暗躍する者たち50
だが最後のアシュラが突然何かを思い出して、中に入る前に声を上げながら足を止める。
「あっ!ちょっと待ってて。」
そして慌てて反転すると、自身が入っていた保存カプセルへと向かう。
戻ってくると、先程は持っていなかった袋を一つ背負っていた。
「待たせたな。
行こうぜ。」
その姿を見て、ツクヨミが何か言おうとする。
「アシュラ、それは・・・」
だが最後まで口にする前に、アシュラが言葉を重ねて遮る。
「一応の保険だ。」
それ以上はツクヨミも何も聞かず、再びアイの後を追いかける。
先に入っていたアイは途中で待っていたが、三人が近づいて来たのを確認して、何も言わずに再び部屋の奥へと進む。
そのまま途中の部屋を全て無視して一番奥の部屋のドアを開け、全員が中へ入った。
最後にアイがドアを閉めると、前置き無しで本題に入る。
「改めて条件をお伝えしますが、制限時間は一時間、残り時間はそちらに常時表示されます。」
アイが視線を向けた先には、現在残り時間が一時間で止まっている時計があった。
「ずいぶんと親切だな。」
「不正を疑われては困りますからね。」
「なるほど、保身のためか。
だがその心配は無い。
余裕をもって終わらせるからな。」
そう主の女性が自信に満ちた表情で言ったが、アイは軽く答えただけで話を先に進めた。
「そうですか。
さて、制限時間内であれば何をしても構いません。
条件を満たすか、制限時間になった時点で終了となります。
準備はいいですか?」
「いつでも構わん。」
アイの態度に主の女性も気にした様子は無く、これからやることに意識を集中しているようだったので、余計なことは口にしなかった。
「開始の合図はいりますか?」
「では頼もうか。」
「わかりました。
それでは・・・はじめ!」
アイの開始の合図とほぼ同時に、二人の右手首の契約の証が灰色に変わる。
主の女性は慌てることなく、その変化を確認してから、まずは落ち着いた口調でツクヨミとアシュラに話しかける。
「ふむ、どうやら問題無くはじまったようだ。
さて、どうするか?」
主の女性の問いかけに、ツクヨミが最初に名乗りを上げる。
「僭越ながら、ここは戦闘能力が一番劣る私から試させていただいてもよろしいでございますか?」
「いいだろう。
どれくらい必要だ?」
「まずは三分ほどお時間をいただいてもよろしいでございますか?」
「いいだろう。
遠慮はいらん。
好きにやってみろ。」
「ありがとうございます。
それでは、参ります。
・・・はっ!」
ツクヨミは近くの壁まで歩いて近づくと、まずは軽く力を入れて右手で殴ってみる。
しかし壁は傷一つ付かずに、何の音も響かない。
すぐその違和感に気付くと、ツクヨミは何かを確かめるように壁を触る。
その後、壁から距離を取ると、今度は助走を付けて勢いよく壁を右手で殴る。
「これは・・・そういうことですか。
でしたら、今度は・・・はっ!」
だが先程と同様に壁には傷一つ付かず、殴った際の音も一切響かなかった。
そのまま再び確認をするかと思われたが、ツクヨミは動きを止めることなく、今度は連続で殴り続ける。
二分ほど経過したところで突然殴る手を止め、ツクヨミは主の女性の前に一度戻り、跪いてから口を開いた。
「ご報告させていただいてもよろしいでございますか?」
「聞こう。」
「ありがとうございます。
まず壁についてでございますが、申し訳ございません。
解析を試みましたが、何一つ判明いたしませんでした。
また過去に一致する記録どころか類似する情報も一切無く、新たな未知の素材や構造が用いられているようでございます。
直に触れた感じでは、高硬度であることは間違いないと思われます。
しかしそれだけでは無く、他にも何か潜んでいるようにも感じたのでございます。
ただ、その特徴の一つは判明したと思われます。
おそらく、あらゆる外的衝撃を吸収してしまわれる、と推測いたします。」
「ご苦労。
あらゆる外的衝撃を吸収、か・・・確かに、ツクヨミが殴った際の衝撃の余波どころか、音すらこちらには一切聞こえてこなかったからな。
ツクヨミの推測は概ね合っているのだろう。
アシュラはどう思う?」
「私が見たところ、ツクヨミの攻撃エネルギーは殴った場所に集中していたよ。
でもすぐに壁全体に広がって吸収と分散をしながら奥に消えていったんだよね。
こんな材質の壁、正直訳がわかんないよ。
でも一つ気になる点として、攻撃エネルギーはいったい何処に消えたんだろう、ってとこだね。
まさかエネルギー保存の法則を無視して消滅した、なんてことは無いと思うんだけど。」
「攻撃のエネルギーが消滅したのでは無いのであれば、どこかに保存されているはず、ということだな?」
「そういうことだぜ。
であればだ・・・」
「必ず保存可能なエネルギーの許容量上限がある、だろうな。」
「ご名答だ、主。
ならば攻略方法の一つは判明だ。
ひたすら攻撃を行って許容量上限を超えさえすれば、行き場を亡くした攻撃エネルギーによって内側から崩壊されるはずだ。」
「私も同意見だ。
未知の壁とはいえ、攻略方法がわかってしまえば、いささか物足りぬな。
ならば余った時間を有効活用するのも一興か。
ツクヨミ、時間をかけずに正面から突破することは可能だと思うか?」
「まだ推測の域を出ませんが、そちらもおそらくは可能でございます。」
「その方法を聞こうか。」
「承知いたしました。
衝撃が吸収される際にも、瞬間的なエネルギー許容量上限が存在するはずでございます。
仮にそうであれば、更に狭い範囲へ集約しました攻撃が有効でございます。
例えば、斬撃や刺突などで攻撃エネルギーを一点に集約するのでございます。
これにより壁の瞬間的な衝撃吸収能力を上回ることで、傷付け破壊することが可能と推測いたします。」
「なるほど、いい推測だ。
であれば、まずは後者の方を検証するか。
仮に失敗したとしても、攻撃エネルギーの蓄積はされるはずだからな。
そのまま続けて前者の検証へ速やかに移行できるはずだ。
しかしそうなると武器があった方がよかったな。」
無い物ねだりのつもりで思わず口にした主の女性だったが、待ってましたとアシュラが背負っていた袋を下ろした。
「こんなこともあろうかと、これを持ってきて正解だったね。」
「それは何だ、アシュラ?」
「こいつは、神袋ブラフマー、だぜ。
使い方は、今の状況を思い浮かべながら手を突っ込んで・・・良い物出ろ、良い物出ろ、ってすると・・・出た出た出たぜ!
