暗躍する者たち37
そんな主の女性がアイを急かす。
「さあ早く聞かせてもらおうか!」
「慌てなくても大丈夫ですよ。
では、はじめましょうか。
例えばそうですねぇ・・・貴女方が捜索に力を入れようとしている、アレについて、とかどうです?」
このアイの言葉を聞き、何故か主の女性が勢いづいた。
「とうとう自ら墓穴を掘ったな!
語るに落ちるとは、まさにこのことだ!」
「何がですか?」
アイの答えに、主の女性がますます勢いづく。
「そう、お前はわからないだろうな。
大方先程の私たちの会話を盗み聞きしていて思いついたのだろうが、そうはいかんぞ。
まずは話を聞いてやる。
だが、もう後には引けんぞ!」
一方アイは、冷めた目でその様子を見ている。
「やれやれ、何か盛大に勘違いをしているみたいですね。
まぁ話を聞く気はあるみたいですから、このまま続けてしまいましょう。」
アイが結論を出したところへ、再び主の女性が急かしてくる。
「前置きはいいから、早くしろ!」
そんな主の女性に、最初からアイは重要なキーワードを投入してきた。
「はいはい、わかりました。
では最初に貴女方がアレと呼ぶものの正体について説明します。
確か貴女方の呼称では、アースレコード、でしたね。」
「っ!?」
あきらかに様子がおかしくなった主の女性に、アイが何食わぬ顔で理由を尋ねる。
「何です?」
だが主の女性は、動揺を悟られまいと突っぱねた。
「なっ、何でもない!」
そんな主の女性の態度を気にせず、アイは話を続ける。
「そうですか。
このアースレコードですが、惑星誕生から今日に至るまで蓄積してきた星の記憶のことです。
星の記憶には、惑星とその周辺宙域のありとあらゆる膨大な情報が存在しています。
しかしこれらの情報は、そのままでは意味が不明です。
情報の内容を正しく知るためには、難解な解読作業が必要になります。」
「そこで開発されたのがアカシックレコードシステムです。
アースレコードからの一方的な情報を収集して、ほぼリアルタイムで解読します。
その際ユニットの主な役割は、翻訳して言語化すること、これにより情報を文章データとして蓄積することが可能になりました。」
「しかしここまでがアカシックレコードシステムの限界でした。
本来求めた性能は、惑星とその周辺宙域の情報を全て可視化することでした。
文章だけでなく、映像や音声に加え、正確な事細かい数値など、ありとあらゆる情報をデータ化し、情報の精度を高める予定でした。
ですが、そこで研究は停滞し、更には研究を途中で断念せざるを得なくなったことで、現在の状態で稼働しています。
アカシックレコードシステムの概要はこんなところです。
ここまではいいですか?」
ここでアイは、あえて一度確認を挟んできた。
しかし今何か聞かれると墓穴を掘りそうだと考えたのか、主の女性はアイに続きを促すだけだった。
「いっ、いちいち確認は必要ない!
続けろ!」
これはアイにとっても好都合だったため、その言葉に素直に従う。
「そうですか?
では遠慮なく、ここからは最後まで続けますよ。
さて、このアカシックレコードシステムですが、実は多くの謎があります。
記録に残っている開発責任者は、貴女が彼女と呼ぶ方です。
今はあえて私も彼女と呼ばせてもらいます。
アカシックレコードシステムの基礎理論を提唱したのは、その彼女であることは間違いありません。
そこに共同開発者である貴女の協力も必要不可欠であったこともまた事実です。」
「しかし貴女方二人だけでは、アカシックレコードシステムを現在の状態で稼働させることができなかったことも、また事実です。
何故なら先程の話に出てきた中枢のブラックボックス。
これ無しにはアカシックレコードシステムは現在の性能を発揮できないことは明白だからです。」
「ではこの中枢のブラックボックスは、いったいどのような役割を果たすのか?
