遺跡の村
遺跡は深い森に囲まれていた。
小道をしばらく歩くと、ようやく平野へ出る。
ちょうど雨上がりだったのか、空には大きな虹がかかっていた。
「おお……」
リクは思わず立ち止まる。
「東京で見る虹より、めちゃくちゃ幅広いな……」
七色の光は山の麓まで伸び、白い霧の中へ溶け込んでいる。
幻想的だった。
風は草原を揺らし、遠くでは鳥の鳴き声が響く。
「ほんと、地球と変わらないんだなぁ」
人工物こそ少ないが、自然だけを見れば違和感はほとんどない。
空も。
風も。
雨の匂いも。
全部、どこか懐かしかった。
「ここにも魔物が出る。気をつけろ」
ユーコの声で現実へ引き戻される。
「あ、はい」
リクは慌てて周囲を確認した。
草むらでは、ウサギのような生き物がぴょんと跳ねて逃げていく。
一見平和だが、ここら辺一帯はすでに遺跡の一部だ。
ユーコは遠くの山を指差した。
「あそこに見える山の麓が、ダンジョンのある村」
「村?」
「昔、人が住んでいた」
道はある。
だが荒れている。
長い間、誰も通っていないのだろう。
草が石畳を覆い、ところどころ崩れていた。
そして。
夕方頃。
ようやく村へ辿り着いたリクは、目の前の光景に息を呑んだ。
「……なんだ、これ」
村が。
そのまま止まっていた。
広場には荷車を押したままの男。
井戸の前で桶を持った女性。
遊んでいた子供たち。
全員が、石像になっていた。
「メドゥーサの仕業」
隣でユーコが静かに言う。
「最初の国の、最後の村人たち」
リクはゆっくり石像へ近づいた。
表情が残っている。
恐怖。
驚愕。
逃げようとした姿勢。
まるで、ほんの一瞬で全てが止まったみたいだった。
「……復活できる可能性、あるのか?」
「二百年以上経っている。生きているか分からない」
それでも。
リクの胸は高鳴った。
完全に死んだわけではないかもしれない。
もし呪いを解けるなら――。
「……助けられるかもしれないんだな」
ユーコは少しだけ目を細めた。
「変わってる」
「え?」
「普通は怖がる」
「いや、怖いけど」
リクは苦笑する。
「でも、“助かる可能性がある”なら試したいだろ」
その言葉に、ユーコはしばらく黙っていた。
やがて、小さく呟く。
「やっぱり主に似てる」
「神様に?」
「面倒事を拾うところ」
「否定できないな……」
二人は村の中を歩いた。
建物は意外と崩れていない。
石造りが多く、保存状態はかなり良かった。
その中で、一軒だけ比較的無事な建物を見つける。
大きな煙突。
広い倉庫。
丈夫そうな壁。
「ここ、使えそうだな」
「昔の冒険者ギルド」
「えっ、ギルド?」
中へ入る。
埃は積もっているが、構造はしっかりしていた。
机。
棚。
暖炉。
二階には部屋まである。
リクは周囲を見回し、ぽつりと言った。
「……ここ、拠点にするか」
「拠点?」
「うん。しばらく動けないだろ」
食料問題。
石化した村。
ダンジョン。
それに、この辺りは魔物も多い。
無理に旅を続けるより、まず安全地帯を確保した方がいい。
リクは腕まくりした。
「よし、掃除するか」
「掃除?」
「住むなら必要だろ」
ユーコは不思議そうな顔をする。
数百年、人と関わらず生きてきた彼女には、“暮らす”という感覚が薄いのかもしれない。
リクは窓を開け放った。
夕陽が差し込む。
埃が光の中で舞った。
「まず寝床作って、水確保して、食料集めて……」
「忙しいな」
「生きるってそういうことだ」
ユーコは少し考え込み、
「……変なの」
と呟いた。
だが、その横顔は少し楽しそうだった。
その夜。
二人はギルド跡の暖炉へ火を灯した。
石の村に、二百年ぶりの灯りが戻る。
静まり返っていた廃村に、微かな生活の音が生まれていた。
それはきっと。
止まっていた時間が、再び動き始めた音だった。




