神獣の進化
吹雪は、夜になるにつれて強さを増していた。
白い息を吐きながら、リクは焚き火に薪をくべる。
火の向こうでは、神獣が静かに座っていた。
雪を纏った白銀の毛並み。
月光を映す金色の瞳。
神代遺跡《白門》を五百年以上守り続けてきた存在。
その威圧感は、今もなお凄まじい。
だが不思議と、最初に会った時ほど怖くはなかった。
リクは“進化の実”を神獣の目の前に置いた。
神様は言っていたことが本当なら、神獣にこれを食べさせれば、人になれる。
リクは火を見つめながら口を開く。
「……いよいよだな」
神獣が静かにこちらを向く。
その瞳には迷いがなかった。
リクは念のため確認する。
「これを食べれば、人間になれるらしい。でも、寿命は短くなるらしいぞ」
神獣としてなら、千年近く生きられる。
だが人間になれば、おそらく50年前後。
圧倒的に短い。
だが神獣は即答した。
「構わん」
迷いは一切ない。
リクは苦笑する。
「……少しぐらい悩めよ」
「既に五百年以上、守った」
静かな声だった。
「十分だ」
その言葉に、リクは返事ができなかった。
五百年。
独りで。
命令だけを守り続けた。
その時間を想像すると、軽々しく何も言えない。
リクは最後に尋ねる。
「一晩くらい考えたらどうだ?」
「構わん」
また即答だった。
そして。
神獣は静かに立ち上がる。
吹雪の中、天を仰いだ。
次の瞬間――。
「ワオオオォォォォン!!」
遠吠えが響いた。
まるで世界そのものを震わせるような咆哮。
山々が揺れる。
雪が舞い上がる。
それはきっと。
神代から続いた役目との、別れの声だった。
リクは無言で“進化の実”を差し出した。
神獣はゆっくり近づき、
ぱくり、とそれを飲み込む。
瞬間。
白銀の光が爆発した。
「うおっ!?」
視界が真っ白に染まる。
吹雪が渦巻く。
魔力の奔流が周囲を揺らした。
やがて光が収まった時――。
「…………は?」
そこにいたのは、一人の少女だった。
白銀の長髪。
透き通るような白い肌。
黄金色の瞳。
年齢は十五歳ほど。
そして何より。
「おい、裸だぞ、裸!!」
リクは慌てて両手で目を覆った。
少女は首を傾げる。
「何で隠す?」
「当たり前だろ!?」
「……?」
本気で分かっていない顔だった。
その時、地面に淡い光が走る。
すると何もなかった場所に、服が現れた。
少女は自然な動作でそれを手に取る。
「便利だな……」
呆然と呟くリクの前で、少女は淡々と服を着始めた。
衝撃だった。
どう見ても威厳ある巨大狼だったので、完全に雄だと思っていた。
少女はこちらを向いて言った。
「……名前をつけて」
声も変わっていた。
さっきまでの低く重い声ではなく、少女らしい澄んだ声。
だが、不思議と威厳は消えていない。
むしろ。
静かな刃のような危うさがあった。
リクは無意識に観察していた。
細い身体。
華奢な見た目。
しかし立ち姿には、一切の隙がない。
歴戦の達人に近い気配。
おそらく、恐ろしく強い。
リクは昔読んだ本の内容を思い出していた。
才能には二種類ある。
圧倒的な“強さ”を持つ者。
そして極限まで“精密”な者。
前者は荒々しく、壊れにくい。
後者は繊細だが、完成された刃のように鋭い。
目の前の少女は、おそらく後者だった。
極限まで無駄を削ぎ落とした存在。
まだ分からない。
だが、そんな気がした。
その時だった。
リクの視界に文字が浮かぶ。
《進化の実:残数 1》
「……え?」
リクはポケットを見る。
“進化の実”は、減っていなかった。
吹雪の中。
リクはゆっくりと顔を引きつらせた。




