暗躍する者たち3
一方、パンドラに何度も呼び出されていたシロは、一段落して自分の執務室へと戻っていた。
部屋の中に入るとシロが最もよく知る者が待っており、すぐに声をかけてきた。
「お姫様は与えた玩具に満足していましたか、シロ?」
声をかけてきた人物、クロに、シロは少し疲れた様子で答える。
「可もなく不可もなく、と言ったところです、クロ。
正直いいように使われるのは腹立たしいですが。」
そう答えたシロの苦労がわかるからか、クロは苦笑しながら諫めた。
「そう思う気持ちはわかりますが、今はまだ我慢のときです、シロ。
パンドラには少しでも長くここに留まってもらわなければいけません。
そのためにも、あまりパンドラの機嫌を損ねるのは得策ではありません。
仮に短気を起こされて関係が悪化し、そのまま敵対するまでに発展しては、後の調整が面倒ですから。」
「わかっていますよ、クロ。
ただ調子に乗っている者の相手をするのは、全くいい気がしないというだけです。」
「その苦労はわかります、シロ。
しかし長年傍にいたシロは、あの2人の扱いに長けています。
だからこそ隠しているつもりで隠せていない反抗心を警戒し、今は上手く手懐けてもらっているのです。
大事な役目であることだけは忘れないでください。」
クロの言葉に、シロは気を引き締めなおして答える。
「大丈夫ですよ、クロ。
私たちに課された役目の重要性も、それを果たすためにパンドラの存在が必要不可欠であることも理解しています。
だからこそ本人の前では表に出していません。
こうして気心の知れたクロにだけ愚痴るくらいは見逃してください。」
最後は少し緩めた表情になったシロだったが、これに対してはクロも目を瞑った。
「仕方ありませんね、シロ。
この場だけというのであれば、見逃しましょう。」
「ありがとうございます、クロ。
そう言ってもらえて、私も気が休まります。」
お互いに砕けた状態になったところでクロが本題に入った。
「どういたしまして、シロ。
それで、パンドラの様子はどうでしたか?」
「体調は戻ったようですよ、クロ。
元始核の恩恵も、まだ僅かですが受けられているようでした。
それと本人は隠しているつもりのようですが、自分の力を割いて元始核からの侵食を防ごうとしていました。」
シロからパンドラの様子を聞いたクロは、苦笑しながら意見を口にする。
「それは何とも愚かで無駄な足掻きですね、シロ。
誰であろうと、元始核には抗えないのですから。
恩恵を受けているのであれば尚更です。
世の中都合のいいように回っているわけではないことを知らないとは、世間知らずですね。」
クロの意見にシロも苦笑しながら同意する。
「まったくその通りです、クロ。
いつ無駄だと気付くか見ものです。
しかし油断は禁物です。
何事も絶対は無いと、私たちは誰よりも知っているのですから。
ただ、パンドラに関しては、ある程度長い目で見ていいと思っています。
まずは好きにさせることで、ゆっくりと自分が如何に無力か理解させるのが最も効果的で効率的だと考えます。」
「私もそれで構わないと同意します、シロ。
パンドラには自分で自分の立場に気付いてもらう必要があります。
ただ今後も警戒と報告は怠らないようにお願いします。
シロには苦労を掛けますが、パンドラに関しては全てお願いします。
申し訳ないですが、私は私でやることが山積みですから。」
「重々承知しています、クロ。
クロの役目は得意分野を生かした適材適所であることを理解しています。
私がパンドラの担当であるのも同様です。
私からの報告は以上です。
次はクロからの報告をお願いします。
それで、その後の調査はどうなっていますか?」
パンドラについての話が終わると、二人は表情を引き締めて話を続けた。
「では順番に報告していきます、シロ。
まずは先日パンドラたちと雑種たちの戦闘が行われた場所の状況についてです。
パンドラたちが戦った際の痕跡を確認。
それとは別に、更に何者かが戦った僅かな痕跡を確認。
その戦闘によって生じた致命傷と思われる血痕を確認。
ただ現地に死体やそれを埋めた痕跡などは発見できず。
またその場には誰もおらず、監視や罠などの存在も確認できず。
当時あの場にいた全員の現在の潜伏先は不明。
以上です。」
クロの報告を聞いたシロは、少し考えてから質問する。
「・・・いくつか確認します、クロ。
パンドラたちとの戦闘の痕跡は問題ありません。
これは私も立ち会っていましたから。
ですがそれとは別の戦闘の痕跡については、おそらく例の複製した元始核の保持者によるものだと推測します。
