世界樹の雫
世界樹の治療を始めてから、十一ヶ月が過ぎていた。
最初は黒く変色していた枝葉も、今ではほとんどが瑞々しい緑を取り戻している。
里の空気も変わった。
以前はどこか張り詰めていたエルフたちの表情にも、余裕が見えるようになっていた。
そして、今日もいつものように、
「《植物再生》」
リクが世界樹へ手を触れる。
淡い緑光が広がった。
ざわり、と巨大な枝葉が揺れる。
次の瞬間。
世界樹の幹が、淡く発光し始めた。
「……?」
リクが見上げる。
ざわざわ、と枝葉が揺れる音が広がった。
まるで森全体が歌っているみたいだった。
その時。
ポタリ。
小さな音が響く。
「え?」
世界樹の根元。
そこに、透明な雫が落ちていた。
いや、一滴ではない。
次々と、淡く光る雫が地面へ落ちていく。
「これ……!」
ユーコが静かに呟く。
「世界樹の雫」
リクは目を見開いた。
ぽたり。
ぽたり。
次々と生まれていた。
「なんで急に……?」
その時。
後ろからエレナの声がした。
「世界樹が、生命力を取り戻したのです」
振り向くと、エレナを始め、多くのエルフたちが集まっていた。
皆、信じられないものを見る顔をしている。
「これまで世界樹は、雫を生み出す余裕すらありませんでした」
長い年月。
瘴気に侵され続けていた。
生きるだけで精一杯だったのだ。
「ですが今は違います」
エレナは静かに世界樹を見上げる。
「世界樹は再び、“循環”を始めた」
その声はどこか感慨深かった。
エルフたちの中には、涙を流している者までいる。
「本当に……戻ったんだな」
リクも思わず呟く。
最初に来た時。
世界樹は苦しそうだった。
空気も重かった。
だが今は違う。
風が優しい。
森そのものが、生き返っているみたいだった。
すると。
ぽたり、と。
一際大きな雫が、リクの手の上へ落ちた。
暖かい。
まるで心臓の鼓動みたいな感覚が伝わってくる。
「……感謝されてる?」
「うん」
ユーコが頷く。
「世界樹、リクのことかなり好き」
リクは珍しく照れた。
そしてその夜。
エルフたちは盛大な宴を開いた。
「世界樹復活祭だー!」
「飲め飲めー!」
予想以上に騒がしかった。
「エルフってもっと静かな種族じゃないのか?」
「長生きだから、お祭り好き」
ユーコが果実酒を飲みながら言う。
確かに、皆すごく楽しそうだった。
リクは笑いながら、空を見上げる。
枝葉の隙間から見える夜空。
この一年。
色々あった。
だが。
ここで過ごした時間は、間違いなく意味があった。
その時。
リクの頭の中へ、ふいに声が響く。
《ありがとう》
「……え?」
周囲を見る。
誰も気づいていない。
だが。
世界樹の枝葉だけが、静かに揺れていた。




