名工の気まぐれ
ユーコは古びた刀をしばらく眺めていたが、興味を失ったように静かに鞘へ収めた。
そして何事もなかったかのようにノルドへ返す。
「はい。」
まるで近所の子供が落とし物を届けるような気軽さだった。
一方のノルドは、まるで神託でも聞いたような顔で刀を受け取っている。
「お、おう……。」
先ほどまでの不機嫌さはどこかへ消えていた。
俺は話を戻そうと、大量の買い物リストを差し出した。
「それで、この注文なんだが――」
ノルドは再び紙に目を通した。
そして数秒後。
「無理じゃ。」
即答だった。
「え?」
「無理じゃ。」
「いや、まだ何も――」
「見れば分かる。」
ノルドは紙を振った。
「大口取引は商業ギルドを通せ。在庫もあるし、各鍛冶屋から商品を集めたほうが早い。」
「分かった。そうしてみる。」
これで話は終わりかと思った。
ところが。
「待て。」
今度はノルドが俺たちを引き止めた。
その視線はユーコに向いている。
「なんだ?」
「お前じゃ。」
「私?」
ユーコは首を傾げた。
「刀を持っておらんのか?」
「持ってない。」
「何故じゃ。」
「必要ない。」
ユーコは当然のように答える。
実際、必要ないのだ。
神獣時代から戦ってきたユーコは、人間の武器に頼らなくても十分すぎるほど強い。
魔物相手なら素手でも問題ない。
しかしノルドは納得しなかった。
「ふむ。」
腕を組む。
「無手か。」
「うん。」
「それもよかろう。」
そこまでは普通だった。
だが次の言葉がおかしかった。
「だが、わしが打ちたい。」
「は?」
俺とユーコの声が重なった。
「わしが打ちたい。」
ノルドは真顔だった。
「別にいらない。」
「わしが打ちたい。」
「持たない。」
「持て。」
「いらない。」
「作る。」
話にならない。
完全に職人特有の病気だった。
ユーコも困った顔をしている。
「リク。」
「俺を見るな。」
助けを求められても無理だった。
ノルドはすでに何かを決意した顔になっている。
「安心せい。」
ノルドは顎髭を撫でた。
「大太刀などではない。」
「……。」
「小刀じゃ。」
「……。」
「邪魔にはならん。」
いや、そういう問題ではない。
だがノルドの目を見る限り、断れる雰囲気ではなかった。
結局。
半ば強引に話は決まった。
「二ヶ月後じゃ。」
「二ヶ月?」
「それまで待て。」
ノルドは断言する。
「取りに来い。」
俺は財布を取り出した。
「前金くらい払わせてくれ。」
「いらん。」
「でも――」
「いらん。」
「材料代とか――」
「いらん。」
頑固だった。
岩より頑固だった。
「受け取ったら仕事になる。」
ノルドは鼻を鳴らす。
「これはわしが打ちたいから打つ。」
職人としての理屈なのだろう。
俺は苦笑しながら財布をしまった。
「分かった。」
「うむ。」
ノルドは満足そうに頷いた。
そして再び鍛冶場の奥へ戻ろうとして、
ふと足を止めた。
「そうじゃ。」
「ん?」
「二ヶ月以内に死ぬなよ。」
「縁起でもないこと言うな。」
「せっかく作るんじゃ。」
ノルドは振り返らずに言った。
「持ち主がおらんかったら困る。」
そう言い残して鍛冶場へ消えていった。
再び響き始める鉄を打つ音。
カン。
カン。
カン。
不思議と先ほどまでとは音が違って聞こえた。
まるで職人が心を躍らせながら槌を振るっているような音だった。
その時の俺たちは知らなかった。
二ヶ月後に完成するその小刀が、後に王国中の刀鍛冶たちの伝説となることを。
そして、当代随一どころか数百年に一人と称される名工ノルドが、その人生の全てを注ぎ込んだ最高傑作になることを。




