第3話 コンビニが、閉まって……!?
この国のことを、知らねばならない。
すっかり陽が昇ってしまった、明るいキッチン。
青年はひとり食器を洗いながら、思った。
隣の部屋では、騒音レベルのいびきが轟いている。
社会王国と社不王国は、あまり違いがないように思えた。
言語は通じるし、時差はなく、季節や建物も同じ。アパートの近くには、見慣れたコンビニとスーパーがある。
この国に来たばかりの青年にとって、社不王国とは、隣県のような認識だった。
そう、五秒前までは。
「……コンビニが、閉まってる」
ドアに貼り付けられた『ダルい』という文言に、力なくマイバッグを落とす青年。
「ダルいからお店を閉めるって……」
そんなんじゃあ、仕事が出来ないだろう。
仕事なんて常にダルいのだから。
青年は眉を寄せ、首を傾げる。この国の人間は、どうやって生きているのだろう。
「これは落とし物? それともワタシへの恵み物?」
「うわっ」
足元で声。予想外の出来事に、青年はバランスを崩して尻もちをついてしまった。
アスファルトに打ち付けられた尻が痛い。尻をさすっていると、目の前の人物──褐色肌の少女が、くすくすと肩を揺らした。
「恵み物ってことにしておくね」
「そ、れは……困ります」
「! 敬語だ」
少女が目を見開く。そして、握ったマイバッグをくしゃくしゃにしながら、「ねえ!」と青年に近づいた。
突然の大声。突然の接近。思わず、青年の息が止まる。少女は鼻の先が触れそうなくらいに距離を縮めると、瞳を輝かせて言った。
「お前、まだ社不王国に来たばっかでしょ!」
「え、まあ……」
「社会王国の人だ!」
「? はい」
「おおお!!」
少女が鼻息を荒くする。素早く立ち上がると、もう抑えきれないといった様子で困惑する青年に「こっちおいで」と足踏みをした。
「マイバッグ返してください」
「くれたんじゃないの?」
「落とただけです」
「えー」
あからさまに残念そうに口角を下げる少女。
魚のデフォルメイラストが小さく印刷された、なんの変哲のないマイバッグだが……少女は手放すのが惜しいのか、両手でぎゅっと握る。
だが、マイバッグに注がれていた視線が、急にコンビニのドアの右上に設置された監視カメラへと移った。
数秒間カメラを見つめて動かない少女。冷たい風が、青年と少女の間を通り抜ける。
「……まあ、いいや。返してあげる」
少女は、小さくため息を吐く。
そして、青年にマイバッグを差し出した。遅れて、青年はそれを受け取る。
「ありがとう、ございます……?」
「早く入って! ここだと色々気になる」
監視カメラのことだろうか、と青年はきょとんとした表情を浮かべる。しかし、少女に急かされて渋々コンビニの中に入ることにした。
店内では楽しそうなBGMが流れていて、お客さんが数人、買い物をしている。社会王国とまったく同じ光景に、「おお」と息を吐いた青年だったが──ここでふと、我に返った。
「コンビニ開いてるんですか!?」
カウンターに向かっていた少女が、面倒そうに青年の方を振り返る。
「開いてるに決まってるでしょ。
『ダルい』としか書いてないんだから」
青年はゆっくりと、天井を仰いだ。
ツッコみたいことはあった。休業しないなら変な張り紙をするなとか、ダルいなんて書くなとか、言いたいことは他にもあった。
だが。
「アタシ、なにか間違ってること言ってる?」
「……いえ」
青年は結果として何も、言い返せなかった。




