暗躍する者たち13
しばらく仕事をしていたシェドラだったが、不意に手を止めて机の上の書類を整理して全て片付けはじめる。
どうやら仕事が全て終わったようだ。
そして書類を片付け終え、椅子に座って一息つくと、シェドラは部屋の入り口のドアに向かって突然声をかけた。
「ふぅ・・・何用です?」
すると誰もいないと思われたドアの向こうから、すぐに返事が返ってくる。
「お忙しいところ恐れ入ります。
少々お時間よろしいでしょうか?」
これにシェドラも即答する。
「構いません。
入りなさい。」
「失礼いたします。」
ドアを開けて入ってきたのは、受付の男だ。
しかし先程までと少し容姿が違う。
執事服と眼鏡をかけているのは一緒だが、口紅と手の爪のマニキュアが、赤から紫に色が変わっている。
シェドラはそのことには触れずに、まずは開口一番嫌味を口にした。
「貴方が直接私に会いに来るなど珍しいではありませんか。
こうして顔を合わせるのは、いったい何年ぶりです?」
しかしそんなシェドラの嫌味を、受付の男は全く意に介していない様子だ。
「シェドラ様、ご無沙汰しております。
私の記憶では、今回はおよそ20年ぶりでございます。
その間、何の御用もお受けいたしませんでしたので、今回こうしてご尊顔を拝謁できましたこと、大変嬉しく思います。
しかしながら、お呼びとあらば、いつでも最優先ですぐに駆けつけさせていただきます。
その際は遠慮なくお申し付けください。」
そう口にながら恭しく頭を下げた受付の男だったが、シェドラの視線は冷ややかで、それは言葉にも表れていた。
「白々しい。
忙しいのですから、早く用件を言いなさい。」
シェドラに急かされ、受付の男はすぐに頭を上げると、机の前まで近づいてから本題に入る。
「それは大変失礼いたしました。
・・・早速でございますが、裏切り者の件、どうやら今回も進展は無いようでございましたね?」
開口一番、受付の男はそう切り出してきた。
シェドラが少し前に確認したばかりで、まだ共有すらしていない情報を受付の男が既に得ているのは、本来おかしい話である。
しかしそんな受付の男の言葉に一切動揺することなく、シェドラは疑いの目を向けながら抗議する。
「盗み聞きとは感心しませんね。」
しかし受付の男は飄々とした態度のまま、シェドラの言葉を否定する。
「いえいえ、そのような恐れ多いことはいたしておりません。
ただ貴女様の表情から、何となく察しただけ、でございます。」
これをシェドラは、表情を変えずに一蹴する。
「鎌をかけても無駄です。
そのような言葉に踊らされて、私が心の内を表情に出すとでも?」
「いえいえ、そのようなつもりは毛頭ございません。
自慢ではございませんが、私はこれでも他人の表情と心情の機微には、非常に敏感なのでございます。
感覚的なもののため説明するのが難しいのですが、今回はそこから何となく察しただけでございます。
決して鎌をかけて探ろうなどという無粋な真似は一切考えておりません。」
下手の態度を崩すつもりがない受付の男にこれ以上言っても無駄だと考えたのか、先にシェドラの方が観念して肯定した。
どうやらシェドラには元々隠すつもりが無いようだ。
「それにしては断言していましたが・・・まぁいいでしょう。
貴方の言う通りです。
裏切り者については一切進展がありません。
これで満足ですか?」
シェドラが素直に答えると、受付の男は満面の笑みで感謝した後、少し表情を曇らせる。
「お教えいただきましてありがとうございます。
しかしそうですか・・・」
何か気になることがあるのか、言い淀んでいる受付の男をシェドラが問い詰める。
「何か問題でも?」
シェドラの言葉を受け過剰に反応する受付の男だが、すぐに表情は戻ってしまう。
「いえいえ、そうではございません。
お三方様がそれぞれ調査しても、ここまで何も出てこないとなりますと、やはり・・・」
再び言い淀む受付の男に埒があかないと考えたのか、シェドラの方から切り込んできた。
「内部に裏切り者が潜んでいる可能性が高い、ですか?」
シェドラが口にした言葉を、それまで言い淀んでいたのが嘘のように、受付の男はあっさり肯定した。
「それも一つの考えでございます。」
しかしこれをシェドラはハッキリと否定する。
「それはありえません。
長年定期的に内部調査してきた私が言うのですから、間違いありません。
しかしあえて言うのであれば、今目の前にいる人物が一番怪しい、私はそう思いますが、それについて貴方はどう考えています?」
シェドラの指摘と探るような視線にさらされた受付の男だったが、全く臆することなく軽やかに切り返す。
「これは手厳しい。
ですがその長年定期的に行われております内部調査には、当然私のことも含まれているのでございますよね?」
「ええ、そうです。」
「そしてこれまでの内部調査で、私が裏切り者であるという確信は得られなかったのでございますよね?」
「ええ、残念ながら、これまで貴方が裏切り者であるという証拠は一切出てきていません。」
「それはようございました。
仮に私が裏切り者だったとしますと、今よりも皆様の状況はひどくなっていたのではないかと思われます。
それについてはいかがお考えでございますか?」
「それは感謝しています。
間違いなく、今私たちがこうして自由に動けるのは、貴方の働きがあってこそであることは事実ですから。」
「ありがとうございます。
そう仰っていただけますと、私の過去の苦労が報われます。
これで私の疑いは晴れたと考えてよろしいでしょうか?」
「そうですね・・・とりあえず今のところは、ですが。」
「それで十分でございます。」
結局受付の男からは何の確証も得られず、シェドラは早々に頭を切り替えた。
「・・・では逆に聞きます。
貴方は裏切り者についてどう考えていますか?」
場の主導権を取り戻すため、とっさに思い付いた質問だったが、意外にも受付の男からは真面目な答えが返ってきた。
