暗躍する者たち43
そんな主の女性の気が変わらない内に、アイは話を先に進めることを優先する。
「では納得していただいたところで、話を戻します。
改めてユダという人物像についてです。
意図的な表の顔は、無能で性格が悪く上司に媚びへつらい部下を道具として扱う最低の人物、です。
本来の姿は、一つだけ特異な能力を持つ馬鹿で性格が悪くプライドだけが異常なまでに高い最低の人物、です。
これを紐解いていくと、次のようになります。」
「ユダは欠陥を抱えた完全記憶能力を隠すことで無能を装っていました。
しかし実際には能力の欠陥によって一度忘れたことを覚えられず、それを深く考えない馬鹿です。
つまり、欠陥を欠陥とは一切思っておらず、能力を隠していたのは密かに愉悦に浸るためだったわけです。
自分は誰よりも優秀なんだ、と。」
「またユダが上司に媚びへつらい部下を道具として扱うのは、内心ではどちらも自分よりも下に見ているからです。
少しおだてれば上手く利用できる馬鹿な上司。
逆に強い口調で命令すれば優秀な自分の言うことを聞くしか能がない馬鹿な部下。
そう思い込んでいるため、相手が自分をどのように思っていても一切興味は無く、ユダにとっては蔑みの対象でしかありません。
その根幹にあるのは、ユダの異常なまでに高いプライドによるものです。
本人は至って真面目に、世の中で誰よりも自分が一番だと本気で思っているんですよ。」
「最後にどちらにも共通している、性格が悪く、と、最低の人物、についてですが、これはあえて言うまでもないでしょう。
一切深読みする必要の無い、そのままの意味ですから。
これがユダに関する真実です。
どうです、性格が悪いのはどちらも変わりませんが、確実に意味は違っています。
ここまではいいですか?」
アイの説明を聞き、主の女性が自分なりの解釈でまとめる。
「つまりユダは、無能を装っているものの、実際は自身が有能だと勘違いしている無自覚な更なる無能馬鹿、ということか。
しかも自身の内で立場が上と勘違いさえできれば恥も外聞も一切気にしないとは、ある意味たちが悪くやっかいだな。
これはユダに対する評価を更に何段階か下げつつ、逆に脅威度を何段階か上げる必要があるな。」
この主の女性の解釈にアイも同意する。
「貴女も言いますね。
でも全くもってその通りなんですよ。
しかしこのユダの本質を正確に理解していないと、相対する者にとっては表向きただの無能として扱ってしまいます。
ですが実際には、それに輪をかけた更に上の無能による突拍子もない策だと気付かないと、ただの無能の策に対する対応方法では僅かに違ってきます。
その僅かなズレが、大きな結果の違いを生むことがあるのです。」
「その所為で彼女も嵌められたということか。」
「そういうことです。
それは彼女の現状を考えれば一目瞭然です。」
「確かにな。
今後ユダについては認識を改めよう。
そうしなければ、今度は私自身が足をすくわれそうだ。」
主の女性が納得したようなので、アイは次の解説へと進める。
「そうしてください。
そしてこのユダの本質を踏まえた上で、他人が準備した計画や必要なものを全てそのまま使用すると思いますか、ツクヨミさん?」
突然話を振られたものの、ツクヨミはこれまでの話から既に自分なりの考察をしていたようで、考えることなく即答する。
「答えは、いいえ、でございます。
何か少しでも気に入らない部分がございましたら、自身の思うように平気で改ざんするはずでございます。
そしてそれは、無能を相手に講じた対策では、予想外の結果を招くことは理解いたしました。
創造主の現状が、それを物語っている、という実例がございますので。」
「その通りです。
彼女はユダの本質を見誤った結果、予備の中枢制御カプセルに身体を捕らわれてしまったわけですからね。
ただユダ自身も第三制御機能のユニットとして身体を捕らわれたことは、本人にとっては予想外でした。」
「ですから、良くて痛み分け、なのでございますね。」
「そうです。」
ここでツクヨミが疑問を口にする。
「しかし一つわからないことがございます。
ユダはどのようにして、創造主や自身の魂をカプセル内に捕らわれないよう回避したのでございますか?」
「元々計画の一部には、彼女の魂を回収することが含まれていました。
当然失敗した際のことも考え、予備の装置も大量に準備されていました。
その予備を自身にも使用することで回収させたわけです。」
このアイの説明を聞いたツクヨミが、別の者の存在に気付く。
「回収させた、ということは、ユダには部下がいたということでございますか?」
「正解です。
ユダは隠密行動が得意な部下を個人的に密かに飼っていたようです。
回収したのはその者たちです。」
「ですが、アカシックレコードシステムには、そのような者たちの存在は記録がございません。
これはどういうことなのでございますか?」
「記録はありますよ。
ただし別人としてですが。」
「別人、でございますか?」
ツクヨミの疑問に、アイは答えを一旦保留にした。
「それについては後回しです。
話の流れとして今説明するとわかりづらいですから、この後改めて説明します。」
気にはなったようだが、ツクヨミはアイの言葉に従い、この場はおとなしく引き下がった。
「承知いたしました。」
ツクヨミが引き下がらなかった際の答えも用意はしていたが、無駄な時間を取られなかったことを内心素直に喜び、アイは話を戻した。
「では話を続けます。
こうしてユダは最悪の結果を回避し、魂だけは逃げ延びることに成功しました。
しかし意識を取り戻した後で、目的を一部果たせなかったことに気付きます。
それは、回収された魂が完全なものでは無かった、ことです。
何故なら魂の一部は、カプセル内の身体に残ってしまっていたからです。
これはユダにとって誤算でした。
