7話
アクセスいただき、ありがとうございます。
今回は過去編です。
遅筆のため、進みが遅く、申し訳ありません。
遙か昔。
大干ばつから王国を救った聖女がいた。
彼女は水の神と契りを交わし、その血を受け継ぐ一族が代々聖女の任務を担うことになった。
それがルミナリエ公爵家の始まりである。
*****
10歳のエウフェミアは異母妹のリリーと共に、教会に佇んでいた。
重厚なステンドグラスから差し込む光は、床を色鮮やかに染め、あたりには厳かな静寂が満ちている。
中央には、赤子の頭ほどもある巨大な水晶が、柔らかな白い布の上に鎮座していた。
淡く、鈍い光を宿したそれは、どこか人ならざる気配を纏っている。
聖女判定の儀式――。
現在は半ば形骸化しているとはいえ、ルミナリエ公爵家に代々受け継がれてきた重要な責務のひとつである。
(――緊張するわ。ああ、お母様がいてくださったら良かったのに……)
表情に出さないように気をつけながらも、エウフェミアは内心で、母を想っていた。
「さあ、エウフェミア様。こちらへ」
神官がエウフェミアを水晶の前まで来るよう促した。
「こちらでお祈りをなさってください」
エウフェミアはビロードの青い布に静かに膝をついた。
事前に教えられたとおり頭を垂れて両手を組み、そっと目を閉じる。
――その瞬間。
『つながった』
『やっとはなせる』
『うれしい』
幼い声が、どこからともなく響いた。
「……え?」
驚いて顔を上げた瞬間、エウフェミアの周りに、淡く、水色の光が溢れ出す。
彼らは次々と形を持ち、親指ほどの大きさの小さな人影へと変わっていった。
『みつけた』
『やっとあえた』
『これからは、ずっといっしょ』
無邪気な声が頭の中へ直接流れ込んでくる。
「な……に、これ……?」
エウフェミアは目を見開いた。
小さな人影たちは、嬉しそうに彼女の周囲を飛び回り、頬や髪へ触れてくる。
そのたびに、ひやりとした心地よい気配が肌を撫でた。
そこで、神官が水晶を見ながら言った。
「水晶の反応は弱いようですね。お疲れ様でした、エウフェミア様」
神官の言葉に、エウフェミアは困惑したように瞬きをした。
(……弱い?では、この声は……?)
しかし、神官たちは、まるで何も見えていないかのように淡々としていた。
「では、リリー様、こちらへどうぞ」
神官に促されたリリーが先ほどのエウフェミアと同じ姿勢をとる。
『いやっ』
『あつい』
『むりー』
次の瞬間、エウフェミアの周囲を漂っていた水色の光が、一斉に離れていく。
逃げるように集まった光は、水晶へ吸い込まれるように流れ込み、まばゆい輝きが教会を包み込んだ。
神官は、驚いたように目を見開いた。
「聖女様です!しかも、この輝きはかつてないほど強い……!!」
周囲はどよめいた。
しかし、当のリリーは自分に何が起きているか分かっていないように、ただ静かに祈り続けていた。
*****
「お前の妹だ。誕生日はエウフェミアの方が早いが、同い年だ。仲良くしなさい」
母が亡くなったひと月後、唐突に父であるルミナリエ公爵が、1人の少女を連れてきた。
肌寒い秋のことだった。
父とよく似た金髪に、母譲りであろうか、鮮やかな赤色の瞳を持った少女だった。
彼女は、緊張したようにエウフェミアの前に立ち、口を開いた。
「リリーです。よろしくお願いします」
当時、エウフェミアは9歳だった。
母を亡くしてすぐにあらわれた同い年の妹の存在は受け入れがたいものだった。
仲良くしなかったわけではない。
ただ少し、よそよそしい態度だったかもしれない。
まだ、好きだった母のいた場所へ他人が入り込んでくることを受け入れきれずにいたのだ。
リリーは、エウフェミアの素っ気ない態度に気付いていないのか、それとも気付かないふりをしているのか、いつも嬉しそうに話しかけてきた。
「お姉様、今日、お庭で庭師のジョーと薔薇を植えたのです。ぜひ見に来てください」
リリーは幸せそうに笑って言った。
「ええ、そうね、時間があれば見に行きますわ」
気のない返事をしながらも、そのたびにエウフェミアの胸は少しだけ痛んだ。
そんな日々を送る中、ある噂が使用人の中で囁かれ始めた。
「リリー様が聖女に選ばれるかもしれません」
「リリー様のお世話をすると、温かい空気を感じるのです。」
あるメイドがうっとりしたように語る。
確かに、リリーの近くにいると、冬でも不思議と寒さを感じにくかった。
けれど、エウフェミアはその熱をどこか息苦しく感じていた。
――その頃からだった。
屋敷の空気が、少しずつ変わり始めたのは。
はじめは侍女の数だった。
もともと、エウフェミア付きの侍女は5人いた。
しかし、リリーが来てからしばらくして、そのうちの1人がリリー付きへと移った。
「申し訳ありません、エウフェミア様。リリー様はまだこちらへ来られたばかりですので、人手が必要なのです」
侍女は困ったように頭を下げていた。
その時は、仕方のないことだと思った。
けれど――。
気付けば皆が少しずつリリーの話をするようになっていた。
「リリー様の側にいると、腰痛が良くなる気がするのよ」
ある年嵩の侍女が言った。
「そういえば最近私も、膝の調子が良い気がするわ。思い返してみると、リリー様のお側についてからかもしれないわね」
膝の痛みで悩んでいた侍女も頷いた。
このようにして口々に噂をする侍女を、エウフェミアは廊下の陰から静かに見つめていた。
*****
「おめでとうございます、公爵閣下」
神官たちは口々に父へ賛辞を述べていた。
「これほどの輝きは、建国以来かもしれません」
父は、静かに頷く。
その視線の先には、少し不安そうな顔をしていたリリーがいた。
誰もエウフェミアを見ていなかった。
水色の小さな光たちだけが、リリーを避けるかのように彼女の周りに漂っていた。
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