「そうでございますね・・・僭越ながら一つ、裏切り者の情報が一切出てこないことを説明できる可能性がございます。
お聞きになられますか?」
「言ってみなさい。」
「ありがとうございます。
現状、裏切り者がいると考えている理由は、我々の今の状況、これだけでございます。
しかし内にも外にも、これまで調査できる範囲では何も出てきていない状況が現状でございます。
そうなりますと、我々の調査が及ばない範囲に裏切り者がいる、そう考えるのが妥当と愚考いたします。」
ここまで口にした受付の男は、一度シェドラの様子をうかがう。
シェドラは何も意見を言わず、話の続きを促す。
「続けなさい。」
すぐに受付の男は話の続きを口にする。
「そう考えますと、自ずと対象を絞り込むことができます。
まずは例の組織でございます。
我々はいまだにその全容を把握できておらず、内部にも調査の手が及んでおりません。
こちらはご担当されておりますシェイン様の今後の手腕に期待するしかないところでございます。
次に例の情報屋でございます。
今のところ我々の側で直接接触したことがあるのはシェヴァ様のみでございます。
こちらもご担当されておりますシェヴァ様が上手く引き入れることができるかを待つしかないところでございます。
そしてこの二つに共通しているのが、今のところ我々がその動向を把握できていない、この一点に尽きます。
つまりどちらか、もしくはその両方に、裏切り者が潜んでいるか、何らかの関係がある可能性が非常に高いと考えます。
シェドラ様はいかがお考えでございますか?」
受付の男の予想に対する意見を求められたシェドラは、とりあえず先程別の者たちと話した内容と同じ答えを口にする。
「その二つは私も考えました。
しかしどちらも今焦って深く探るわけにはいかない状況です。
一歩間違えれば目的を阻む障害が増えるだけですから、今はそのときではありません。
そのためシェインとシェヴァからの報告を待って、今後の判断をするつもりです。
ただ少しでも疑いがあれば、そのときは容赦するつもりはありません。」
「さすがはシェドラ様でございます。
私もその二つに関しましては、シェドラ様の御判断を支持いたします。」
「そうですか。
では他に気になる組織や人物などはいますか?」
「いいえ、今のところはおりません。
我々の障害となりうるのは、その二つしかないと私は考えております。」
この受付の男の答えに僅かな違和感を感じたシェドラは、自分からある情報を開示した。
「そうですか・・・ではもう一つ聞きます。
貴方は第三勢力についてどう考えますか?」
するとこのシェドラの質問で、受付の男が初めて考えるそぶりを見せた。
「第三勢力、でございますか?
そうですねぇ・・・何も問題が無いのであれば、放置、でよろしいのではございませんか?
もちろん我々の障害になるのであれば、私としては早々に壊滅させるべきだと進言いたします。
しかしそうでないのであれば、目的の完遂を優先させ、今は余計な衝突を避けるべきでございます。
シェドラ様はどのようにお考えでございますか?」
受付の男の答えを聞いて逆に質問で返されたたシェドラは、これに対しても表情を変えずに先程別の者たちと話した内容と同じ答えを口にする。
「なるほど、貴方の意見はわかりました。
私も貴方と同じ意見です。
ですからこちらからは一切手出ししないように、貴方にも厳命します。
ただし第三勢力側から何か接触などがあった場合は、まずは必ず私に報告しなさい。
対応については私が判断します。
いいですね?」
このシェドラの指示に、受付の男も従う意思を示した。
「承知いたしました。
今後もそのようにいたします。」
「よろしい。
私はそろそろ休みます。
他に何も無ければ退出しなさい。」
話を切り上げようとしたシェドラだったが、受付の男にはまだ話が残っているようだ。
「お待ちください。
最後に一つだけ、ご確認させていただいてもよろしいでしょうか?
お時間は取らせません。」
シェドラは面倒くさそうにしながらも許可を出す。
「・・・何です?
早く言いなさい。」
「ありがとうございます。
すぐに終わる確認でございます。
シェドラ様が目的を果たされた際に下賜いただける私への報酬の件でございます。
改めて内容を確認するまでもありませんので、この場では控えさせていただきます。
こちら、お忘れにはなってはいない、ということでよろしいでございますか?」
受付の男は微笑みを浮かべながらシェドラに確認してくる。
それを見たシェドラに表立った変化は見られなかったものの、僅かに反応が遅れてから答えた。
「・・・ええ、一言一句違える事無く覚えています。
私が目的を果たした際には、貴方と約束した報酬を支払う。
これをかつて交わした制約の範囲内に則って果たすこと。
それを改めてここに明言します。
・・・これで満足ですか?」
シェドラの答えに満足したのか、受付の男は満面の笑みを浮かべる。
「その御言葉が聞ければ十分でございます。
本日は私のために貴重なお時間をいただきましてありがとうございました。
それでは・・・」
そう言って恭しく頭を下げた受付の男は、その姿勢のまま部屋の入り口のドアまで滑るような足取りで後ずさる。
しかし部屋を出ようとしたところで不意にシェドラが話しかけてきたので、受付の男は動きを止めた。
「そうそう、最後に一つ言い忘れていました。
その色、貴方にとてもよく似合ってますよ。
今の貴方にピッタリです、本当に。」
シェドラが作った笑顔でそう口にした。
するとそれを聞いた受付の男は、腰を折ったままの姿勢で顔だけを上げてシェドラを見る。
その表情は満面の笑みを浮かべており、感謝の言葉を口にしていた。
「お褒めいただきありがとうございます。
失礼いたします。」
受付の男は一方的にそれだけ言うと、シェドラの反応を確認せずにドアを開け、そのまま部屋から出て行ってしまったのだった。




