2話
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本日2話目です。
3話目は、明日の20時頃投稿を予定しています。
エウフェミアが出立した日から、王都の空はどこまでも乾きはじめた。
はじめの違和感は3日後だった。
目に見えて井戸の水が減り始めた。
一週間後には王都の水汲み場には長蛇の列ができ始めた。
そのまた更に一週間後には王都唯一のオアシスである湖の水位が明らかに減り始めた。
砂漠の王国であるサハール国にとって、水は生命線である。
しかし、雨が降らずに乾燥し、気温の高い空気にさらされた湖が干上がるのは時間の問題であった。
雲ひとつ無い空は抜けるように青く、太陽は残酷なまでに煌めいていた。
水不足の問題は、王太子の耳にまで届いていた。
「ライオネル殿下、オアシスの水位が減り、半分になっているようです。このまま雨が降らない日が続くのであれば、遠くないうちに水は枯渇するかと」
ライオネルは静かに目を瞑り、口を開いた。
「リリーを呼べ」
*****
「ライオネル様、どうされましたか?お疲れでしょうか?そうだ!息抜きにリリーと庭に散策に行きませんか?」
リリーは満面の笑みを浮かべ、ライオネルと対面した。
「わたくし、クッキーを焼いてきたんです!もし殿下がよろしければ、お側の方々と一緒にどうでしょう?」
ライオネルはふっと微笑んだ。
「ああ、ありがとう。後で頂くよ。今少し仕事が溜まっていてね。終わったら一緒に庭へ行こう」
「今日君に来てもらったのは、聞きたいことがあるからなんだ」
ライオネルは表情を固くし、問いかけた。
「最近雨が降っていないじゃないか。祈りは行われているのかい?」
リリーは少し震えて目を伏せた。
「実は、このところ体調が思わしくなく……申し訳ありません、本日から祈りは再開する予定ですわ」
ライオネルは優しく目を細め、答えた。
「そうか、体調不良ならば仕方ないな。もう治ったのか?まだ本調子ではないだろうから、しばらくは無理をするな」
リリーはこの言葉を聞き、ほっとしたように息をついた。
「ええ、ありがとうございます。もう全快いたしましたので、本日から全力で祈れますわ」
部屋からリリーの姿がなくなった直後、ライオネルの側仕えであり、乳兄弟のジェイが笑いながら口を開いた。
「いや~、しかし彼女、本当に体調が悪かったんですかね?このクッキーはすごくおいしいですけど」
そう言い、クッキーをひとつ口にした。
「本当に体調不良なら、クッキーを作るのも難しいですよ」
ライオネルは眉を顰めた。
「彼女がそう言っているのだからそうなんだろう。邪推をするな、ジェイ」
「内心、エウフェミアの方が良かったと思っているんじゃないですか?」
ジェイは悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
そんなジェイに向かい、ライオネルは鼻で笑った。
「私は間違えない。間違えてはいけないんだ。ジェイ、分かっているな」
「そうですね、殿下は間違えない。殿下が言えば黒いものだって白いものになるのだから」
そうジェイは皮肉を言い、笑った。
「冗談ですよ、冗談」
王太子との対面後、リリーは教会で焦っていた。
「だ、大丈夫ですわ。少し祈ればすぐに雨は……」
だが、リリーがいくら祈っても雨雲は現れなかった。
普段とは違う姿のリリーを見て、民衆は困惑し始めた。
「リリー様は本当に聖女様なんだろうか」
「エウフェミア様が本当は聖女様だったのでは?」
*****
とうとう、雨が降らなくなり、ひと月が経った。
井戸が涸れ、王都唯一のオアシスである湖の水量も半分になってしまった。
王都の治安は悪化していき、水を巡って、井戸の争奪戦が始まるようになった。
「昨日もお前、水たくさん汲んでただろ。今日は俺らに譲れ」
「うちは家族が多いんだ。仕方ないだろ」
「んなの関係ねーよ。うちだって家族が水を待っているんだ」
怒号が飛び交う中、小さな子供を背負った母親が叫んでいる。
「娘が死にそうなんだ!!!うちに水をくれ!!」
