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真の優しさ

 翌朝、俺たちは、アレキサンダー家の屋敷を後にすることになった。

 朝の王都は静かだった。

 窓から差し込む柔らかな陽光が、屋敷の廊下を金色に染めている。

 玄関ホールへ向かう途中、ユーコが、再び足を止めた。

 視線の先には――初代皇帝アレキサンダー・カールの肖像画。

 昨日と同じ場所だった。

 ヨッシー公も、その意図を察したのか、静かに歩み寄る。

 ユーコはしばらく肖像画を見上げていたが、やがて小さく口を開いた。

「カールの言葉、伝える。」

 ホールの空気が静まる。

『十年前に今日を予測出来なかったように、十年後は誰にも予測できない。』

 ヨッシー公は真剣な顔で耳を傾けた。

『悲観すべからず。楽観すべからず。』

 その言葉には、不思議な力があった。

 ただ前向きなだけでもない。

 ただ慎重なだけでもない。

 未来を恐れ過ぎず、だが甘く見もしない。

 長い時代を生き抜いた者の実感が込められていた。

 ユーコは続ける。

『今日の勤勉は、一年後の糧となり。今日の享楽は、一年後の不幸を招く。』

 静かな声だった。

 だが、その場にいた誰の胸にも深く響いた。

 ヨッシー公はゆっくりと肖像画へ向き直る。

 そして。

 深々と頭を下げた。

「……必ず、この国を立て直してみせます。」

 その姿を見て、俺は少し安心した。

 この人なら大丈夫かもしれない。

 そう思えたからだ。

 屋敷の外へ出ると、冷たい朝の風が吹いた。

 結局、帰りは三人になった。

 俺。

 ユーコ。

 そして――

「はく、おなかすいた。」

 俺の袖を引っ張る、ハク。

 ランケは数日間、王都へ残ることになった。

 ヨッシー公との打ち合わせや、今後の体制づくりがあるらしい。

 その後、遺跡の村へ荷物を取りに来る予定だ。

 王都の門へ向かって歩いていると、不意にユーコが俺を見上げた。

「リク、寂しそう。」

「ん?」

「リク、優しい。」

 俺は苦笑した。

「優しくなんかないさ。」

「違う。」

「ただの弱虫だよ。」

 ユーコは首を傾げる。

 俺は少し空を見上げながら言った。

「本当に優しいやつっていうのは、何をされても傷つかない強さを持ってるんだ。」

「……?」

「傷つくってことは、相手に負い目を感じさせることだからな。」

 別れが寂しい。

 離れてほしくない。

 そういう感情は、結局、自分のためのものだ。

 ランケにはランケの人生がある。

 ようやく、自分のやるべきことを見つけたのだ。

 なら、俺が寂しがって足を引っ張る訳にはいかない。

 ユーコはしばらく考え込み――

「よく分からない。」

「だろうな。」

「でも、リク、優しい。間違いない。」

 ハクも真似するように頷く。

「りく、やさしいー。」

「お前らなぁ……。」

 確かに、ランケと離れるのは少し寂しかった。

 だが、俺のほうも、立ち止まってはいられない。

「……よし。」

 俺は歩き出した。

「帰るか。」

 王都の朝日が、三人の背中を長く照らしていた。


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