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入れ替わっていた美少女が、戻ったあともやけに絡んでくる  作者: 丸深まろやか


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10/16

010 「柔らかいね」



 昼休みが終わって、午後。


 入れ替わり初の登校における、最ベタにして最大の難所が、もう目の前に迫っていた。


 それは、すなわち。


「冬音《ふゆね》、着替え行こ」


「う、うん。そうだねー」


 声をかけてきたおしずこと歌原《うたはら》静久《しずく》のあとを追って、俺は荷物を持って教室を出た。


 袋に入っているのは、体育館シューズと、体操服。はい、体育です。


「今日なんだっけ?」


「え? えっと……バスケじゃない?」


「あー、私が不利な欠陥スポーツね。やれやれ、つまらん」


 と、おしずは呆れたように首を振っていた。


 これはたぶん、おしずメモ①『背が低いのがコンプレックス』、そして②『毒舌』だな。

 さっそく実物が見られるとは、運がいい。


 いや……今はそんなことよりも。


「……うぐっ」


 更衣室に辿り着くと、中はすでに女子でいっぱいになっていた。


 女子でいっぱい。しかも、連中は……。


「やだなーバスケ」


「ナオちゃん上手いじゃん。私チームスポーツ無理なんだよねー」


「あ、ユキナの下着かわいいー。でもちょっと狙いすぎ?」


「こら、見んな。そして狙ってないし」


 ……まあ当然、そうなる。


 様々なガラの布と肌の色が、視界で大渋滞。

 おまけに、おしずも自分の場所を見つけて、今にも服を脱ごうとしていた。


「……心頭滅却」


 壁に身体を向けて、目を閉じる。

 聴覚だけはどうしようもないので、頭の中でお経を唱えた。


 いや、今回は歴代総理大臣にしよう。せっかく亜梨紗《ありさ》に、覚え方教わったし。


 あっ……そういや、この中には亜梨紗もいるのか……。


 前回の入れ替わりで、更衣室の乗り切り方は確立した。

 が、そのときは亜梨紗はいなかったので、今回はちょっと事情が違うな……。


 あいつの方だけは、死んでも見ないようにしよう。

 というか、見たら殺されると思う。


 うん、すでに刺すような視線を背中に感じるしな。おーこわ。


「……」


 松方正義、伊藤博文、松方正義、伊藤博文、大隈重信、山縣有朋。


 なんかここ好きなんだよな、覚えやすくて。

 あと西園寺公望の語感もいい。


 と、俺が歴代総理大臣に思いを馳せているあいだにも、着替えは無意識下に、順調に進んでいた。


 それにしても、こんなに早く、またこれをすることになるとはな。


 ただ……俺はいいとしても、美護《みもり》が心配だな。

 男子更衣室には、亜梨紗のヘルプもないわけだし。


「頑張れよ……マジで」


「なにを頑張るの?」


「っ……あ、ううん、べつに」


 と、突然のおしずだった。


 それでも反射的に「うおっ!」とか言っちゃわないのは、やっぱり自分の成長を感じる。


 おしずはすでに体操服への着替えを終え、腰に手を当てて控えめな胸を張っていた。

 視界の端では、ほかの女子たちもバラバラと更衣室を出始めている。


 すみませんね、もうちょっと待っててください。

 あとはズボンを履き替えるのと、まだ吉田茂だからさ。





 体育館に着いてすぐ、俺は美護の、というか、自分の姿を探した。


 俺の予想が正しければ……あ、いた。


「……おぉ」


 美護は体育館の隅で壁にもたれて、疲れ切った顔をしていた。

 両腕がだらんとして、生気が感じられない。


 そりゃもう、大変だっただろうな、向こうは向こうで。


 俺は拝むように両手を合わせ、美護に向かって一礼した。

 よく乗り切った、偉いぞ。


 とりあえず、あとで教えてやろう、歴代総理大臣の覚え方を。


 そのあとは、男女二クラスで整列して、すぐに授業が始まった。

 準備運動のためにおしずとペアになり、ストレッチや軽い筋トレを行う。


 おしずの腕や背中に触れてしまう罪悪感はあるが、まあ仕方ない。

 それに、亜梨紗のときも体育は普通にあったので、もう今さらだ。


「相変わらず冬音は柔らかいねー」


「えへへー、いいでしょ」


 と、得意げに返しつつも、新たな発見だった。


 マニュアルにはなかったが、たしかに美護は身体が柔らかい。

 まあそりゃ、こんなことまで書かないわな。


 ただ、運動神経にはあまり自信がないらしい。

 苦手事項の欄に、スポーツと書いてあった。びっくりマーク付きで。


 身長も高いし、運動できそうなのにな。


 あと、勉強も苦手らしい。多いな、苦手。まあそれも個性だ。


 やっぱり、教えてやろう。中国王朝の覚え方も。


「じゃあ各クラス、男女二チームに分かれて総当たりー」


 ストレッチが終わり、体育教師の号令がかかる。


 チームは手っ取り早く名簿で決めるらしく、おしずとは離れてしまった。心細いぜ。


 入れ替わり中はなんだかんだ、ずっと同じやつと一緒にいた方が安全だからな。


「……どう、調子」


 俺がひとりでそわそわしていると、横から声をかけられた。


 亜梨紗だ。どうやら、助けに来てくれたらしい。同じチームだしな。


