違ってるとはいわない。だが、《《やってる》》やつには負ける演技だ。それがいやなら、徹底するんだな」


「はい! ありがとうございます!」


 柚葉が座ったまま、勢いよく頭を下げた。


 ほ、本格的だ……! そして、この先生、かっこいい! 美人だし!


 なるほど、これがプロの演技指導か……勉強になります。


「じゃあ次、冬音《ふゆね》」


「は、はい!」


 と、思わず神矢《かみや》琉依《るい》モードで返事をしてしまった。


 まあ敬語だし、さすがに大丈夫だとは思うが。


 それより、なにを言われるのか……。


「……うん、下手だったな」


「ぐふっ」


 おっと危ない、変な声が……。しかも、また神矢琉依モードで。


 けど、反射的に漏れてしまったものは仕方ない。


 下手だったか……そっかぁ。


「現実の会話なら、まあそんなもんだろう。だが、これは演技だ。ドラマや舞台じゃ、自然であるのがそのままいいわけじゃない。もっとわかりやすい抑揚が、多少必要になる。お前のは……そうだな。実際に、その人間になりきってるみたいだった」


 お、おぉ……なんと的確な。その通りです、はい。


 しかし、そうかぁ。

 入れ替わり相手を演じるのと、こういう演技って、別物なんだな。


 いわれてみれば、たしかにドラマとかの登場人物って、現実より大袈裟だもんな……。


「すみませぇん……改善します」


 やっと美護《みもり》モードを取り戻しつつも、セリフには本音が漏れてしまった。


 やっぱり、そんなに甘い世界じゃないんだなぁ。


「いや、だが悪くない」


「……えっ」


 意外なセリフに、伏せていた顔を上げる。


 すると、榊先生は思いのほか柔らかい表情で、こっちを見つめていた。


「うん。お前の演技は、いつもどこか型にはまってた。優等生の演技で、おもしろみにも真実味にも欠けていた。以前も、何度か言ったな」


「は……はい」


 言われていたらしい。


 さすがに、そんなことまではマニュアルには書いてなかったな。


 ……。


「だが今日は、よかったよ。力が抜けていて、自然体だった。なにか、心境の変化でもあったか?」


「えっ……いえ、特には」


「……ふむ、そうか。まあいい。今回は下手だったが、いい方向に進んでるよ。その調子でやりなさい」


「は、はいっ。ありがとうございます……?」


 それっきり、俺と柚葉の番は終わり、指導は次のペアに移っていった。


 どうやら、褒めてもらえたらしい。

 素人の初回にしては、まあ上出来だったんじゃないだろうか。


 ……ただ。


「冬ちゃん、よかったね」


「……うん。ありがと」


 労ってくれた柚葉に返事をしながら、思う。


 美護は、どんな演技をするんだろう。

 普段、どんな感じで、ここに通っているんだろう。


 入れ替わり相手の事情に想いを馳せるのは、よくないことかもしれない。

 けれどそんな器用な真似ができるほど、この生活は単純じゃないのだ。




「ただいまぁ」


 稽古が終わって帰宅すると、美護家のリビングには両親がいた。

 母親はキッチンでエプロンを着けており、夕食の準備をしているようだった。


「おかえり。レッスンお疲れさま」


「うん。お腹すいたぁ」


 と、美護っぽいセリフを言っておく。

 食事制限があるとはいえ、腹は減るからな。


「おかえり」


「あ、うん。お父さんもお仕事お疲れさま」


 リビングのソファでは、ワイシャツ姿の父親がニュース番組の画面を眺めていた。

 昨日は俺がずっと部屋にいたせいで、父親とちゃんと顔を合わせるのは今回が初めてだ。


 穏やかそうな顔つきに、どこか美護に似た雰囲気を感じる気がする。

 こいつが似たのは、おそらく父親の方なのだろう。


 父親は横目で自分の娘を見ると、今度はキッチンにいる母親の方を一瞥した。


 なにか言われるかもしれない。


 そう思って身構えたが、父親は黙ったまま、またテレビの画面に戻っていった。


「ご飯もうできるから、そのまま食べちゃいなさい」


「あ、はぁい」


 母親に返事をして、俺はダイニングのイスに腰掛けた。


 入れ替わり中は、できればひとりの時間を多くしたい。

 が、どうせ両親との接触は避けられないのだ。


 ならここで、ある程度勝手を掴んでおいた方がいいだろう。


 ちなみに、美護家では食事の準備は、娘も父親も、あまり手伝わない文化らしい。


 夕食を待つあいだ、俺は不自然にならない程度に、部屋の中を見回してみた。

 間取りは頭に入っているが、小物の場所や種類は、直接見て把握するしかない。


 高そうなコーヒーメーカーに、空気清浄機、デカいクッションがある。

 あとは棚の上に家族写真と、あれは……なにかの記事の切り抜きか?

 おまけに、そのそばの壁には賞状のようなものが、額に入れて飾られている。


『日本テレビドラマ大賞チャイルドアクター部門』……十年前の日付だ。

 受賞者名は『美護ふゆね』、か。


 要するにあの一角は、冬音ゾーンなんだろうな。


 ただ、今でもああして見えるところに飾ってあるのは、ちょっと意外だな。

 それに、手入れも行き届いてそうだ。


 美護家は全体的に綺麗だが、あそこは特に。


 ……ふむ。


「お待たせ。あなたもこっち来て」


 少しすると、母親がテーブルに夕食の皿を並べた。


 焼き魚とサラダ、豚汁。

 献立は普通だが、具材が多く、手がかかっているのがわかる。


 ただ、美護と母親に盛られた米は、茶碗の半分ほどだった。

 ダイエットって程の制限じゃないが、体型維持には重要なんだろう。


 今でもこんなに細いのに、大変だな、ホント。


 三人で座って、「いただきます」をする。

 この辺はどこの家も同じなんだな、と思いつつ、箸を動かしながら、ふたりの動きにも目を光らせる。


 この生活は、食事中も気を抜けないからな。


「どうだったの、レッスンは?」


 不意に、母親が言った。


 父親は食事の手を止めず、手元の焼き魚を見つめていた。


「あー、うん。いつも通りかなぁ」


 なんと答えるべきか、少し迷った。


 榊先生に褒められたのは、たぶん珍しいことなのだろうと思う。

 が、だからってここで口に出すのは、リスクもある。


 まずは様子見がしたい。


「いつも通りって……なにかないの? 今の自分の課題とか、先生に言われたこととか」


「えっ……うーん、どうだろ」


 母親の声音と表情は、思いのほか真剣そうだった。

 どうやら、それなりに具体的な返答を求められていたらしい。


 しかしこうなると、ますます返答に迷う。

 黙ってるわけにもいかないが、だからってヘタなことは言えない。


 さて、どうしたもんか……。


「お母さん、心配だから聞いてるのよ? あなただって――」


「おい。飯の時間はやめてくれって言っただろ」


 と、俺がなにか上手い言い逃れを考えていると、父親が母親のセリフを遮った。


 父親はなおも顔を上げず、ただ呆れたように首を振っていた。


「……わかったわよ。冬音、早く食べなさい」


「あ……うん」


 それ以来、母親は黙って料理を口に運び始めた。

 誰のものかわからないため息が聞こえたっきり、部屋にはつけっぱのテレビの音が、静かに流れるだけだった。


 助かった。


 そう思いながらも、俺は念のため、こういうときの返答を考えておこう、と心に決めたのだった。




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