8 悪役令嬢は日本で就職する
サイカトリーから三つ離れた国、ヒスターニア。その王都の端にある、小さな農園。日本で仕事が決まるまでは、とりあえず、農園内にある教会の一室を借りて暮らすことになった。教会というのはサイカトリーにはなかった。これはヒスターニアの教会なのだろうか。
西洋の教会のような外観。外からは礼拝堂とあと数部屋しかなさそうに見える。それなのに、中はめちゃくちゃ広い。廊下にドアがぎっしり並んでいて、百人以上住めるようになっている。借りたのはその中の一室。入ったときは一階だったのに、窓から見える景色は二階くらいから眺めたようだ。まるで異次元…。いや、本当に異次元なんだろう。
俺は一応女ということで、部屋は女性向けの家具がそろえてあった。でも、公爵令嬢セディールですら使ったことのないような天蓋付きのお姫様ベッドや、この世界では手に入らないような純度の高い鏡。ウォークインクローゼットやシャワールーム。そして、温水洗浄機付き便器!これは異世界で女に転生した俺がずっと欲しかったチートアイテムだ!そうか、日本に行けるってことは日本から仕入れてきたのか?いや、魔道機械が使ってあるぞ?この場所はいろいろと異次元だな…。
今日はこの部屋で寝るんだ。広いシャワールームに一人。大きなベッドに一人。いつも密着していた二人がいない…。毎週王都邸で一人で寝ていたのにおかしいな…。二人はどうしてるだろう…。いいんだ。彼女らは俺の都合にいいように振る舞うだけのゲームキャラだったんだ。
この場所に瞬間移動させられたときはネグリジェだったから着るものがなかった。それをあいかさんに言ったら、突然空中に何着かのワンピースが現れた。あいかさんは自分が着ているようなワンピースだ。瞬間移動の魔法で、どこかに置いてあったものを持ってきたのだろうか…。
ちなみに、あいかさんは俺に日本語で話しかけてくれるが、この農園ではヒスターニア語が使われている。ヒスターニアはサイカトリーから三千キロくらい離れているにも関わらず、ヒスターニア語とサイカトリー語の差は、三つとなりの都道府県の方言の差くらいしかなくて、サイカトリー語でも十分通じた。
あいかさんに外見を変化させる魔法を教わった。光魔法の方は自分を変化させることしかできないけど、闇魔法の方は他人も変化させられるらしい。
身体を全体的に大きくする魔法はもともと知ってたけど、身体の部分ごとに大きさを変える魔法があったなんて。
もちろん、最初に試したのは
「胸を大きくする!」
Gカップだった胸はIカップまで大きくなった!というか苦しい…。服を脱いでからにすればよかった…。でも…、五年も経って見慣れたと思ってたけど、このはち切れそうなほど大きい胸、すごくいいな…。そういえば、あいかさんもさくらさんもLカップくらいあったな…。みんな外見変化の魔法で大きくしてるんだな。
胸を大きくするは異世界語なんだけど、なぜか他の外見変化の魔法は日本語らしい。基本的に自動詞は光魔法で、他動詞が闇魔法。くびれさせるとか美尻にするとか、けっこう適当な言葉を言っても認識された。まあ、くびれとか美尻とかすでに全部揃ってるしいらないかな。
目を細くするとか、顔の堀を浅くするとか、鼻を低くするとか、なんでそんな魔法があるんだって感じだが、それらを駆使して日本人の綾瀬香に近い顔を作った。うーん、この体型に男の顔はあり得ないから、もう少し女っぽくしよう……。そうしたら、妹の顔に近くなった。俺の妹…、どうしてるかな…。
あとは身長。十五歳なのに、すでに一七五センチもある。日本人としてはでかすぎる。これは、既存の小さくするの魔法で一五五センチに調整。身長だけじゃなくて幅も厚みも変化するから、かなりスレンダーになった。スレンダーな割にはお尻は比較的大きい。でも胸は一緒に小さくなってしまったので、再びIカップに調整しなおし。
身長を一五五にしたら、声も高くなった。十歳の頃に戻った感じだが、十歳ですでにけっこう大人っぽい声だったからこれでいいや。それから、小さくするの魔法は、身体が小さくなるぶん、筋力も落ちる。まあ、なんとかなるかな。
髪の毛が黒すぎるけど、これでまあ日本人に見えるようになったかな。さようなら、美しいセディール。っていっても、ここには美人しかいないみたいだし、異世界にいるときはいつでも戻れるんだが。
で、身長を変えてしまったので服が合わなくなったから、あいかさんに相談しにいったら、また空中にワンピースが何着か現れた。ネグリジェや下着も出してくれた。前のやつもそのまま持っていていいって。服はどれだけ用意があるんだろう…。