いきなり当たったぜ!」
そう言って袋から出したアシュラの手には、あきらかに入らないであろう大きさの弓が握られていた。
「弓、だな。」
「これは神器、神弓ガーンディーヴァ、だ。
攻撃力だけなら上位に入る武器だ。」
得意げに説明するアシュラに、主の女性は袋のことは一度忘れて、素朴なごく当たり前の指摘を口にする。
「だが矢が無いな。」
するとアシュラは実際に試して見せた。
「問題無いよ。
こうして弦を引けば・・・」
アシュラが弓を構えて弦を引いて射る体勢になると、そこに物質化した矢がつがえた状態で現れた。
「・・・行くぜ!」
そのまま弦にかけていた指をアシュラが離すと、矢は勢いよく壁に向かって射られる。
しかし矢は壁に当たったところで突然勢いを失い、刺さることなく床に向かって落下し、そして落ちる前に消えてしまった。
それを見届けてからアシュラが補足を付け加える。
「・・・と、こうなるわけだ。
利点としては、矢を携帯する必要が無いので矢筒が不要だ。
また矢は役目を終えると自動的に消えるので、回収の手間も無く、逆に敵に利用されることも無い。
他にも矢は、実体の無い物からあらゆる属性を付与したものまで、さまざまな効果を持つ物が精製可能だ。」
「なるほど。
つまり、その袋、確か、神袋ブラフマー、だったか。
その中にはさまざまな神器が入っていて、使用者の状況に合わせて最適な神器を選んでくれる、というわけか。」
「そういうことだよ、主。
補足すると、この神袋ブラフマーは、私かツクヨミしか中から神器を取り出せないんだよ。
ただ取り出した神器自体は使用権限を一時的に他者へ貸し出すことができるから、主が使用することも可能だよ。
そして誰にも貸し出さずに取り出した者の手から離れると・・・」
そう言ってアシュラが弓から手を離すと、先程の矢と同様に、床に向かって落ちる途中で消えてしまった。
「・・・とまぁこんな風に消えるわけだぜ。
実際には神袋ブラフマーが量子化して回収し、中に戻ってるみたいだぜ。」
「自動回収機能というわけか。」
「それだけではなく、神袋ブラフマーの中に存在する間、神器の破損の修復も自動で行われるようだ。」
「神器のメンテナンス機能まで付いているのか。
さながら携帯が可能な神器の工房だな。
それも彼女が作ったものか?」
「そう、作ったのは創造主だよ。
でも神袋ブラフマーができるのは、神器を元の状態に戻すだけなんだよね。
取り出せるのも既に中に入っている神器だけだし。
だから神器の改良とか、新しく開発なんかはできないよ。」
「さすがの彼女もそこまでの機能は持たせられなかったわけか。
だがそれでも、無数の神器を内包し、それを管理維持できるという破格の性能を持つのは、相手にとって脅威だろう。」
「だけど問題が無いわけじゃないんだぜ。
必ずしも望んだ神器が出るわけじゃねーんだ。
場合によっては、使う用途が合ってない訳がわからねー神器が出る場合もあるんだぜ。」
「それは、取り出す際の伝達ミスによるもの、ということか?
使用者が内包する神器を把握しているのであれば、望む神器を指定して取り出せるようにすればいいだけだと思うがな。
何故そうなっていないのか疑問だ。」
「まったくだ。
これについて創造主曰く、組み込まれた戦術解析機能による武器選択の自動化と最適化、それと試しとして少しの遊び心、だそうだ。」
「つまり、まだ完成品ではなく試作段階だった、というわけか。
それならば、少しの遊び心というのは、いかにも彼女のやりそうなことだ。
まったく、彼女らしい・・・」
そう言って主の女性は、懐かしむように過去の思い出へと浸っていたのだった。




