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入れ替わっていた美少女が、戻ったあともやけに絡んでくる  作者: 丸深まろやか


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011 「神矢くんって……すごいね」



 鬼門だった体育も無事終わり、放課後。


「ふわぁ〜……もう無理や。力尽きました」


 亜梨紗《ありさ》との入れ替わり中に、よく使っていた古風なカフェ、その二階奥の席。

 向かいに座る美護《みもり》は重すぎる息を吐いて、俺の姿でぐったりとテーブルに突っ伏した。


 おまけに、小さい関西弁が漏れている。俺でなきゃ見逃しちゃうね。


「お疲れ。ただ、あと二十八日ある。力尽きるには早いぞ」


「に、ニジュウハチニチ……って、何日?」


 美護の乾いた声が、店のBGMに紛れて消えていった。


 どうやら、俺の入れ替わり相手はアホになってしまったらしい。


 この店は、亜梨紗との入れ替わり中にも、拠点としてよく使っていた場所だ。

 自分たち以外の高校生客は見たことがなく、それでいてわりと雑然としている。

 秘密の話をするには都合がよく、おまけに飲み物もうまいということで、重宝していた。


 ありがとうございます。今回もお世話になります。


 まあそのぶん、いろいろ注文しなきゃな。


「やっぱり着替えか、きつかったのは」


「……はい。男子更衣室って、すごいね……」


 と、美護はなんともいえない感想を漏らしていた。


 すごいといえば、女子更衣室もすごいけどな。

 賑やかだし、目のやり場もないし。


 ちなみに、亜梨紗は生徒会の活動があり、ここには来られないらしかった。

 べつに呼んだわけでもないのだが、なんか向こうから言ってきた。


 しかも、ちょっと怒ってたし。なんだあいつ。


「あと、私バスケも苦手だし……神矢《かみや》くんみたいにできたかどうかわかんない……」


「それはいいって。こんなこともあろうかと、もとから下手な神矢で通ってるからな」


 上手いのを真似るより、下手なのを真似る方がずっと簡単だ。

 俺の普段の行動方針は、目立たず、恨まれず、真似しやすく、だ。


「まあ、とりあえずスイーツでも食え。奢るよ」


「えっ……いいの?」


「ああ。まあ奢るっていっても、お前が持ってる俺の財布から払ってもらう感じだけどな」


 入れ替わり中の出費は、都度メモに残して、こうして顔を合わせたときとか、元に戻ったときに精算することになっている。


 もちろん、入れ替わりのせいで必要になる出費は、基本全部俺持ちだ。


「マニュアルに書いてたろ。好きなもの、スイーツ、って」


「あ、うん、えへへ……じゃあ遠慮なく」


 言って、美護はメニューを楽しげに眺め始めた。

 どうやら元気が出たらしい。


 単純なのはいいことだ。

 亜梨紗の機嫌を直すのには苦労したしな。


「レトロプリン、おいしそう……でもメロンケーキもいいなぁ。うぅん、どうしよぉ……」


 気がつくと、美護はうんうん唸りながら、苦しそうに頭を抱えていた。


 めちゃくちゃ悩んでいる。

 まあこの店はどれもうまそうに見えるから、わかるけども。


「べつに、ふたつでもいいぞ。好きなの食えよ」


「えっ⁉︎ そ、そんな! ……ホントに?」


「ホントだ。それくらい、かけてる迷惑と比べればどうってことない。それに、いつもは我慢してるんだろ?」


 俺がそう言うと、美護は少しだけ、暗い表情をしたように見えた。


 美護側のマニュアルの、『行動指針・ルール』の項目。

 そこには、『食事制限中』と書いてあった。


 間食、夜食、それに、好きなものに挙げられていたスイーツも禁止。

 今日の俺の弁当だって、量は少なめだった。


 たぶん、役者としての努力のひとつだろう。


「え、えへへ……実はそう、かも」


「俺の身体でいるあいだは、好きにしてくれていい。多少太っても気にしないし、元に戻ってからダイエットするさ」


「で、でも! さすがにそれは……申し訳ないし」


「いいって。亜梨紗も普通に食ってたぞ、ラーメン大盛りとチャーハンとか」


 なかなかいい食べっぷりだった。

 まあ本人にそう言ったら、めちゃくちゃ睨まれたけど。


「じ、じゃあ……あの、遠慮なく」


「おう、食え食え」


 と、気分は貧乏学生にタダめしを振る舞う定食屋のおっさんだった。


 そして、店員にプリンとケーキを注文する美護は幸せそうだ。よかよか。


「ありがとう……でも、神矢くんはお腹すかない? 私の身体……その、食いしん坊だし」


「ん、ああ、まあすくよ。自分の身体より食欲を感じる。けど、ルールは守るさ。俺だって入れ替わりのこと、秘密にしてもらってるわけだからな」


 そもそも、美護は今まで、自分でもこれを我慢してたってことになる。

 なら、いくら腹が減ったって、俺が食うわけにはいかないのだ。


 美護は申し訳なさそうにしているけれど、なにも気にすることじゃない。


「さてと。じゃあ、今日の振り返りといくか」


 なにせ、メインの目的はこれだ。


 美護も背筋を伸ばし、真面目モードに切り替わっていた。


「まず、ノートを見せてください」


「えっ……は、はい!」


 いい返事をして、美護はカバンから今日使ったノートを出した。


 数学、現国、英語、日本史。さて、中身は……。


「……なるほどな」


「あ、あの……えっと……」


「今日は、帰ったら字の練習をしてください」


「は、はいぃ……」


 美護はしょんぼりと小さくなっていた。


 つまり、ノートの字が全部、まだまだ美護の字なのだ。これはいけませんね。


「参考までに、これが俺のノートだ」


「……えっ、私の字だ! あれ、そんな、え……」


 美護は俺の字を見て、わかりやすく混乱していた。


 ふふん、昨日の猛特訓のおかげだ。

 まあ、真似しやすい筆跡だってのもあるけどな。


「俺がお前の字を再現してる限り、そっちが真似できずに入れ替わりを疑われるなんてことは、まずあり得ない。けど、懸念要素は取り払っておいた方がいいからな。悪いけど、よろしく頼む」