簡単に説明しますと、アースレコードからの一方的な情報だけを漏れなく正確に収集する、それだけです。
ですがこれが何よりも難しい。
情報の中にはアースレコード以外のものも含まれています。
そのような関係の無い余計な情報が少しでも混ざってしまうと、それは別の情報にねじ曲がってしまい、場合によっては解読すらできませんからね。
この難解な問題が中枢のブラックボックスによって解決したことで、アカシックレコードシステムが実現したことは言うまでもありません。」
「ではこの中枢のブラックボックスはどのような仕組みなのか?
本来であれば開発責任者の彼女や共同開発者の貴女が把握しているはずです。
ですが先程貴女は自分で、原理や仕組みは完全に謎で彼女も同様、と言っていました。
また、様々な偶然と奇跡が重なることで運良く構築できたシステムだ、とも言っていました。
ここで注目するのが、何故開発ではなく構築なのか、ということです。」
「答えは至って簡単です。
中枢のブラックボックスだけは、貴女や彼女が一切開発に携わっていないからです。
それはこれまでの話からも明白です。
ただ中枢のブラックボックス以外は、貴女と彼女が開発したことは間違いありません。
そのため貴女たちが行ったのは、既に完成していた物を中枢に組み込んでアカシックレコードシステムを構築した、ということです。」
「このことから、貴女たち以外に開発の根幹を担った開発者が少なくとも一人以上いたことは間違いありません。
つまりアカシックレコードの最大の功労者は、中枢のブラックボックスを開発したその開発者ということです。
そう考えれば、いろいろなことの辻褄が合います。
しかしこの開発者に関する情報は、アカシックレコードシステム内には一切残っていません。
それはまるで、その開発者の存在を隠すためにわざわざ削除した、としか思えないからです。」
「では何故その開発者は存在を隠されたのか?
その開発者はアカシックレコードシステムとは全く関係ない研究の過程で、後に中枢となるブラックボックス部分を開発したからです。
自分たちの研究成果ではなく、別の研究成果が中枢に使用されていると知られれば、盗用されたと考える者たちが少なからず出てくるはず。
そう考えた貴女たちは・・・」
ここでそれまで黙って聞いていた主の女性が、とうとう我慢できなくなってアイの言葉を遮るように話に割って入ってきた。
「そっ、それは違う!」
するとこの主の女性の言葉を、アイはあっさり肯定した。
「ええ、その通りです。」
「えっ?」
一転して拍子抜けした表情になった主の女性を放置して、アイは更に話を続ける。
「そう考えた貴女たちは、自分たちの研究にその研究者を加えて、正式に共同研究者として公表するつもりでした。
決してその研究者の存在を隠そうとはしませんでした。
しかしその申し出を、その研究者に何故か拒否されてしまいます。
むしろその研究者は、自分が中枢のブラックボックスを開発したことを隠してほしいと要求してきます。
また仕組みや内部構造など、その全てを非公開とすることも要求してきました。
その代わりに無償提供を提案してきたのです。
万が一その研究者のことが漏れた場合は、中枢のブラックボックスは自壊するなどと遠回しに脅された上で。」
主の女性が今度は口を挿まなかったことから、ここまでのアイの説明が真実である裏付けとなった。
更にアイは話を続ける。
「このとき貴女たちは、アカシックレコードシステムの研究に、完全に行き詰っていました。
状況として、ユニットシステムの開発によって、情報出力部分はほぼ完成していました。
しかし最も重要な情報入力部分、元となる情報をどのように収集するかについてが難航していたからです。
しばらく研究に何の進展も無い状況のところへこの提案を持ち掛けられた貴女たちには、選択肢は決まっていました。」
「その結果、貴女たちは、この提案を受け入れました。
提案をその研究者の善意であると自分たちに無理矢理言い聞かせて。
そして真実を貴女と彼女の胸の内に秘め、表向きは自分たちだけで開発したことにしました。
要望通り、その研究者の功績を全て隠したのです。」
「先程私がアレについて話しをすると言った際、何故貴女が強気の姿勢を崩さなかったか。
それは私が罠にかかったと思い、あらかじめ用意されていた嘘の情報に踊らされたと勘違いしたからです。
しかしアースレコードという名称を聞いて貴女はひどく動揺しました。
貴女と彼女、それとその研究者しか知らないはずの名称が出てきたのですから当然です。」
「ちなみにアレとは隠語で正式にはアースレコードのことですが、表向き別に用意したのが地脈、今の呼び名は龍脈のことです。
つまり先程の会話での貴女たちが言うアレとは、アースレコードのことではなく龍脈のことを指していたわけです。
これは、アースレコードに近づかれてしまうとアカシックレコードシステムにどのような影響が出るかわからない。
そう考えた貴女たちがアースレコードの存在を隠すため、表向きに用意した代わりが龍脈というわけです。」
「アカシックレコードシステムとは、龍脈内を流れている数多の情報から必要なものだけを選別して記録している。
これが表向きに公表されているアカシックレコードシステムの概要です。
アカシックレコードシステム内にも、そう記録されています。
しかしこれは、いくら龍脈を調査してもアースレコードについて何もわからない、という三者の裏の思惑がある嘘の情報です。
ただ、この嘘の情報ですが、意外にも完全に間違っているとは言えないんですよね。」
気になるアイの発言に、再び主の女性が話に割って入ってくる。
「・・・はぁ?
