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旅立ちの日

 世界樹の里に、春の風が吹いていた。

 長かった冬も終わり、森には柔らかな光が差し込んでいる。

 巨大な世界樹は、以前とは比べものにならないほど生命力に満ちていた。

 枝葉は青く輝き。

 風が吹くたび、森全体が歌うようにざわめく。

 その根元で。

 リクは静かに荷物をまとめていた。

「……本当に行くのですね」

 後ろから、エレナの声が聞こえる。

 振り返ると、里のエルフたちが集まっていた。

「まあ、ずっとここにいる訳にもいかないしな」

 リクは少し笑った。

 世界樹の治療は、ほぼ終わった。


 次に進む時だった。

 だが、胸の奥に、少しだけ寂しさがある。

 畑を耕し、エルフの子供たちと遊び、ユーコとくだらない話をして、毎日世界樹を治療した。


「リクー!」

 子供たちが駆け寄ってくる。

「もう行っちゃうのー!?」

「また畑やってよー!」

「お前ら、俺を完全に農家扱いしてるだろ」

 ユーコが横から頷く。


 すると、小さなエルフの少女が、そっとリクへ何かを差し出した。

「ん?」

 木彫りだった。

 不器用ながら、一生懸命削ったのが分かる。

 白狼の形をしていた。

「……ユーコ?」

「うん!」

 少女は嬉しそうに頷く。

「ありがとうのお礼!」

 リクは思わず笑った。

「そっか」

 受け取った木彫りは、少し歪だった。

 でも、とても温かかった。


 その時、エレナが静かに前へ出る。

「リク殿」

「はい」

 彼女は深く頭を下げた。

「あなたは、この里を救ってくださいました」

 周囲のエルフたちも、静かに頭を下げる。

「世界樹だけではありません」

 エレナの声は穏やかだった。

「私たちの心も、救われたのです」

 リクは少し困ったように頭を掻く。

「そんな大したことしてないよ」

「しました」

 エレナは微笑む。

「あなたが来る前、この里には“諦め”がありました」

 世界樹は衰弱し、結界は弱まり、未来は閉ざされていた。

「ですが、あなたは毎日、少しずつ世界樹を治療し続けた」

 毎日、諦めずに。

「その姿を見て、私たちは思い出したのです」

 希望を。

 前を向くことを。

 リクは何も言えなかった。

 自分では、そんなつもりはなかったからだ。

 ただ、できることをしていただけだった。


 それよりも、この一年で、変わったのは自分の方だと思った。

 前世では、ずっと将来が怖かった。

 自信なんてなかった。

 でも、ここでは違った。

 失敗しても、誰かが笑ってくれた。

 必要としてくれた。

 それが、嬉しかった。


 その時だった。

 ざわり、と世界樹の枝葉が揺れる。

 風が吹く。

 そして。

 黄金色の葉が、一枚。

 ゆっくりとリクの前へ落ちてきた。

「……!」

 エルフたちが息を呑む。

 エレナが静かに呟いた。

「世界樹の祝福……」

 葉は淡く光っていた。

 リクがそっと手に取ると、暖かな魔力が伝わってくる。

 まるで、

 “また来てください”

 そう言われた気がした。


 ユーコが小さく笑う。

「完全に気に入られてる」

「木に?」

「うん」

「なんかすごいな……」

 するとランケが感極まったように叫ぶ。

「うおおおお!! 素晴らしい旅立ちです!!」

「お前はなんで毎回テンション高いんだ」

「感動してます!」

 泣いていた。

 本当に涙もろい。

 皆が笑う。

 優しい空気が流れる。

 リクは改めて周囲を見渡した。

 美しい森。

 巨大な世界樹。

 笑っているエルフたち。

 ここはもう、ただの通過点じゃない。

 大切な場所だった。

「……じゃあ、行ってくる」

 リクがそう言うと。

 エルフたちは一斉に頷いた。

「また来てください」

「次はもっと長くいてー!」

「畑よろしくー!」

「だから俺は農家じゃねぇ!」

 笑い声が広がる。

 そして、リクたちは歩き出した。

 遺跡の村へ。

 背後では。

 世界樹の枝葉が、いつまでも優しく揺れていた。


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