13話
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翌朝、起床したライオネルは、側仕えと共に港町を散策していた。
漁師は大量の魚を獲っており、潮を含んだ空気は心地よく肌を撫でていく。
あちこちで子供たちが駆け回り、そこかしこから笑い声が聞こえてくる。
そこには明らかに、王都より活気がある風景が広がって居た。
「魚の塩焼きひとつくれ」
屋台で塩焼きを頼む。
「はいよ、獲れたてだからうまいよ」
店主の言うとおり、その魚は身が締まっており、驚くほど味が良かった。
驚いたように魚を口にするライオネルを見て、店主は笑った。
「これ、サービスね」
そう言われ、水を手渡される。
「いいのか?」
ライオネルは目を丸くした。
「お前らも王都の方から来たんだろ? あそこは今水不足だとか聞くからな。少しでも水分補給をしていってくれ」
店主は笑って言った。
「娘が王都に嫁いだんだが、先日帰ってきてね。水がもうほとんど無いなんて聞いたからさ。俺にも少しでも出来ることがあれば良いななんて思っただけさ」
「もっとも……」
不意に店主は言いよどむ。
「最近はよそから流れてくる奴も増えてきてなぁ」
ライオネルは静かに耳を傾けた。
「水と仕事を求めて、みんなこの町へ来る。気持ちは分かるが、そろそろ宿も一杯だ」
店主は焼き魚をひっくり返しながら続ける。
「水にはまだまだ余裕があるが、このまま人が増え続けりゃどうなるか……」
店主は肩をすくめた。
「町長も頭を抱えてるよ。今はまだ、なんとか回ってるってだけだ」
側仕えが眉をひそめた。
「移住者はそんなに多いのですか?」
「ああ、昨日も一家連れが来ていたな。子供は見るからに衰弱していて……何でも、妹はもう亡くなってしまったらしくてな」
「上の子まで手遅れになる前にって、親が連れてきたんだそうだ」
店主は小さくため息をついた。
「王都はそこまで酷ぇのか……どうなんだい?」
店主はチラリとライオネルたちを見た。
その言葉に、ライオネルは答えられなかった。
ライオネルは手渡された木の器に視線を落とした。
透き通った水面が、陽の光を受けてキラリと揺れる。
王都では、今や濁った水ですら貴重だった。
それなのに、この町では見知らぬ旅人へ惜しげも無く水を差し出す。
「…………」
胸の奥が重く沈んだ。
側仕えもまた、複雑そうな顔をしている。
気まずい沈黙を破るように、店主は明るく笑った。
「ま、この町はまだ運が良いほうさ」
そう言って炭火の魚をひっくり返す。
パチリ、と火の粉がはじけた。
「最近は魚も増えてるし、井戸水も妙に美味くなってな」
「海も随分穏やかになったしなぁ」
ライオネルはゆっくり顔を上げた。
「……何か理由はあるのか?」
「さあな」
店主は豪快に笑う。
「ただ、海辺の定食屋にえらい別嬪さんが来てからだって噂をしてる奴らはいるな」
その瞬間、ライオネルの心臓がどくり、と脈打った。
*****
「集中しろ」
オーシャンの低い声が響く。
夜の海辺では、淡い月が波間を照らしていた。
波音だけが穏やかに繰り返している。
次の瞬間、桶の水が突然跳ね上がり、水しぶきが周囲へ散った。
それを見て、水の精霊たちがきゃらきゃらと笑いながら逃げ回った。
『しっぱい!』
『また!』
『がんばれ!』
エウフェミアは慌てて肩を縮める。
オーシャンは呆れたように額へ手を当てた。
「だから集中しろと言っている」
「だって……難しいのよ」
彼女の視線の先には、木の桶が置かれていた。
中には、港町で汲んできた井戸水が入っている。
オーシャンは腕を組んだまま言った。
「また溢れたそうだな」
エウフェミアは気まずそうに目をそらす。
昼間、彼女が不安を覚えた瞬間、食堂に置かれていた水瓶から突然水が溢れ出したのだ。
しかもひとつではない。
井戸の水位も急に上がり、町の人々が慌てる騒ぎになっていた。
幸い、
『今日はやけに水が溢れるねぇ』
程度で済んだが、原因がエウフェミアだとは誰も知らない。
「風の精霊から聞いてから、ずっと落ち着かなくて……」
ライオネルが港町へ向かっている。
その事実を思い出しただけで、胸の奥がざわつく。
すると何故か、周囲の水まで反応してしまうのだ。
飲み水は溢れ、井戸水は増え、時には空気中の湿気すら濃くなる。
エウフェミアはそっと唇を噛んだ。
「このままじゃ、みんなに迷惑をかけてしまうわ」
だから、せめて自分で制御出来るようになりたかった。
この、温かい港町の人々を巻き込みたくなかった。
エウフェミアはぎゅっと両手を握った。
王都は苦しんでいる。
水が無く、子供は衰弱し、人々は港町へ逃げてくる。
婚約破棄されたことはもういい。
父に見捨てられたことも。
けれど。
「……何も知らない人たちまで、死んでしまうのは嫌なの」
小さく零れた声に、波が静かに揺れた。
オーシャンは黙って彼女を見下ろす。
「貴族たちは、自分たちでどうにかすれば良いわ」
その声音は珍しく硬かった。
「でも、子供たちや、逃げたくても逃げられない人たちは……助けたいの」
しばらく沈黙が落ちた。
やがてオーシャンは静かに海へ視線を向ける。
「ならば――手段はある」
「え?」
次の瞬間。
ざわり、と海面が大きく揺れた。
月明かりに照らされた海の底。
そこに巨大な黒い影が浮かび上がる。
「昔、この海で沈んだ船だ」
オーシャンの低い声が響く。
「人を乗せるには十分な大きさがある」
エウフェミアは目を見開いた。
「まさか……」
「使えば良い」
ざわり、と波が揺れる。
「乗り切れぬ者が居るなら、海の者どもが運ぶ」
その瞬間、海面のあちこちでぱしゃり、と水音が跳ねた。
巨大な魚影が月明かりの中をゆったりと横切っていく。
エウフェミアは思わず息を呑んだ。
オーシャンは静かに目を細めた。
「お前が救いたいと願うなら、私たちも力を貸そう」
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