ランケの失敗
次の日の朝。
王都は昨夜からの雨に包まれていた。
窓の外では灰色の雲が低く垂れ込み、石畳を叩く雨音が絶え間なく続いている。
そんな中、俺は妙な空気を感じていた。
ヨッシー公とランケの間が、どうにもぎくしゃくしているのだ。
原因はすぐに分かった。
昨日、王城から急ぎの連絡が届いていた。
今日中にヨッシー公が王城へ登城しなければならないという内容だった。
しかし連日の雨で川が増水し、主要な街道の一部が通行困難になっていた。
今から出発しても間に合うかどうか分からない。
そのためヨッシー公は朝から不機嫌だった。
もちろん、口には出さない。
だが表情を見れば分かる。
明らかにランケへ不満を抱いている。
一方のランケも納得していない様子だった。
天候は人の力ではどうにもならない。
そのようなことで責められるのは理不尽だ。
そう言いたげな態度だった。
俺は二人を見比べながら思った。
(このままではまずいな。)
王と宰相の関係は信頼が命だ。
小さな不満でも積み重なれば、やがて大きな亀裂になる。
俺はまずランケの部屋を訪ねた。
「失礼する。」
「リク殿。」
ランケは机に向かって書類を整理していた。
俺は椅子に腰掛けると単刀直入に切り出した。
「ランケ。」
「はい。」
「お前は王の計画を聞いたとき、他人の予定だと思って簡単に考えなかったか?」
「他人の予定……ですか?」
ランケは眉をひそめた。
「そうだ。」
俺はゆっくりと言葉を選んだ。
「例えば俺が旅行へ行く計画を立てるとする。」
「はい。」
「その時、現地の天気はどうか。」
「はい。」
「馬車が壊れたらどうするか。」
「はい。」
「道が塞がれたらどうするか。」
「……。」
「俺は色々考える。」
そこまで言った時だった。
ランケの顔色が変わった。
まるで雷に打たれたような表情だった。
「そういうことだったのですね……。」
小さく呟く。
「分かったか?」
「はい。」
ランケは深く息を吐いた。
「今回の件は明らかに私の失敗です。」
その声には迷いがなかった。
「続けろ。」
「王都からの連絡が届いた時、私は部屋から一歩も出ず、ただ部下に連絡事項を伝えただけでした。」
俺は黙って頷いた。
予想通りだった。
「本来ならば。」
ランケは拳を握った。
「まず、街道の状況を確認させるべきでした。」
「そうだ。」
「雨季である以上、増水の危険は予測できました。」
「その通り。」
「代替ルートの確認もしておくべきでした。」
「うむ。」
ランケは悔しそうに唇を噛んだ。
「私は無意識のうちに、王の予定を自分の予定として考えていませんでした。」
「それが問題だ。」
俺は静かに言った。
「天気は確かにどうにもならない。」
「はい。」
「だが、天気が悪くなる可能性を考えることはできる。」
「……。」
「川が増水することを予測することもできる。」
「はい。」
「それを『仕方がない』で終わらせるようでは、一国の宰相は務まらんぞ。」
ランケは深々と頭を下げた。
「全くその通りです。」
その日の午後。
ランケは自らヨッシー公のもとを訪れた。
「ヨッシー公。」
「何だ。」
「今回の件は私の失策でした。」
そう言って深く頭を下げた。
「街道の確認を怠り、代替案も準備しておりませんでした。」
ヨッシー公はしばらく黙っていた。
やがて静かに言った。
「私も少し感情的になっていた。」
「いえ。」
「だが、今後は頼むぞ。」
「必ず。」
短いやり取りだった。
しかし、それで十分だった。
二人とも賢い。
だからこそ誤りを認めることができる。
その日のうちに王都周辺の船着き場や迂回路が調査され、新たな移動計画も立てられた。
こうして問題は大事になることなく収まったのである。
後になって俺は思った。
失敗そのものは大した問題ではない。
本当に危険なのは、失敗を「仕方がない」で終わらせることだ。
天候は変えられない。
だが備えることはできる。
未来は予測できない。
だが予測しようと努力することはできる。
おそらく国を治めるというのは、その繰り返しなのだろう。
そしてランケは、その日また一つ、宰相として成長したのであった。




