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入れ替わっていた美少女が、戻ったあともやけに絡んでくる  作者: 丸深まろやか


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009 「いろいろあったんだね」



 そして、午前の授業が終わった、昼休み。


「ふわぁ〜……疲れた」


 例の空き教室に入るなり、美護《みもり》は崩れるように机にしなだれかかった。


 俺も凝り固まった肩をほぐそうと、ググッと腕を伸ばす。

 「んっ」と漏れた声が女子のそれで、自分でもちょっとドキッとした。


 なんかいやだな、これ。


「私も疲れたわ。美護さん、見てるの怖すぎ……」


 はぁっとため息をついて、なぜか呼んでないのについてきていた亜梨紗《ありさ》が言った。


 相変わらず、面倒見のいいやつだ。


 いわく、「美護さんの入れ替わりがバレたら、私にも被害があるかもでしょ」らしい。

 見た目は子ども、頭脳は大人な名探偵みたいなセリフだな。


「まあ、初日にしてはよくやってる方だろ。絶対亜梨紗より上手いしな、演技」


「えっ」


 と、亜梨紗は地味にショックを受けているようだった。


 気づいてなかったのか。

 ずいぶんヒヤヒヤさせられたんだぞ、お前の大根っぷりには。


 俺たち三人は適当な席に座り、それぞれに昼食を広げた。

 俺は美護母お手製、亜梨紗は自作、美護は璃奈《りな》作の弁当だ。


 今日初めての、そして束の間のリラックスタイムだな。


「さて、どうだった、美護。午後もいけそうか?」


 俺が尋ねると、美護は全然無理そうな顔をしつつ、コクンと力なく頷いた。


 おいおい、ホントかよ。


 前半戦終了ということで、俺たちは一度合流して、状況の報告を行うことになっていた。

 亜梨紗のときも同じことをして、これがなかなか重要だったのだ。


 まああいつの場合、報告というより俺への文句がほとんどだったけれど。


「さっきも言ったけど、演技はいい感じだ。ただ亜梨紗の言う通り、ヒヤッとする場面も多かったな」


「は、はい……自分でも二回くらい、血の気が引きました……」


 美護は消え入りそうな声で言って、ヘナヘナと肩を落とした。


 まあそりゃ、本人が一番わかってるわな。


「特に、春近《はるちか》をくん付けで呼んだときな。あれはゾッとした」


「ひぃっ……言わないで」


「私が見てなかったら危なかったわよ、あれ」


 亜梨紗がやれやれと首を振る。


 あのときは、そばにいた亜梨紗が春近に声をかけて、話題をそらしてくれたのだ。

 おかげで話題は流れて、ことなきを得た。マジでファインプレーだ。


「だ、だってぇ……男の子を呼び捨てなんてしたことないもん……」


「うーん、亜梨紗に聞かせてやりたいセリフだ」


「うるさいわね、聞いてるから」


 亜梨紗がジト目でこっちを睨む。怖いぜ。


 まあそういう亜梨紗も、最初は苗字の呼び捨てだったのに、いつの間にか下の名前で呼んでくれているのだが。


「あとはあれな。先生が美護を当てて、お前が返事したやつな」


「ああ、それね……ホント勘弁して」


「あうぅ……」


 またしても小さくなり、顔を赤く染める美護。


 あのときは、さすがの俺も絶句した。

 じゃあここ、美護。はい。じゃねぇんだよなぁ……。


「まあ、あるあるといえばあるあるだけどな。幸い俺の声だって気づいたやつは少なそうだったし、とりあえずはセーフだろ」


「そ、そうかなぁ……」


「大丈夫だって。そもそも、たとえバレたって、あんなので入れ替わりを疑われたりはしないよ。ただ寝ぼけてただけに見えるさ」


 なにせ、入れ替わりなんて、本来はあり得ないんだから。

 あっさり見破れるやつがいたら、そいつの方がおかしいってもんだ。


「ミスは怖い。けど、必要以上にミスにビビらない方がいい。泥棒だって、堂々としてた方が逃げ切れるしな」


 と、泥棒経験者みたいな例えを出してしまったので、慌てて「たぶん」と付け加えておいた。


 美護風に言うなら「知らんけど」だろうか。


「ど、堂々とします……はふぅ」


 美護は風船がしぼむような息を吐いていた。


 しかし、かわいいなこいつ。

 自分の身体がこれをやってるっていうのが、やっぱりむずむずするけども。


「で、でもでもっ、小テストにはちゃんと神矢《かみや》くんの名前書いたもん……! 璃奈ちゃんのおかげだけど」


「あ、やべっ。俺、自分の名前書いたかも」


「ええっ⁉︎」


「なんて、嘘だよ。テストの解答はともかく、名前は間違えないさ。むしろ最近は、自分の名前を書く方が少ないしな」


 なにせ、長い亜梨紗期間が終わって、またすぐに美護期間になったわけだし。


「ちなみに、亜梨紗は一回、自分の名前でテスト出しかけたぞ」


「ちょっ! なんで言うのよ!」


 今度は亜梨紗が頬を赤くして、俺の方をキッと睨んだ。


 そりゃ、言ってやった方が美護も安心するかなって。


「そ、そうなんだ……! でも、そのときはどうなったの?」


「……直前で気づいて、急いで消して無記名で出したわ。書き直す時間なかったし」


「おかげで、俺はゼロ点になりました。まあ小テストだし、全然平気だけどさ」


「そ、そっかぁ……。あ、じゃあ来週の中間テストでは、ちゃんと気をつけなきゃだね……! 成績に影響しちゃうし。ただ……私実は、あんまり勉強得意じゃないというか、かなり苦手というか、アレなんだけど……」


