第1話 苛烈な目覚め
社会不適合者の国がある。
それは、社会王国という旧日本国の領土の一部を占領した小国だ。
社会王国と社不王国。
一見すると仲の悪そうな両国だが、
意外にも争いが起きたことは、一度もないという。
◇
午前四時。
とある青年が、アパートの一室で眠っていた。安らかな寝息は、聞いている者の悪意を消し去りそうなほど健やかで、愛らしい。
普通の人間であるなら、きっと彼を起こすことに抵抗を抱くのだろう。
だが、彼女は違った。
女はキャミソール姿のまま、覚束ない足取りで乱暴に部屋の扉を開け放つ。
整った顔。穏やかな寝息。そんなものは、女にとって取るに足らない。
なぜなら女は、猛烈に腹が減っているのだから。
「もう朝だよー! 起きろ青年!」
突然の大声。反射的に顔をしかめた青年。ぎゅっと握った布団を、女は容赦なくはぎ取ってしまう。
「起きろってば、ご飯作る約束でしょ!!」
「……早すぎ……です」
「遅すぎなんだよ!!」
女が部屋の電気をつける。
背を丸めようとした青年の腕が、乱暴に引っ張られた。
「簡単な料理でいいから! オムライスとかさ」
「オムライスは……簡単じゃない」
「ハンバーグは?」
「難易度上がってます……」
料理を知らない女の発言に、青年は寝ぼけながらも若干イラついていた。
目元がぴくぴくと痙攣する。自分はなぜ、こんな早朝に叩き起こされて、ご飯をねだられているのだろう……。
簡単だと思うのなら自分で作ればいい。
と、言わないのが最後の理性だった。
だが、女はとっくの昔に理性を失っている。
そもそも空腹に耐えかねてここにいるのだ。青年が起きる時間まで、待っていられるわけがない。
煩わしそうに自身のプリン頭を掻く女。
青年の腕を引っ張る力が、更に強まる。「痛い」とうめく青年。女は構わず続ける。
「つべこべ言わないで、早く起きて!
アタシはお腹が空いてるんだから!」
ぷつん、と。
青年の堪忍袋の緒が切れた。
「二度と朝帰りしてくんなッ!! この夜遊びお姉さんが!!!」
額に青筋を立てて怒鳴る青年。
部屋中に響いた声が消える頃、目を見開いてかたまっていた女がまばたきをした。
しばらく、見つめあう。
「ぷっ」
女は吹きだした。
そして、指をさして青年に言う。
「『このお姉さんが』だって! 生真面目だから、人を馬鹿にするときも言葉がきれいなんだねー。かわいー」
「うっ、うるさい!! 僕だって言おうと思えば罵詈雑言吐けるんだぞ!!」
「どうぞ?」
「……っば、ばぁか……!」
またしても女を笑わせてしまった青年。
青年は、口を引き結んで、全身を震わせていた。普段から汚い言葉など絶対に使わないのだが、こうも馬鹿にされると、男として猛烈に情けない気がしてならない。
寝起きと恥ずかしさで回らない頭を、必死に回転させる。
女より優位に立ちたい。
ただ、その一心で。
「女性相手だから、手加減してあげてるだけ……です」
絞り出した答えだった。
だが、女は「あー、はいはい。そういうことにしとこ」と片手であしらう。
「僕は本気ですから!」
「もういいから。ムキになるなって」
「こんな不名誉なこと言われて引き下がれるわけが──」
どんっと、青年の頬の真横を女の手が叩く。
鋭い瞳に射られ、青年は思わずひゅっと喉を鳴らす。
そして、女が言った。
「早く、黙って飯作れよ」
その表情は先ほどとは打って変わり、怒気をはらんでいた。




