100年分の錆
そもそも酸素というのは不思議なものだ。
人間は酸素がなければ生きていけない。
だが一方で、酸素は極めて強力な酸化剤でもある。
鉄は錆びる。
木も劣化する。
食べ物も腐る。
ある意味では、有毒ガスと言っても間違いではない。
もっとも、その毒のおかげで人間は生きているのだから、世の中は面白い。
俺は時々、前世のことを思い出す。
特に不思議なのは、生まれた瞬間の記憶だ。
普通は覚えていないらしいが、俺にはなぜか記憶がある。
暗い場所から突然明るい場所へ出された。
そして初めて吸い込んだ空気。
あの時の感覚は今でも覚えている。
肺の中が焼けるようだった。
鋭く、冷たく、痛い。
自然と泣き声が出た。
それはともかく、遺跡の村へ帰ると、朝から村人たちが集まっていた。
「リク様!」
「大変です!」
「どうした?」
先頭にいた農夫が、見るも無残な鍬を差し出した。
刃先は赤茶色に変色し、ぼろぼろになっている。
「鍬が駄目です。」
「こっちも!」
別の村人が斧を持ってくる。
さらに包丁。
鋸。
釘。
鍋。
鎌。
次々と運ばれてきた。
俺は一つ一つ確認していく。
「なるほどな……。」
全部錆びていた。
それも普通の錆ではない。
百年分の錆だ。
石化されていた住民たちには昨日の出来事でも、道具たちにとっては百年の歳月が流れている。
雨に打たれ、風にさらされ、冬を越え、夏を越え、百年間、誰にも使われることなく放置されていたのだ。
むしろ形が残っているだけ立派だった。
「鍋も駄目です。」
主婦たちも困った顔をしている。
鍋底は穴だらけだった。
「これじゃ煮炊きが出来ません。」
「包丁も切れない。」
「農具も使えない。」
村人たちの声を聞きながら、俺は腕を組んだ。
復興のために畑を広げようとしても農具がない。
家を直そうとしても工具がない。
料理を作ろうにも鍋がない。
生活そのものが止まってしまう。
すると横でユーコが言った。
「全部買う。」
「そうだな。」
非常に分かりやすい結論だった。
幸い、ポーション販売のおかげで村には多少の蓄えがある。
金はある。
物がない。
なら買うしかない。
「必要なものを全部書き出してくれ。」
そう言うと、村人たちは次々に要望を出し始めた。
鍬。
斧。
鋸。
包丁。
鍋。
釘。
馬具。
桶の金具。
鍛冶道具。
裁縫針。
鉄製品なら何でもだ。
一時間後、机の上には何枚もの注文書が積み上がっていた。
「……。」
俺は思わず苦笑する。
「これは買い物というより、村の再建事業だな。」
百年間止まっていた時間が、一気に動き出している。
そう考えると悪い気はしなかった。
するとハクが紙の束を覗き込んだ。
「おかいもの?」
「ああ。」
「いっぱい?」
「ものすごくいっぱい。」
ハクは嬉しそうに両手を上げた。
「はくもいく!」
「私も行く。」
ユーコも当然のように参加を表明する。
結局。
いつもの三人で隣町へ向かうことになった。
翌朝。
大きな荷車を用意し、俺たちは出発の準備を整える。
見送りに来た村人たちは口々に叫んだ。
「鍋を忘れないでください!」
「包丁も!」
「釘も!」
「鍬もお願いします!」
「斧も!」
「全部覚えてられるか!」
思わず叫ぶと、村人たちから笑いが起きた。
こうして俺たちは、百年分の不足品を買い揃えるため、隣町へ向かうことになったのだった。




