戦い前日
あこがれには二種類ある。
一つは自分にはないものをあこがれる。もう一つは自分の目指すべき理想にあこがれる。
問題なのは、自分にはないものにあこがれているだけなのに、まるで、それが自分の理想のような錯覚を起こしてしまうことだ。
今回、ヨッシー公を幽閉した貴族も、自分の評価を誤ってしまった口であった。
彼は裕福だった。
家柄も悪くない。
領地も持っている。
しかし、彼には一つだけ持っていないものがあった。
民からの信頼である。
ヨッシー公は没落貴族だった。
屋敷も古い。
財産も少ない。
家臣もほとんどいない。
だが人々は彼を慕っていた。
それが気に入らなかったのだろう。
彼はいつしか考えるようになった。
『ヨッシー公は落ちぶれた貴族だ。』
『我こそが王にふさわしい。』
それは理想ではなかった。
ただ、ヨッシー公が持っているものを欲しがっただけだった。
だから判断を誤った。
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王都の広場には大きな看板が立てられていた。
『王位継承に異議あり』
『真に国を導く者こそ王たるべし』
『ヨッシー公にその資格なし』
などと書かれている。
さらに演説まで行われていた。
支持者たちも集まり、大いに盛り上がっている。
「ずいぶん派手だな。」
俺は呆れながら眺めた。
隣ではユーコが串焼きを食べている。
「お祭りみたい。」
「確かに。」
俺はもっと物騒なものを想像していた。
ところが戦いは始まらない。
どうやら敵討ちの慣習には細かい作法があるらしい。
初日は宣戦布告の日。
双方が民衆に対して、自分たちの正当性を主張する日なのだという。
いきなり斬り合いにはならない。
まずは言葉で戦う。
王都らしいと言えば王都らしい。
一方のヨッシー公も広場で演説を行った。
派手な言葉は使わない。
誰かを悪し様に罵ることもしない。
ただ事実だけを語った。
自分が誘拐されたこと。
それでも相手に改心の機会を与えたいこと。
そして民のために国を良くしたいということ。
それだけだった。
演説が終わると、周囲から自然と拍手が起こった。
俺は少し安心した。
世論はヨッシー公に傾いている。
だが、それでも油断はできない。
その夜。
アレキサンダー家の屋敷で作戦会議が開かれた。
ランケも役人たちと共に忙しく動き回っている。
ヨッシー公自身は意外なほど落ち着いていた。
「リク殿。私はようやく機会を得ただけなのですね。」
俺は頷いた。
「その通りです。」
世の中にはよくある勘違いがある。
チャンスを得たことと、成功したことを同じだと思ってしまうことだ。
例えば年収一千万の仕事に就いたとしても、その瞬間に一千万を手にしたわけではない。
一年間働いて初めて手に入る。
それまでは単なる可能性だ。
王位も同じだった。
ヨッシー公は次の王候補に選ばれた。
だがまだ王ではない。
むしろここからが本番だった。
「ここで全力を使い果たしてはなりません。」
俺は言った。
「これから何十年も国を背負うのですから。」
ヨッシー公は静かに頷いた。
「肝に銘じます。」
その顔には不思議な落ち着きがあった。
かつての頼りない没落貴族の面影はもうない。
少しずつではあるが、王の顔になり始めていた。
こうしてようやく次の日の朝、両者ともに思惑を抱え、戦いの火蓋が切られたのだった。




