ムサシの剣
鍛冶屋『ノルド』に入ると、店内には誰もいなかった。
壁には剣や斧が並び、棚には鍋や釘の箱が積まれている。
だが肝心の店主の姿が見えない。
奥からは、
カン!
カン!
カン!
という金属を打つ音だけが響いていた。
「お願いしまーす!」
俺は大声で呼びかけた。
返事はない。
「すみませーん!」
さらに呼ぶ。
それでも返事はない。
「お客ですよー!」
ようやく金槌の音が止まった。
しばらくして奥から煤だらけのドワーフが現れる。
太い腕。
立派な髭。
そして不機嫌そうな顔。
「なんじゃ、騒がしい。」
第一声がそれだった。
「客なんですが……」
「帰れ、帰れ。」
「まだ何も言ってないですよ!?」
「忙しいんじゃ。」
そう言って踵を返そうとする。
俺は慌てて買い物リストを広げた。
「待ってくれ! これを見てくれ!」
「なんじゃ?」
ドワーフは渋々紙を受け取った。
そして。
一行目を見た。
二行目を見た。
三行目を見た。
十行目まで読んだ。
眉がぴくりと動く。
「……。」
さらに読み進める。
「……。」
最後まで読み終わった。
「お前。」
「はい。」
「村でも作る気か?」
「実は村を復興してまして。」
ドワーフの目つきが少しだけ変わった。
百本単位の釘。
大量の鍬。
斧。
鋸。
包丁。
鍋。
まともな鍛冶屋なら断れない注文量だった。
その時だった。
「これ。」
店の奥からユーコの声がした。
振り向くと、ユーコが壁に飾られていた一本の古びた剣を見ている。
売り物というより展示品のようだった。
ユーコは迷いなくそれを手に取った。
「お、おい!」
俺が止める間もなく、ユーコは剣を見つめた。
そして、
「これ、ムサシの剣。間違いない。」
と言った。
店内が静まり返る。
「……は?」
俺だけでなく、ドワーフまで固まった。
ユーコは真剣な顔で鞘を撫でる。
「ムサシが鞘を投げる。」
「われが取って来る。」
「犬の遊びじゃねえか!」
「いっぱいやった。」
さらに鞘の一部分を指差す。
「ここ。われの歯型。」
ドワーフの顔色が変わった。
「馬鹿な……。」
ユーコは静かに剣を抜いた。
シャァァァ……
長い年月を経ているとは思えないほど美しい刀身が姿を現す。
瞬間。
空気が変わった。
店の中が静まり返る。
まるで時間そのものが止まったようだった。
ユーコは剣を構えた。
正眼。
無駄のない構え。
ただ立っているだけなのに。
圧倒的だった。
俺は思わず息を呑んだ。
(なんだ……?)
いつものユーコじゃない。
どこか違う。
少女の姿をしているのに。
そこに立っているのは数百年を生きた神獣だった。
黄金の瞳が静かに細められる。
その姿は神々しくもあり。
恐ろしくもあった。
ゾクリ――
背筋に冷たいものが走る。
ユーコは刀身を見つめながら呟いた。
「懐かしい。」
それはまるで。
遠い昔に別れた友人の名前を呼ぶような声だった。
ドワーフは震える手で椅子に座り込んだ。
「まさか……。」
そして信じられないものを見る目でユーコを見る。
「その剣は……。」
「うん。」
ユーコは静かに頷いた。
「本物。」
ドワーフの顔から血の気が引いた。
「儂の先祖代々の言い伝えでは……」
ごくり。
唾を飲み込む音が聞こえた。
「神代の英雄ムサシが使った剣だと聞いてはいたが……。」
ユーコは再び頷いた。