子供はぐったりし、時折乾いた咳をしていた。
人の目が母親に集まり、我先にと水を汲む手が一瞬止まった。
しかし、次の瞬間、母親は押しのけられ、水は彼女の手に入ることはなかった。
「ごめんな、みんなギリギリなんだ」
そう誰かが呟いた。しかし、情けをかける人は誰もいなかった。
怒号が広がる街中は、ひと月前とは比べものにならないほど荒れ果てていた。
「祈りはちゃんとしているのか、リリー」
ライオネルは問い詰める。
「もちろんですわ!ですが、どうしても雨雲が……」
大きな瞳に涙を浮かべ、リリーは弁解した。
ライオネルは大きなため息をひとつつき、呟いた。
「……これ以上民衆を不安にさせるわけにはいかん。エウフェミアを連れてこい。」
リリーは小さく震えた声で答える。
「お姉様は……わたくしにもどこに行かれたのか分からないのです。」
目を伏せてそう伝えるリリーを見て、ライオネルは目を見開いた。
「公爵家の令嬢を護衛もつけずに放逐したのか!」
「そ、その……お姉様は誰にも告げずにいつのまにか屋敷を出られていて……」
「すぐ探せ。」
ライオネルは、傍らに控える側仕えへ鋭く命じると、リリーへと視線を向けた。
「いついなくなったのかも分からないのか?」
リリーは弱々しい声で答えた。
「はい、気付いたときには離れが空っぽになっていて……」
ぽたり、とリリーの手の甲に雫が落ちた。
「お姉様が心配です。」
ため息をひとつつくと、ライオネルはリリーに冷たく伝えた。
「もう良い、お前は下がれ。」
青ざめた顔のリリーが後にした部屋には、重苦しい沈黙が落ちた。
窓の外の空は、今日も雲ひとつ無い晴天が広がっている。
乾いた風が、陰鬱な空気を纏うようになった王都の街を吹き抜けていった。
――その頃。
王都から遙か遠く、王国の果ての港町では、静かな波の音が響いていた。
*****
王都を離れて、もうひと月になる。
エウフェミア―今はミアと名乗っている―は寄せては返す波をぼんやりと見つめながら釣り竿を垂らしていた。
公爵令嬢として過ごしていた王都では、常に誰かの試すような視線にさらされていた。
だが、この町では違う。
エウフェミアはミアと呼ばれるたびに、息苦しかった過去が少しずつ遠ざかっていくような気がした。
「ミアちゃん、もう帰ろうか。今日も大漁だよ」
エウフェミアは嬉しそうに満面の笑みを浮かべている中年の女性に目を向けた。
「店長、わたしまだ1匹も釣れていません……」
悲しげにそう言うエウフェミアを見て、店主は呆れたように笑った。
「今日は店の開店準備があるから、また明日釣りはすればいいさ」
港町に着いてから、エウフェミアは食堂で簡単な手伝いをして過ごしていた。
不思議なことに、雨が降らずとも井戸が涸れることは無く、魚もよく捕れた。
なにより、食堂の井戸の水は他と比べてとてもおいしいと評判になり、店は連日賑わっていた。
「ミアちゃんが来てから海の機嫌が良いねぇ」
嬉しそうに、店主は笑った。会話しつつも、手早く大量にとれた魚の下処理をする。
「店長の腕が良いからですよ」
エウフェミアは微笑み、周りを飛び回っている水の精霊たちにそっと目をやった。
『えうふぇみあ、わらった』
『えうふぇみあ、うれしそう』
『おうとより、このまちすみやすい』
精霊たちは、きゃらきゃらと笑いながらエウフェミアの周囲を跳ね回る。
「ミアちゃん、悪いけど井戸から水を汲んできてくれないかい」
店主に呼ばれ、エウフェミアは店の裏手に回った。
井戸の水をくみ上げると、透明で澄んだ水が太陽の光をうけて、静かに煌めいた。
「今日も綺麗に澄んでるねぇ。ミアちゃんが来てくれたおかげだよ。」
「そんなことありませんよ。皆さんが大切に使っているおかげです。」
そう笑いながら返事をし、エウフェミアは水面をのぞき込んだ。
すると、小さな水の精霊が水面を揺らし、ぴょこんと顔を覗かせた。
『きょう、うみがそわそわしてる』
「……海が?」
『うん。ずっとまってる。』
『きょうのよる、うみにきて』
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