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返された首輪

 その日は、ドナルドが手配してくれた高級宿に泊まることになった。

「ふかふか。」

 ハクが、ベッドへ飛び込む。

「うわー!」

 ぼふん、と沈み込んだ。

「壊すなよ。」

「だいじょうぶ!」

 全然大丈夫そうではなかった。

 一方、ユーコは窓際に立ち、王都の夜景を見下ろしていた。

 無数の灯り。

 行き交う人々。

 遅くまで開いている店。

 遺跡の村とは、まるで別世界だった。

「……大きい。」

「ん?」

「人、いっぱい。」

 ユーコはぽつりと呟く。

「皆、生きてる。」

 リクは少し驚いた。

 神獣だった頃のユーコは、長い年月を孤独に過ごしていた。

 人間の文明を、遠くから見ているだけだったのだろう。

 だからこそ。

 こうして“人の営み”そのものに、不思議な感動を覚えているのかもしれない。

 翌朝。

 リクたちは、次期国王――アレキサンダー家の屋敷へ向かった。

 王都中心部にあるその屋敷は、没落したとは思えないほど立派だった。

 だが、近づくと分かる。

 壁の補修跡。

 古くなった装飾。

 手入れはされているが、金が足りていない。

 そんな空気があった。

「ようこそ、いらっしゃいました。」

 出迎えた執事が深々と頭を下げる。

「ご案内いたします。」

 屋敷の中へ入ると。

 正面ホールに、一枚の巨大な肖像画が飾られていた。

 金髪の青年。

 鋭い眼差し。

 王の風格。

 その人物を見た瞬間。

 ユーコが小さく呟く。

「……カール?」

 執事が一瞬、怪訝そうな顔をする。

 だがすぐに説明を始めた。

「こちらが、アレキサンダー家初代当主にして、この国の初代皇帝――『アレキサンダー・カール』様でございます。」

「……。」

「現在の当主、ヨッシー様は十五代目に当たられます。」

(こんな偶然あるか……。)

 リクは内心で頭を抱えた。

 ユーコが昔世話になったという“カール”。

 まさか、この国の初代皇帝だったとは。

 そっと隣を見る。

 ユーコは何も言わず、静かに首元のダイヤ付き首輪へ触れていた。

 その表情は、どこか懐かしそうだった。

 やがて応接室へ案内される。

 そして現れたのは――

「ようこそ。」

 予想よりずっと若い男だった。

 二十代後半くらいだろうか。

 服装も派手ではない。

 むしろ質素だった。

「私がヨッシー・アレキサンダーです。」

「リクです。」

 リクは少し拍子抜けしていた。

 もっと威圧的な人物を想像していたのだ。

 だがヨッシーは気さくに笑う。

「いやぁ、助かります。こんな急な呼び出しに応じてもらえて。」

「いえ。」

「正直、今のうちは人手不足でして。」

 開口一番、それだった。

「王位禅譲が決まったとはいえ、アレキサンダー家は長年没落していましたから。」

 ヨッシーは苦笑する。

「頼れる人間に、片っ端から声をかけている状態です。」

 ランケが真剣な顔で頷く。

「王家も楽ではないのですな。」

「ええ。」

 ヨッシーは肩をすくめた。

「役人は国から給料が出ますが、王家は違います。」

「……。」

「公領は与えられますが、基本的には私財で家を維持しなければならない。」

 なるほど、とリクは思った。

 王だから無限に金がある訳ではない。

 むしろ、権威を維持するための出費のほうが多いのだろう。

 その時だった。

 ユーコが突然立ち上がる。

「ヨッシー。」

「はい?」

「これ、返す。」

 そして。

 首につけていたダイヤ付きの首輪を外し、ヨッシーへ差し出した。

「……?」

 ヨッシーは最初、子供のおもちゃか何かだと思ったらしい。

 笑いながら受け取ろうとして――

「おっと……!?」

 予想外の重さに、慌てて両手で支える。

「こ、これは……。」

 空気が変わった。

 首輪に埋め込まれた巨大な宝石。

 そして精巧過ぎる細工。

 素人でも分かる。

 国宝級だ。

 ヨッシーの顔色が変わる。

「まさか……。」

 リクは一瞬で察した。

(やばい。説明しないと面倒になる。)

 咄嗟に口を開く。

「あー、ユーコの家系は、昔カール皇帝と関わりがあったらしくて。」

「え?」

「家宝として受け継がれてたそうです。」

 完全に即興だった。

 だが止まれない。

「な、そうだよなユーコ。」

「そう。」

 ユーコは普通に頷いた。

「元々この家のもの。返す。」

 嘘は言っていない。

 実際、カール本人から貰った物なのだから。

 ただ、事情が数百年ほど特殊なだけで。

 ヨッシーは震える手で首輪を見る。

「初代皇帝の……遺品……。」

 執事まで絶句していた。

 しばらく沈黙が続く。

 やがて、ヨッシーの目に涙が浮かんだ。

「ありがとうございます……。」

 その声は震えていた。

「アレキサンダー家は、長く没落していました。」

「……。」

「ですが、初代様は今でも見守っていてくださったのですね……。」

 ヨッシーは首輪を胸に抱く。

 その姿には、作り物ではない感情があった。

 権力欲ではない。

 家への誇り。

 責任。

 そして重圧。

 リクは静かに思う。

(……この人、案外ちゃんとした王様になるかもしれないな。)


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