「なんとかね。一応慣れてるし。そういう意味じゃ、今は《《向こう》》が心配かな」


「そうね……あんた友達いないし、人との会話は少なめだと思うけど。初めての更衣室は地獄だったから、私も」


「えへへ……その節はお世話になりました」


 恨み言を言いつつも、亜梨紗はあまり怒っていなかった。


 そのまま俺の隣に来て、同じように美護の様子を遠目で眺める。


「どうですか、先輩としては」


「なによそれ……べつに、先輩とかじゃないし」


 亜梨紗はこっちを見ずに肩をすくめた。


 いやぁ、先輩だろ。頼りにしてるしな、いろいろと。


「……でも、私よりいいんじゃない。美護さん素直だし、いい子だし……あんたもやりやすそうだもん」


 どこか寂しく響く声で、亜梨紗が言った。


 その横顔があまりにも綺麗で、思わず見入ってしまう。


 やっぱりこいつは、自分の身体に入ってる方がずっといい。

 一ヶ月も俺を演じさせて、悪かったなとあらためて思う。


 ところで、この優等生はまたいじけてるみたいだが――。


「お前でよかったよ」


「……」


「って、入れ替わってたときにも言ったろ。たぶん、お前以上にありがたい最初の入れ替わり相手は、どこにもいないよ。今もこうして、助けてくれてるしな」


「……大変だったんだからね、ホントに」


「わかってるよ。だから、ごめんな。それに、ありがとう」


 亜梨紗は依然、こっちを向かなかった。


 けれど、横顔はさっきと違って、もう不機嫌そうじゃなく。

 今までにも何度か見た、少し子どもっぽい、拗ねたような仏頂面で。


 頬がうっすら赤くて、俺までちょっと、恥ずかしくなってしまいそうだった。


「……っていうか、喋り方。戻ってるし」


「うおっ……マジだ。危ねぇ」


「ほら、それも」


「おっと。えへへ……気をつけなあかんなぁ」


 俺が関西弁混じりに言うと、亜梨紗は呆れたように首を振った。


 でも、今のは半分、お前のせいだぞ。

 そう思ったけれど、口に出すのはやめておいた。


「あ、試合。行こっ、鳳城《ほうじょう》さん」


「……なんか気持ち悪いわね、それ」


 と、亜梨紗はなんとも失礼なことを言っていた。


 仕方ないだろ、これが正しいんだからさ。


「試合開始ー」


 笛の音が鳴って、コートの中央でジャンプボールが始まる。

 いつの間にか抜擢されていた亜梨紗が、軽やかに高く跳ねた。


「美護さんっ」


 その声の通り、ボールが俺の方に飛んでくる。さすが、運動神経抜群女子だ。


 この身体では、初めてのまともな運動。

 だがそもそも、上手くやればいいってもんでもない。

 あくまで、美護らしく。不自然のないように。


 そういえば、入れ替わり中の運動やスポーツにおいて、注意すべきことがひとつある。


 勉強などの思考能力は、精神……すなわち、人格の方に依存する。

 けれど反対に、身体能力は当然ながら、肉体に依存するということだ。


 亜梨紗に入ると身体は軽くなるが、それだけであいつみたいに、スポーツでの勝ち方がわかるようになるわけじゃない。

 そこは身体能力じゃなく、知識の範疇だからだ。


 今、美護の身体は亜梨紗のときより、手足が長い。それに、意外と筋力もある。


 掴んだボールは重いが、つらいほどじゃない。

 体幹もしっかりしていて、踏ん張れる。


 つまり、美護がスポーツが苦手なのは、身体のせいじゃない。

 きっと、身体の上手い使い方や、競技のセオリーを知らないせいだ。


 だとすれば、ここでの最適解はやっぱり――。


「……わっ!」


 相手チームの、運動のできそうな女子。

 そいつが当たりに来たのに対して、俺はあえなくボールを奪われた。


 たぶん、かわすこともできただろう。そのあとで、誰かにパスを出すことも。


 けれど、美護には無理だ。

 亜梨紗やチームメイトには悪いが、まあここは許してくれ。


「鳳城さん!」


 と、今度はチームメイトのひとりが、掴んだボールを亜梨紗にパスした。


 亜梨紗は華麗なドリブルで、ディフェンスをひとり、またひとりと抜いていく。


 あれだ。なんの部活にも入っていないのに、亜梨紗はどんなスポーツでも、抜群に上手い、速い、高い。安いじゃなく。


 そのせいで、俺も演じるのに苦労したんだからな、やれやれ……。


“ぱすっ”


 静かな音を立てて、ボールがゴールリングに吸い込まれる。


 周囲からの歓声を受けながらも、亜梨紗は涼しい顔でプレイに戻っていた。


 入れ替わり中も、亜梨紗の身体は目立って大変だった。

 美人でスタイルも良くて、存在感があったから。


 その点じゃ、今回は亜梨紗のときよりは、ちょっとマシかもしれないな。


「……ん」


 不意に、視線を感じた。

 それも、ひとつじゃなく、いくつかの。


 亜梨紗のときに慣れたから、わかる。

 たぶんこれは、誰かに見られているというよりは、『注目』だ。主に、男子からの。


「まあ……そりゃそうだよな」


 亜梨紗ほどの華やかさはなくても、美護だって相当な美人だ。

 さすがに、全然目立たずに済むなんてことはないんだろう。



 ホント、失礼いたしました。

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