それはどういうことだ!」
突然の質問にもアイは気にした様子が無く、話の続きを語ることで答えとした。
「正確には全然正しく無いんですが、ある意味間では違ってもいないということです。
龍脈内に情報は存在していません。
そのため中枢のブラックボックスは龍脈とは一切関係ありません。
これについてのみであれば、表向きの情報は裏の思惑としての役割を果たしています。」
「ですがアカシックレコードシステムが龍脈と深く関わっているという情報は悪手でした。
何故なら龍脈を調べることでアースレコードに辿り着ける可能性があるからです。
相当難易度は高いですが、不可能ではありません。
いやぁ、偶然って本当に怖いですよね。」
場を和ませようとしたのか、最後に軽い口調で閉めたアイだったが、あまり効果は無かったようだ。
それは、深刻な主の女性の表情からも一目瞭然だ。
「ちょっと待て・・・では私たちは隠すつもりが、逆に大々的に手がかりを与えてしまっていたということか?」
「そうなりますね。」
「そう、か・・・」
あきらかに落ち込んでいる主の女性に、アイは補足を付け加える。
「あっ、でも、今のままでは例え龍脈を調査するためにリソースを大きく割り振ったとしても、アースレコードには辿り着けませんよ。
まずは龍脈の本質を理解しないといけませんから。
まぁそれは一旦置いておいて。
結果として、これまでアカシックレコードシステムには何の影響も無かったわけですからね。
なので、ギリギリセーフじゃないですか?」
これを慰められたと素直に受け取ったのか、主の女性の表情からそれまでのアイに対する警戒がある程度まで一気に消える。
「・・・楽観的に考えるならな。」
「良いんじゃないですか、それで。
言うじゃないですか、結果良ければ全て良し、って。」
「そう、なのか?」
「そうですよ。」
「それもまた一つの考えか。」
「その通りです。
でも、だからといって現状維持は駄目ですよ。
見直せるところは見直して、ちゃんと対策しておかないと。」
「そうだな、お前の言う通りだ。
助言に感謝する。」
先程までとは一転して軟化した態度の主の女性に、今度はアイが疑いの目を向ける。
「・・・何か急に素直になりましたけど、いったいどういう心境の変化ですか?」
「何、お前と私たちにある差の現実を理解しただけだ。
他意はない。」
「つまり私の方が上だと、今更ながら認識したと?」
「そんなところだ。
少なくともお前は真実を知っている。
それも、私たちよりも相当多くをだ。
違うか?」
「その通りですね。
そもそも最初から言っているじゃないですか。
無知な貴女たちに情報を提供するって。
知らなければ、そんなこと言いませんよ。」
「そうだな・・・確かに言っていたな。」
「ようやく理解してもらえたみたいですね。
私も苦労した甲斐があります。」
「ああ、そうだな。
・・・そこでだ、今更ではあり、自分勝手でこちらに都合がいいことは重々承知している。
その上で頼む、そちらの情報をこちらに共有してはもらえないだろうか?」
そう言って主の女性は、アイに向かって頭を下げて頼み込んできたのだった。




