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巨狼の出現

それは突然やってきた。


木々が揺れる。

鳥たちは一斉に飛び立ち、森の動物たちは道を開けるように左右へ避けていった。

やがて姿を現したのは――。

真っ白な毛並みを持つ、巨大な狼だった。

普通の狼ではない。

何より、その瞳には悠久の時を生きた者だけが持つ深い知性が宿っていた。

「……」

誰も声を出せなかった。

この存在は格が違う。

俺も思わず身構えた。

すると――

「ワオォォォォォォォォォン!」

白狼が天へ向かって遠吠えを放った。

その声は村全体を震わせ、山々へと響き渡る。

次の瞬間。

「わふっ。」

隣にいたユーコの体が光り始めた。

「ユーコ!?」

光が収まると、そこには人間の姿ではなく、美しい銀色の毛並みを持つ狼が立っていた。

神獣だった頃の姿である。

さらに不思議なことが起こった。

森の猿たちが続々と現れたのだ。

しかも敵意はない。

両手にバナナやパパイヤを抱え、それらを白狼の前に恭しく差し出している。

まるで王に貢物を捧げる臣下のようだった。

その光景を見た瞬間、俺の胸に嫌な予感が走った。

(まさか……。)

俺は叫んだ。

「ユーコ! 行くな! 行かないでくれ!」

すると白狼が大きく笑った。

「ガハハハハ!」

そして――

「リク、心配するな。」

人間の言葉を話した。

「狼だけど、ワシじゃ。」

「……は?」

俺は固まった。

ユーコも狼の姿のまま尻尾を振っている。

「紹介する。」

ユーコが嬉しそうに言った。

「神様。」

「……」

俺はしばらく言葉を失った。

神様だった。

まさか本当に神様だった。

白狼は楽しそうに笑った。

「久しぶりじゃな、ユーコ。」

「久しぶり。」

「相変わらず元気そうで何よりじゃ。」

二匹の狼が普通に会話している。

その光景は妙に微笑ましかった。

「ワシがいなくなれば、ユーコも人間に戻るから安心せい。」

そう言って神様はキャンプファイアの方へ目を向けた。

子供たちは最初こそ怯えていたが、なぜか今では目を輝かせて見つめている。

「ほう。」

神様は感心したように呟いた。

「これがキャンプファイアか。」

「見たことなかったのか?」

「なかったな。」

神様は火を見つめた。

「昔、国を作った時はのう。ワシもこの姿でユーコを連れて世界を回ったものじゃ。」

ユーコも懐かしそうに頷いた。

「いっぱい歩いた。」

「そうじゃな。」

神様はしばらく炎を見つめていた。

そして小さく笑った。

「なるほどのう。」

「何がだ?」

「人間は不思議な生き物じゃ。」

神様は楽しそうだった。

「火を囲み、歌を歌い、踊る。」

「そういうのが好きなんだろう。」

「それだけではない。」

神様は首を振った。

「生きていることを喜んでおる。」

その言葉に、俺は少し考えた。

確かにそうかもしれない。

病気の子供も。

旅人も。

村人も。

皆、笑っていた。

神様は満足そうに頷いた。

「リク。」

「なんだ?」

「お主、なかなか頑張っておるようじゃな。」

「そうか?」

「うむ。」

そして神様は言った。

「褒美をやろう。」

俺は少し困った。

欲しいものなど特になかった。

村も順調だ。

仲間もいる。

ユーコもハクもいる。

十分すぎるほど恵まれている。

だから俺は一人の子供の顔を思い出した。

温泉に来ていた難病の子供だ。

楽しそうに笑っていた。

だが長くは生きられないと聞いていた。

「それなら――」

俺は神様を見た。

「あの子を治してやってくれ。」

神様は少し驚いた顔をした。

「それで良いのか?」

「ああ。」

「一度きりじゃぞ。」

「構わない。」

神様はしばらく俺を見つめていた。

やがて静かに頷いた。

「分かった。」

白狼は立ち上がる。

「明日の朝には治っておる。」

その言葉に俺は頭を下げた。

「ありがとう。」

「礼はいらん。」

神様は笑った。

「ワシも楽しかったからの。」

そして再び天へ向かって遠吠えを放つ。

「ワオォォォォォォォォォン!」

光が溢れた。

気が付くと白狼の姿は消えていた。

ユーコも人間の姿に戻っている。

周囲は静まり返っていた。


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