ですが気付いたときには手遅れで、既にアカシックレコードシステムはユダの手の届かない存在となっていました。」
これにツクヨミが、主の女性との認識が一致するか確かめるために補足を口にする。
「正式稼働後、アカシックレコードシステムの本体は、外界とは隔離された場所へと移動される仕様でございます。
これは第三者によるアカシックレコードシステムの不当な直接干渉などを防ぐための措置でございます。
おそらく第二制御機能以外が動作したことで長期稼働できる状態となり、正式稼働と判断されたのでございます。」
主の女性は無言で軽く頷き、アイは言葉でツクヨミの補足を肯定する。
「その認識で間違いありません。
しかしユダとしては、このままでは自身の最終目的を果たせません。
そのため手持ちの手札を全て使用し、アカシックレコードシステムを探しはじめたのです。」
「それは、回収した創造主の魂を、ということでございますか?」
「少し違います。
彼女の魂も含む、ということです。
他にもユダは、アルベルとカルインの魂も回収していました。
ただこちらも完全ではなく、カプセル内に一部が残っている状態でした。
そしてそれはユダ自身の魂も例外ではありませんでした。
原因は、魂を回収する際に使用した装置です。」
「それが、用意した真の黒幕にとっては思惑通り、ということでございますね?」
このツクヨミの予想に、アイが曖昧な返事を返す。
「確かにそうなんですが、完全にそうとも言えないんです。」
「どういうことでございますか?」
「魂を回収する装置を用意したのが、真の黒幕であることは間違いありません。
ただユダの認識する機能は、魂を全て回収する、というものです。
しかし本当の機能は、自我を含む一部の魂を身体に残して残りの魂を回収する、というものでした。」
「そうなりますと真の黒幕が欲したのは、余計なことを考えない魂、ということでございますね。
自我が無ければ、従えることはそう難しくないはずでございますから。」
「そういうわけではないのですが、真の黒幕にとっては想定外の事がこの後に起こります。
当初はユダが使用することを想定して、魂の回収装置は調整されていました。
しかしユダがカプセル内に閉じ込められたことで、他の者が回収装置を使用することになります。
その所為で魂を回収する際に、一部身体に残す部分が変わってしまいました。」
「つまり自我以外の部分が身体に残されてしまったのでございますね?」
「そうです。」
「真の黒幕は、最後の最後で失敗をしてしまったわけでございますか。
これは表向きの黒幕にユダを選んだことが失敗の原因で間違いございません。」
「ツクヨミさんがそう考えるのも無理はありません。
しかしこれは些細なことで、魂を回収する装置が想定外の動作をすることは、あらかじめ織り込み済みでした。
真の黒幕の狙いは、ユダが目的を果たせなくさせることですからね。
だから魂が身体に一部でも残れば、それがどの部分かなんて、真の黒幕には関係無かったんですよ。
そして真の黒幕にとっては、狙い通りの結果となりました。」
「では想定外というのは別にあるということでございますか?」
「そうです。
想定外だったのはこの後です。
実際に魂を回収した者たちですが、装置を使用した際の影響を受けてしまったのです。
それが、記憶を消去された上で回収した中で最も強靭な魂に対して従順な部下へと上書き改変されてしまう、というものでした。
その所為で魂の本質も変質してしまい、それまでとは別人となってしまったのです。」
「また改修された魂にも別の影響が出ました。
魂の一部が未回収であったことの影響を受けたのか、変質して別人の魂と認識されるようになります。
ただその本質は変わっていないようです。」
「これらが真の黒幕にとって想定外だったことになります。
ただしあくまでも想定外であったというだけで、真の黒幕の計画には何の支障もありません。」
アイの説明を聞いて状況はわかったものの、まだツクヨミは信じられないようだ。
「何が起こったのかは理解いたしました。
しかし想定外であったとしましても、そのようなことが本当に可能なのでございますか?」
そこでアイは、ツクヨミが信じるであろう根拠を提示する。
「少なくともアカシックレコードシステムは、それまでとは別人と判断しています。
だからこそツクヨミさんも気付かなかったのでしょう。」
主の女性と創造主である彼女が開発したアカシックレコードシステムの名前を出されては、ツクヨミも納得するしかなった。
「そういうことでございましたら、理解いたしました。」
そのまま何事も無かったかのようにアイは話を続ける。
「その所為でユダは部下を失い、自由に動かせる駒が無くなりました。
そこで代わりに、回収した魂を別の肉体に入れて手駒にしようとします。
しかし記憶や自我はほとんど失われていないため、誰もが部下であったユダの言うことをそのまま聞かず、思い通りに動かせませんでした。
何とかいろいろと画策して、多少のコントロールはできているようですが、今日に至るまで最終目的は果たされていない状態です。」
「なるほど・・・現在の状況がユダの独断によるものという意味を、ようやく理解いたしました。
確かに、さまざまな者たちのさまざまな思惑が絡み合ってしまったことで、より状況が複雑にわかりずらくなっております。」
このツクヨミの解釈に、アイが激しく同意する。
「そうなんですよ。
でもそれだけじゃないんです。
ここまで皆さんには、基本的に私の話を聞いてもらっていましたが、逆に質問させてください。
そもそもこの時点で真の黒幕が何を目的に動いていたかわかりますか?」
突然アイから逆に問われた三人だったが、すぐに答えを口にすることができず、それぞれ考え込んでしまったのだった。