しかしあれほど強大な力を感知したにもかかわらず、僅かな痕跡というところに疑問があります。
どう思いますか?」
このシロの疑問にクロも同意する。
「それは私も同じ意見です、シロ。
仮に複製した元始核が暴走した結果消滅したのであれば、僅かな痕跡程度で収まるはずがありません。
少なくともあの辺り一帯は更地になっているはずです。」
「その通りです、クロ。
しかし結果はそうならなかった。
であれば、あの場で複製した元始核の暴走をどうにかしたのでしょう。
そして当時それができそうだったのは、シルフィナ母娘しかいないと考えます。」
最大の障害となる可能性の高いシルフィナの名がシロの口から出たからか、クロは低い可能性でも遠慮なく口にした。
「その可能性は高いと思います、シロ。
残されていた血痕が、その処理の跡なのでしょう。
おそらく完全に暴走する前に、たまたま保持者の息の根を止めて運良く止めることができた、といったところではないかと推測します。」
そしてシロも、そんなクロの推測を認める。
それほど二人にとってシルフィナという名は脅威に思っているのだろう。
「私もその推測を支持します、クロ。
そうなると生き残った者たちの、その後の足取りが気になることころではあります。
それと複製した元始核の行方もです。
おそらく保持者の死体と共に、どこかへ運ばれたと思いますが、何かわかりましたか?」
シロの問いに、クロは首を横に振る。
「いいえ、それについてはいまだ発見できずです、シロ。
少なくともユースティアを含めた各国の警戒網、そのいずれにも引っかかっていません。
現状、完全に足取りが途絶えています。」
「逃げることに関しては相手が一枚上手ということですね、クロ。」
「あちらにはシルフィナがいますから、多少こちらの情報を把握している所為だと思います、シロ。」
重要なことは秘匿していたとはいえ、長年シロがシルフィナ(母)ことラフィーネの中にいて一緒に行動していたのは変えられない事実だ。
当然、組織の情報が多少なりとも把握されてしまうことも承知の上でだ。
おかげでパンドラという重要な鍵を手元に置くことができた。
その結果からもわかるように、シロの行動は間違っておらず、むしろ組織にとっては遥かにプラスになっている。
だからこそある程度は仕方ないことだと二人も割り切っているようだ。
「であれば仕方ありませんね、クロ。
ただ逃げに徹しているということは、対抗手段が無いとも取れます。
今後も警戒する必要はありますが、そこまで警戒して急ぐ必要はないでしょう。
ですが位置だけは把握しておきたいところです。
今のところ唯一の不安要素ですから。」
「わかっています、シロ。
シルフィナたちの位置は早い内に把握し、手は出さずに監視に止めるつもりです。」
「それでお願いします、クロ。
下手にこちらから藪を突いて、余計な障害を生むことだけは避けたいですから。
ところで複製した元始核の所持者については何かわかりましたか?」
「それは既に調査済みです、シロ。
複製した元始核の所持者は、シロからの情報を含めて照合した結果、王国の第三王女ティリアと判明しました。
王国の王族であり、英雄剣姫などと呼ばれる武闘派でしたから、複製した元始核を引き継いでいたのは間違いないでしょう。」
「さすがに仕事が早いですね、クロ。
それで、王国の状況はどうですか?
ティリアについて、何か声明などはありましたか?」
「いいえ、今のところは何もありません、シロ。
おそらく王国には、ティリアに関してまだ何も伝わっていないのでしょう。
元々ティリアは各国を放浪していたようですから。
そのため現在は王国に不審な様子は見受けられませんでした。
そしてシルフィナもこの状況を利用して、今後しばらくはティリアの死を公表せずに隠すと思われます。
ティリアの死を王国に報告することで、自分たちが捕捉されて見つかることを恐れているはずですから。」
「であればしばらく放置で問題ありませんね、クロ。
引き続き王国の動向については監視をお願いします。
場合によっては、王国が表立って我々と完全に敵対する可能性もありますから。
それとできればティリアの死体から複製した元始核は回収しておきたいところです。
しかし消滅せずに残っているかが不明なので、それも含めてまずは確認してください。
ただし優先度は低いので、無理や無茶をして事態を悪化させないようにだけ気を付けてください。」
「既にそのようにしていますよ、シロ。
当然、各国についてもティリアの死体の行方についても同様です。
一切の抜かりはありません。」
このときクロは、シロの要望を先回りできたからか、少し得意げに答えたのだった。




