ランケの近況
用事で久しぶりに王都を訪れた俺は、真っ先にランケのもとを訪ねた。
王都の空気には相変わらず独特の緊張感がある。
商人や役人、貴族や冒険者が行き交い、人々の思惑が複雑に絡み合っている。
そんな喧騒の中でも、ランケは以前と変わらぬ姿で迎えてくれた。
「リク殿、よくぞ訪ねて下さいました。」
「元気そうだな。」
「おかげさまで。」
互いに笑みを交わし、席についた。
以前なら俺の後ろに控えていたランケだったが、今は違う。
ヨッシー公の側近として、多くの役人や有力者と渡り合う立場になっていた。
自然と話題も近況報告になる。
「ヨッシー公はどうだ?」
そう尋ねると、ランケの顔が明るくなった。
「知れば知るほど、名君の素質をお持ちだと感じております。」
「ほう。」
「物事を決める前に必ず人の話を聞かれます。しかし、最後はご自身で責任を持って判断される。」
それは簡単なようで難しい。
人の意見ばかり聞けば優柔不断になる。
逆に独断ばかりでは独裁になる。
その均衡を保てる人間は少ない。
「私のほうは役人たちとの調整に追われています。」
ランケは苦笑した。
「大変そうだな。」
「ええ。」
だが、その顔に疲れはなかった。
むしろ充実しているように見える。
「通常であれば、次の王となる方は中央の役人たちを多く受け入れます。」
「天下りみたいなものか。」
「その通りです。」
ランケは頷いた。
「便宜も図ってもらえますし、何かと楽になります。」
「でもヨッシー公は断った。」
「はい。」
その答えに迷いはなかった。
「だから役人たちも必死です。」
「なるほどな。」
権力を失いたくない者たちと、新しい時代を作ろうとする者たち。
当然、衝突は起こる。
「相手はなかなか手強いのですが……。」
そこでランケは笑った。
「非常にやりがいを感じています。」
その言葉を聞き、俺は心の中で納得した。
やはりランケはこういう人間だった。
人の中で磨かれる人間。
人とぶつかり、人と語り、人から学ぶことで強くなる人間。
俺とは正反対だ。
俺は一人で考え込むことが多い。
だがランケは違う。
人の輪の中に飛び込み、その熱量を自分の力に変えていく。
ふと、昔読んだマラソンの記事を思い出した。
トップランナーが単独で走るよりも、集団の中で走ったほうが記録が出ることがある。
周囲の鼓動。
足音。
息遣い。
それらが見えない力となり、人を前へ押し出すのだ。
ランケはまさにそういう人間だった。
だからきっと成功する。
俺はそう確信していた。
しばらく語り合った後、別れの時間が来た。
ランケはまだ会議が残っているらしい。
俺は立ち上がった。
「ランケ。」
「はい。」
「ヨッシー公を、ただの善良な王にはするな。」
ランケの表情が引き締まる。
「善良な王の治世は確かに平和だ。」
「はい。」
「だが、後世に何も残らないこともある。」
歴史を見れば分かる。
住民に愛された王が、死後すぐに忘れられることもある。
逆に重税を課し、人々に恨まれながらも巨大な事業を成し遂げた王が、その後何百年もの繁栄をもたらした例もある。
善悪だけでは測れない。
それが歴史だ。
「王の役目は、今を幸せにすることだけではない。」
俺は続けた。
「百年後の人間にも何かを残すことだ。」
ランケは静かに頷いた。
「分かっております。」
その目には強い決意が宿っていた。
「それはすでに歴史が証明しています。」
「そうか。」
「必要ならば。」
ランケは一度言葉を切った。
「私が悪者になってでも、後世に残るものを作りたいと考えております。」
その答えを聞き、俺は安心した。
もう教えることは何もない。
いや、最初から俺など必要なかったのかもしれない。
ランケは自分自身の力でここまで来たのだから。
城館の玄関まで見送りに来たランケに向かい、俺は手を差し出した。
主従だった頃には、一度もしたことがない。
対等な者同士としての握手だった。
ランケは少し驚いた後、力強くその手を握った。
「リク殿。」
「なんだ。」
「私は幸運でした。」
そう言って笑う。
「あなたに出会えたことを、生涯誇りに思います。」
「大げさだな。」
「本心です。」
俺は少し照れ臭くなった。
だから笑ってごまかした。
「歴史に名を残したら、自慢してやるよ。」
「その時は、ぜひ。」
互いに笑った。
そして手を離す。
もう主従ではない。
それでも友情は残る。
いや、むしろ今のほうが強いのかもしれない。
俺は王都の街並みを眺めながら歩き出した。
ランケはランケの道を行く。
俺は俺の道を行く。
だが、それぞれが未来のために何かを残そうとしていることだけは同じだった。




