新しい自分
次の日の朝、はじめてお箸でご飯を食べて満足な様子のユーコと部屋でくつろいでいると、早速セバスチャンから使いが来た。
「はじめまして、当主のギルバートです。」
「どうも、リクです。こっちがユーコです。」
クリスティーナはあれから熱を出してしまい、部屋で寝ているとのことだった。
「詳細はセバスチャンから聞いたが、命を助けて頂いた上、娘の傷まで治して頂き、ありがとうございます。」
「いえいえ、たまたま近くに居合わせただけです。」
「そうですか、ただ、セバスチャンもどのように治したのかまでは分からないと言うのですが、魔法か何かでしょうか?」
「それはちょっと・・・」
「これは失礼しました。恩人殿に不躾な質問してしまいたした。」
「いえいえ。気にしていません」
「そう言って頂くと助かります。ではこちらをお礼として受け取ってください。」
そう言って重たい袋を渡されたが、中には大金貨が100枚ぐらいは入っていそうだった。
------------------
この町は、想像していたよりずっと賑やかだった。
石造りの建物。
露店の並ぶ通り。
焼きたてのパンの匂い。
馬車の音と、人々の笑い声。
記憶を思い出す前に住んでいた世界とは違い、初めて“文明”らしいものを見た気がした。
「すご……」
リクは思わず周囲を見回す。
ユーコはそんな様子を見て、不思議そうに首を傾げた。
「都会、初めて?」
「まあ、こういう異世界っぽい町はな」
「変なの」
その時だった。
冒険者ギルドへ向かう途中、ユーコがぽつりと呟く。
「……珍しい」
「ん?」
視線の先を見る。
道端で、小さな露店を開いている少女がいた。
褐色の肌。
長い銀髪。
尖った耳。
どう見ても、リクの知識にある“ダークエルフ”そのものだった。
少女は地面へ紙を広げ、何かを描いている。
「マッチはいりませんか~」
声は出している。
だが視線はずっと絵へ向いたままだ。
商売する気があるのか怪しい。
リクは思わず苦笑し、近づいた。
「お嬢ちゃん、絵が上手いな」
「あ、お兄さん、ありがとう」
少女は顔を上げ、にこりと笑った。
その笑顔は驚くほど明るい。
リクがイメージしていた“ダークエルフ”とはまるで違っていた。
「絵を描くの好きなのか?」
「うん。大好き」
迷いのない答えだった。
少女は描きかけの風景画を見せてくる。
雨上がりの丘。
空にかかる虹。
さっきリクたちが見た景色だった。
「すげぇ……」
短時間で描いたとは思えないほど綺麗だった。
その時。
ふと、リクは前世の知識を思い出す。
ダークエルフ。
この世界では、人間から嫌われやすい種族。
本来、彼らは“主の幸福”を何より優先する。
だが、その考え方は時に人間には理解されない。
裕福な主人が破滅する未来を見れば、わざと財産を失わせることもある。
目先ではなく、本質を優先する種族。
だから欲深い人間たちには恐れられ、利用され、奴隷として扱われることも多かった。
だが、目の前の少女には、そんな陰りがほとんどなかった。
「この町、好きか?」
リクが聞くと、少女は嬉しそうに笑った。
「うん。大好き」
「どうして?」
少女は少し考え込み、それから言った。
「だって、神様が造った世界なんだから」
その答えに、リクは目を瞬かせる。
「嫌いになったら、神様ががっかりするでしょ?」
少女は笑う。
「私、自分の絵を貶されたら悲しいもの」
その瞬間。
リクの胸に、何かが刺さった。
――お前は何をしている?
前世の自分が頭をよぎる。
毎日働いて、疲れて、愚痴を吐いて、誰かのせいにして、世界なんてクソだと思っていた。
だが、この少女は違う。
世界そのものを、ちゃんと好きだと言った。
それが、どれだけ凄いことか。
「……そっか」
リクは空を見上げる。
青空だった。
異世界へ来てから、ずっと余裕がなかった。
生き残ることばかり考えていた。
でも、せっかく異世界へ来たのだ。
だったら、もっと自由に生きてもいいんじゃないか。
リクは小さく笑った。
「……よし」
「?」
少女が首を傾げる。
リクはゆっくり言った。
「決めた」
「何を?」
「俺、もう一度、冒険者登録して、この世界でちゃんと生きる」
時には誰かを助けながら、自分の見たい景色を見て、自分の意思で生きていく。
前世のためでも、神様のためだけでもない。
自分自身の人生として。
ユーコが隣でじっと見ていた。
「……顔、変わった」
「そうか?」
「前より、生きてる顔」
少し照れ臭かった。
リクはダークエルフの少女へ銀貨を置く。
「マッチ全部くれ」
「えっ!? 本当に!?」
「あと、その絵も」
「こっちはまだ描き途中!」
「完成したら見せてくれ」
少女はぱあっと笑顔になった。
「うん!」
その笑顔を見ながら。
リクは少しだけ思った。
この世界、案外悪くないかもしれない――と。
後に、旅の絵描きとなった一人のダークエルフが、行く先々で奇跡のような景色を描き続け、“神に愛された絵描き”と呼ばれるようになるのだが、それは、また別の話である。




