第2話 NO
掛け時計の秒針に見守られる、午前五時。
窓の外とリビングの明暗の差は大きい。青年は、天井のシーリングライトを見上げると、恨めしそうに目を細めた。
「なに、変な顔して」
「……別に」
声をかけられ、オムライスを頬張る女を見つめる青年。その目つきは柔らかく、眉はハの字に下がっている。青年は、他者を睨む術を知らない。
口いっぱいに詰め込んでいるせいで、女の口の端にはケチャップがついていた。自分より五歳も年上なのに、なんてだらしがないのだろう……と、青年は内心でため息を吐く。こんな二十五歳にはなりたくない。
青年の表情を見た女は、「あんま見ないで。食事中なんだから」と眉を寄せて、不機嫌を露わにした。
いったい何が気に障ったのか、青年には分からない。しかし「僕は睡眠中だったんですけど」とは言い返せない。喧嘩は善くないことだからだ。代わりに、角が立たない言葉を探す。
「もう寝ていいですか」
「だめ」
女は一蹴した。
オムライスを口に運ぶ手は止まらない。
「どうしてですか」
「孤食はよくないんだってさ」
「……そんなの、大して気にしてないくせに……」
と言いながらも、青年の心は自室から離れつつあった。
孤食対策は、青年の家庭でも徹底して行われていたことだ。それを盾にされてしまえば、逆らう気は起きない。
顔を歪めた青年は、ゆで卵をかじる。
「女々しい朝食」と女が笑ったが、青年は無視した。こんな時間に腹など減るわけがない、と内心でため息を吐きながら、口の中でほろほろと崩れる黄身を味わう。
「……今日って、なにか予定とかありますか」
「夕方まで寝るけど」
「昼夜逆転……。じゃあ、起きてからは?」
「未定。それが、なに?」
女の鋭い視線が、青年を射抜く。
静かに固唾を飲む青年。こういう時、女は相手の真意を探るような視線を隠さない。まるで肉食獣を相手にするような気分で、青年は握りこぶしに力を込める。
「僕に、この国のことを教えてください。
朝っぱらからご飯を作ってあげたので、そのお礼に」
青年の言葉に、女の最後の一口がぴたりと止まる。
しかし返事はなく。再度止まった手を動かした。スプーンに乗ったオムライスが、女の口の中へと消えていく。
しばらく、満足そうに「んん」とオムライスを堪能する女。
青年が痺れを切らす寸前で、ようやく女は青年へと向き直った。
「嫌だ」
「……は?」
ケロッとした顔が、青年の神経を逆なでする。
この時の感情を、青年はのちに『殺意』と語った。




