主流
試作品については、まずはヨッシー公に献上する予定だったので、俺とユーコは久しぶりに王都を訪れることになった。
王都へ到着すると、すぐにアレキサンダー家へ向かった。
「リク殿!」
応接室に通されると、ヨッシー公が嬉しそうに迎えてくれた。
以前より表情は明るい。
しかし、その目の奥には疲れも見えた。
王位継承を控えた今、様々な準備や調整に追われているのだろう。
「こちらを献上に参りました。」
俺は塩の瓶を差し出した。
「ほう。」
ヨッシー公は興味深そうに眺める。
「これが例の塩か。」
「はい。まだ試作品ですが。」
「見事なものだ。」
ひとしきり塩の話をした後、話題は自然と政治のことへ移っていった。
ヨッシー公は少し考え込むような表情を見せた。
「最近、時々不安になるのだ。」
「不安ですか?」
「ああ。次の王として期待されているが、本当に自分で良いのかとな。」
その気持ちは分からなくもなかった。
大きな役目を前にすると、人は誰しも不安になる。
俺は少し考えた後、自分なりの考えを話すことにした。
「歴史を見れば分かることですが、先を行く者というのは、一見すると手の届かない主流にいるように見えます。」
「うむ。」
「ですが実際には違います。」
「違う?」
「はい。先を行く者とは、本隊ではなく先発隊なのです。」
ヨッシー公が興味深そうに身を乗り出した。
「後から来る者たちのために道を切り開く役目です。」
「なるほど。」
「失礼を承知で申し上げれば、今の王様はヨッシー公の先払いのようなものです。」
「私の先払い?」
「はい。あくまで本陣は自分だと思えば良いのです。」
ヨッシー公は腕を組みながら聞いていた。
「焦らず、その時を待つ。そして十分な準備を行う。それで問題ありません。」
「なるほど。」
ヨッシー公は何かを噛みしめるように頷いた。
だが、すぐに別の疑問を口にした。
「しかし、今の王が私の先発隊だとすると、私が王位に就いた時に方針を大きく変えるのは良くないということか。」
「その通りです。」
俺は即座に答えた。
「今の王と全く逆方向へ走れば国は混乱します。」
「ふむ。」
「そして忘れてはならないのは、ヨッシー公もまた次の世代の先発隊だということです。」
その言葉にヨッシー公は目を見開いた。
「私も先発隊か。」
「そうです。」
「つまり私は、自分の治世だけでなく、その先の時代のためにも道を作らなければならないのだな。」
「その通りです。」
しばらく沈黙が流れた。
やがてヨッシー公がぽつりと尋ねた。
「だが、人の寿命は短い。」
「ええ。」
「自分が生きている間に成果が出ない仕事をする意味があるのだろうか。」
俺は少し笑った。
「あります。」
「ほう?」
「私のいた世界には、三百年かかる建築物を設計した人物がいます。」
「三百年!?」
ヨッシー公は思わず立ち上がった。
「そんな馬鹿な。」
「実話です。」
「では設計者は完成を見ていないではないか。」
「見ていません。」
「それでは大赤字だろう。」
「そうでもないのです。」
俺は窓の外を見た。
「人間という生き物は、自分より大きなものを見ると誇らしくなるのです。」
「誇らしく?」
「はい。同じ人間がそれを作ろうとしている。その事実だけで勇気を貰えるのです。」
ヨッシー公は黙って聞いていた。
「だから人々は未完成の建築物を見るために遠くからやって来ます。」
「完成していないのにか。」
「ええ。」
「不思議なものだな。」
「人は結果だけで生きているわけではありませんから。」
完成した未来を想像する。
その未来に自分も少しだけ関わっていると思える。
それだけで人生に意味を見出せる人もいる。
「なるほどな。」
ヨッシー公はゆっくり頷いた。
「私は少し勘違いしていたようだ。」
「と、言いますと?」
「王になったら何を成し遂げるかばかり考えていた。」
そして静かに続けた。
「だが本当は、次の世代へ何を残すかを考えなければならないのだな。」
「はい。」
「それが王の仕事です。」
ヨッシー公は窓の向こうに広がる王都を見つめた。
その視線は以前よりもずっと遠くを見ているようだった。
目の前の一年や二年ではなく。
十年先。
二十年先。
あるいは百年先を。
人は自分の人生だけを見れば有限だ。
だが人類という大きな流れで見れば、ほとんど無限と言っていい。
だからこそ、自分の代で終わる仕事ばかりをする必要はない。
誰かが種を蒔き。
誰かが育て。
誰かが収穫する。
その連なりこそが歴史なのだと、俺は改めて思うのだった。