「はい……わかりました……」


 またしょんぼり項垂れる美護。

 罪悪感と嗜虐心が同時に刺激される。


 素直で一生懸命なせいで、つい厳しくしたくなってしまう。いかんいかん。


 それから、俺は美護に筆跡を真似るコツをいくつか伝えた。


「結局、一番大事なのは技術じゃなくて、意識だ。普段は書く内容に集中するのが普通だけど、入れ替わり中は内容より、字そのものに集中しなきゃいけない。なんなら、内容はめちゃくちゃでも、なんの問題もない」


「は、はぇ〜……」


 途中で運ばれてきたスイーツを食べながらも、美護は感心していた。


 が、一方で俺は、自分のセリフを咀嚼しておかしな気持ちになる。


 ホント、この状況じゃなきゃまったく無意味なノウハウだな、これ。


「まあ、字の話はこれくらいにして。どうだ、周りとのやり取りは?」


 今日見た感じでは、演技が上手いぶん、慣れれば全然大丈夫そうだ。

 とはいえ、本人の認識を聞いておくのも大事だろう。


「あ、うん。思ってたよりは平気かも……人と話す機会自体、少なめだし」


「だろ? 友達作らないでおいた甲斐がある」


「あ、あはは……」


 美護は困ったように笑っていた。


 こら、憐れみを向けるな。入れ替わり対策の一環なんだぞ。


「ただ……春近《はるちか》くんは、ちょっと怖いかも」


「ん、ああ、だな。俺も、あいつだけは危険視してる」


 友達が多いくせに、なぜか俺にも絡んでくる。いや、だからこそ、か?


 行動パターンが読めないうえに、妙にお節介だから、要注意だ。


「まあ、悪いやつじゃないんだろうけどな。俺が普通のぼっちだったら、ありがたい存在だったと思うし」


 俺が言うと、美護もコクコクと頷いていた。


 べつに、俺が普通のぼっちじゃないことをまた強調したいわけではない。


「とはいえ、ひとまずは引き続き、様子見だな。俺も警戒しとくよ」


「う、うん……ありがと。神矢くんはどう? おしずとうまくやってる?」


「ああ。今のところは問題ないよ。いいやつだな、おしず」


「ふふっ、でしょ。ちょっと毒舌だけど、かわいいし、優しいから、大好きなの」


 美護の声と表情は穏やかだった。


 歌原《うたはら》と美護の仲がいいのは、今日一日だけでもよくわかった。

 それに、性格の相性もよさそうだ。


 そのぶん騙してる罪悪感もひとしおだが、こればっかりは仕方ない。


「ああそうだ。大事なこと忘れてた」


「ん、なに?」


 首を傾げながらそう言って、美護はプリンの最後のひと口を食べた。

 満足そうに目を細めて、ゆっくり飲み込む。


 こんなにうまそうに食べられると、スイーツもさぞ嬉しかろうな。


「今日このあと、ついに初めてのあれだ。芝居の稽古」


「あっ……うん、そうだね」


 あらかじめマニュアルと一緒に共有してある、この一ヶ月の予定表。

 その美護側のカレンダーでは、毎週平日に二日と週末に一日ずつ、芝居のレッスンが入っていた。


 そして今日が、緊張の第一回目なのだ。


「マニュアルはひと通り読んだけど、さすがに直接話は聞いときたい。質問したいこともいくつかあるしな」


「そうだよねぇ……ごめんね、ややこしくて」


「バカ、謝ることじゃないって言ったろ」


 そもそも、ややこしさでいえば、入れ替わり体質の方がよっぽどややこしい。

 長いマニュアルをしっかり書いてくれただけでも、大感謝だ。


「ひとまず、今回の課題になってるっていう台本は、大体覚えた」


「え、嘘! 神矢くん、いつの間に……」


「もちろん、授業中だ。まあさすがに、練習まではできてないけどさ」


 昨日はやることだらけだったし、そこまでは手が回らなかったのだ。


 とはいえ、初回は仕方ない。セリフさえ入ってれば、一応レッスンも形にはなるだろう。


「神矢くんって……すごいね。ホント、全力って感じで」


「ん? ああ、まあな。これ以上迷惑かけないためにも、できる限りのことはするさ」


 体質とはいえ、この状況は全部、もともと俺のせいなのだ。


 なら、やるべきことはしっかりやる。やらなくていいことでも、よりよい結果のためならやる。


 その責任が、加害者の俺にはあるはずだ。


「ってことで、レッスンもなんとかするよ。ただ、悪いけど、アドバイスだけは頼む」


「ありがと。……でも、いいよ、そんなに頑張ってくれなくても。今はお仕事があるわけじゃないから、半分趣味みたいなものだし……」


「っていっても、食事制限なんてしてるくらいなんだ。お前にとっては大事なことなんだろ、役者活動」


「……うん、そうだね」


 浅く頷いて、美護は笑ってくれた。


 きっと、気を遣ってくれているのだろう。俺が気負わないように。プレッシャーを感じすぎないように。


 やっぱり、美護はいいやつなのだろうと思う。

 だからこそ、頑張らなくちゃいけない。


 あとはまあ、普通にちょっと楽しみだ





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