そういえば、日本で働くんだから、サイカトリー風のワンピースじゃなくて、日本の衣服がほしいと言ったら、それも空中にぼんぼん現れた。その中にズボンがあったから、いらないと言ったけど、出しちゃったものはいらないからと押しつけられた。せっかく女になったのだから、男でもできる格好はしたくなくて、ズボンに拒否反応があって…。
一五五センチ用の服の中にはミニスカートもあった。学園で当たり前のようにパンチラしていたのが懐かしい。つい二日前のことなのに…。でも日本でパンチラはまずいか…。ギリギリを攻めて行こう。
それから、魔力消費をほぼゼロにする魔法も教わった。そんなのありかよ。酷いチートだな。でもそれがないと日本では魔法を使えないらしい。魔法は周囲に魔素というものがないと使えないのだが、日本には魔素がないらしくて、濃い魔素を自分の周囲に持ち運ぶことで魔力消費をゼロにしているのだとか。魔素って物理的には動かせないって授業で習ったんだが…。
大きくするの魔法とか、闇属性適性最強と歌われていた俺でさえ一時間も魔力がもたなかったけど、魔力消費ゼロならいくらでも使えるな。外見変化の魔法もかけっぱなしで忘れてしまいそうだ。
もっと酷いチートがあった。エンチャント回復…。エンチャントアイテムの持続時間を無限にできるらしい…。だから光魔法も闇魔法も使えない人は、外見変化の魔法をエンチャントしてもらっているらしい。
エンチャント回復は聖魔法と光魔法の混合属性魔法なので、俺には使えない。その代わり、エンチャント回復をエンチャントしたダイヤをたくさんもらった。なんだか至れり尽くせりだな…。もちろん、この宝石は売っちゃダメと言われた。
これだけチートをいっぱい教えてくれるあいかさんたちは、本当に神じゃないんだろうか。
他にも、念動の魔法とか、瞬間移動の魔法とか、異次元空間を作るストレージの魔法とか、いろいろ教わった。
念動魔法の応用で、無重力ブラジャーという魔法も教わった…。何その魔法…。でも、Iカップにして肩が痛くなりそうだったのが、重量感や揺れ具合を保ったまま無重力になった。これは、教えてもらった魔法の中でいちばんチートかもしれない…。
念動魔法にはさらに応用があって、水分子から水素原子を移動させて酸素を作ったりできるらしい。実はダイヤも念動を使って二酸化炭素から炭素だけ取りだして、ダイヤの構造に並び替えることで作れるらしい。なるほど。高校物理や化学を知っていれば、けっこういろんなものが作れるな。でも、貴金属を作ってそのまま売る商売は、ヒスターニアでも日本でもやっちゃダメだと言われた。
こうして、新しく日本で生活するための準備を整えて、今日は旅館で初仕事。あいかさんに案内されて教会の地下の廊下を通って扉を開けると、やや和風な作りの廊下に出た。そして階段を上がると、やや和風の旅館のロビー。
まず最初に確認したのがカレンダー。二〇八四年。俺が死んでからセディールに転生するまで、とくにブランクはなかったらしい。
「恵子さーん。おはようございまーす」
「あいかちゃん、おはよう!」
恵子さんと呼ばれた人は二十代…、に見えるけど、実際のところどうだか分からない。外見変化の魔法の中には、しわを取るとかたるみを取るとかもあったし…。
ここの従業員たちはみんな美人ばっかり。光魔法に外見変化魔法をエンチャントしてもらったアイテムを身につけてるらしい。そうだよな。日本人がそうそう魔法を使えないよな。あ、でも召喚者もいるっていってたな。召喚者は魔法使えるのかな。
従業員は魔法の存在を知ってるらしいけど、客には絶対に魔法の存在を知られてはならないとのこと。でも、これだけ美人の巨乳ばかりで、魔法の存在を疑われないもんだろうか…。温泉に回復効果とかもあるらしいし…。
周りの人が何歳か分からないように、俺が元男だと知っているのは、面接のときにいた三人だけで、他の人には知らせてないでくれている。俺も、顔の変化の魔法は、もうエンチャントしちゃおうかな。
「あなたが香ちゃんね。ようこそ」
「綾瀬香です。よろしくお願いします。」
「日本人に見えるように顔を作ってるって言ってたわね。でもね、その胸はダメよ。仕事中はGカップまでって規則があるの。あと、外に出歩くときも日本人として現実的なサイズにしておきなさいね。それ以外はPでもZでも好きにしていいから」
「は、はい…」
Z…?
「じゃあ私は帰るわね。よろしくお願いします、恵子さん」
「鍛えるわよ!」
恵子さんは俺に旅館の仕事を教えてくれることになっている。恵子さんは女将を引退したから暇らしい。引退って、いったい何歳なんだ…。
「今日はもう一人来ることになってるのよ。遠い親戚の子なんだけど、肉親が誰もいなくなっちゃって、可哀想だから引き取ることにしたのよ」
「魔法を知られてもいいんですか」
「一緒に住むんだからばれないはずないでしょ。あいかちゃんにも許可をもらってるわ」
「なるほど」
「ほら、来たみたいよ」