「ん、ああ、いいよそれは。気にせず、テキトーに受けてくれ」


「えっ……」


 美護は驚いたような声を出して、弁当を食べる手を止めた。


 視界の端に見えた亜梨紗が、短くため息をついたような気配があった。


「成績なんて、あとでどうとでもなる。もともと迷惑かけてるんだ。気にしてくれるのは嬉しいけど、負担にならない程度でいいさ」


「そ……そうなの?」


「ああ。けどもちろん、こっちはちゃんと美護の指定通りの点数を狙うから、安心してくれ。来週のテストもな」


「ね、狙う……? そんなことが……」


「まあ、ある程度はな。これも、入れ替わり対策の重要なスキルだ。急に成績が上がったり下がったりしたら、違和感持たれるからな」


 俺の言葉に、美護はちょっとだけ引いているように見えた。


 なにもおかしなことは言ってないはずなんだけども。


「ただ、亜梨紗のときは、さすがに少し順位下げちゃったけどな。俺としたことが、不覚だった」


 先月末には、ちょうど実力テストがあった。


 なんとか被害は抑えたけど、完璧じゃなかった。未だに悔やまれる思い出だ。


「えっ……でも、鳳城《ほうじょう》さんって、いつも学年一位とか二位じゃ……」


「だな。おかげで苦労したもんだ」


「こ、この前の順位発表、四位じゃなかったっけ……? あれが神矢くんだったってこと……だよね?」


「そうだって。だから、ちょっと下げちゃったって言ったろ」


 それに、亜梨紗が付きっきりで勉強を教えてくれなけりゃ、もっと悪かったはずだ。


 俺もまだまだだな。修行が足りない。


「……」


「ん、どうした、美護?」


「あっ、う、ううん! なんでもない! ただ……ふたりともいろいろあったんだね。入れ替わり中の一ヶ月」


「あー、まあ、あったよ。ホントにいろいろな。その節は、すまん」


 両手をピタッと合わせて、あらためて亜梨紗に謝罪する。


 何度謝っても、足りる気がしない。

 たぶんこいつには、一生頭が上がらないんだろうな。


「もういいってば。終わったんだから、いい加減やめて」


 と、亜梨紗はくちびるを尖らせながら言った。


 口調はキツいが、中身が優しい。

 入れ替わり初期のトゲトゲしい印象とは大違いだ。


 まあそれこそ、いろいろあった、ってことだな。


「……でも、なんか琉依《るい》、私と入れ替わってたときより楽しそうね」


「えっ……いや、楽しくはないけども」


「ふんっ、どうだか。私のときは……喧嘩ばっかりしてたくせに」


「それはお前がしょっちゅう怒ってたからだろ……。でも、怒るのが普通だ。どっちかといえば、美護が落ち着きすぎだな」


「……」


 俺の返答にも、亜梨紗は不満そうに目を細めて、ぷいっとそっぽを向いてしまった。


 意味がわからん。


 助けを求めて美護を見ても、そこには首を傾げた俺の顔があるだけだった。

 わからないのは俺だけじゃないらしい。


 まあ、複雑な女の子だからな、亜梨紗ちゃんは。


「あっ……そういえば、気になってたんだけど」


 今度は美護が声を上げた。


 が、亜梨紗は依然不機嫌モードで、黙々と弁当を食べていた。

 まあ、話は聞いてるだろ。


「さっき、クラスの男の子に聞かれたの、鳳城さんと神矢くんのこと。えっと……神矢くんが鳳城さんに告白して……フラれた、みたいな」


「ああ、それか」


 っていうか、直接聞いてくるなよ、誰か知らんけども。

 まあ興味があるのはわかるけどさ。


「とりあえず、笑ってごまかしたんだけど……ホントなの?」


「……美護」


「えっ……は、はいっ」


「マニュアルに書いてあります」


「ふぇ? あれ、えっと…………あっ、ホントだ! 見逃してました……ごめん」


「いや、いいよ。分量ヤバいし、優先度は低い情報だからな」


 二日目なんて、もっと先に押さえておくべきことがたくさんある。


 それから少しのあいだ、美護はスマホの画面を食い入るように見つめていた。


 ふと視線を感じてそちらを見ると、亜梨紗が慌てたように顔をそらした。

 耳が少しだけ赤いような気がして、俺は思わず頬をかいた。


 本当に、いろいろあった。

 でも、大事に至らず元に戻れたのは、やっぱり亜梨紗の協力のおかげだな。

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