フィロの受難4
一方、戻ってきたフェニスはというと、悔しがる事無く冷静に分析していた。
「確かにナーシャの言う通り、殴ったときにかなりの重さを感じたのじゃ。」
「やはり先程のナーシャのときと同じですか。
他に何か気付いたことはありますか、フェニス?」
アクアの質問に、フェニスが得意げに答える。
「もちろん新たに一つ気付いたことがあるのじゃ。
私も少し斜め上に向かって殴ってみたが、やはり身体を浮かせられなかったのじゃ。
だがあれは重さで浮かせられなかったというより、浮かないように何かが地に止まらせていたように感じたのじゃ。」
「つまり身体が浮かないのは、上から下に押さえ付ける力ではない。
下から上に離れないように引っ張る力かもしれないということか。
そうなると重力で自身を重くしているのではなく、引力で自身を地面に縛り付けている可能性が高いな。」
ナーシャが出した答えにルーヴが疑問を口にする。
「そうとも言えねーんじゃねーか。
重力や引力に関係無く、単純に自分の身体を重くしてるだけかもしれねーしよ。」
「いや、ただ重いだけなら多少は浮き上がりそうなものだ。
実際に上半身だけは上に浮いたように見える。
だが足元を見ていた限りでは、そんな様子は一切無かった。
リュジュはどう思う?」
ヴァイフーに問われたリュジュは、ここまで得た情報で自分なりの考察を口にする。
「そうだな・・・何かしらのからくりがあるのは間違いないだろう。
おそらくあの場に止まるための何らかの力が働いているはずだ。
そしてそれが同時にこちらの攻撃に耐えることにもつながっているのではないだろうか。
でなければ、フィロにあの程度のダメージしか与えられぬはずがないからな。」
「確かに、今の私たちの攻撃力に耐えているのはあきらかにおかしいな。
つまり、あの場に止まることが攻撃によるダメージを減らすことにつながっているということか?」
「どういった仕組みなのかはさっぱりだが、我はそう考えている。
実際にフィロが受けるダメージは、開始位置から吹き飛ばされる距離に比例している。
こちらの攻撃の威力に関係無くな。」
「なるほど、言われてみるとその考えは一理あるな。
まだ断定はできないが。」
「そしておそらくだが、これはフィロの訓練も兼ねている。」
「私たちの想いをぶつける場と訓練の両立。
マコトの考えそうなことだ。
ではそうだとして、これからどうする?
まさかこのまま黙って続けるつもりではないのだろう?」
ヴァイフーとしては、何らかの意趣返しをしなければと考えているようだ。
しかしリュジュの考えは違うようだ。
「・・・いや、このまま続ける。」
これにすぐさまヴァイフーが反論する。
「訓練に利用されているのにか?」
「今回の目的を忘れるな。
我らはやり場のない怒りをぶつけることで発散し、過去のいざこざを解消するため。
だからフィロを殴る。
一方フィロは、我らの仲間になるための禊ぎとして。
だから我らに黙って殴られる。
現時点でそれらを後腐れ無く同時に解消するために、マコトの訓練が必要だった、それだけだ。
本来、我らが殴った結果にフィロがどうなったかは関係無いはずだ。
違うか?」
リュジュの言葉に、ヴァイフーは不満そうに答える。
「・・・そう、だな。
リュジュの言うことが正しい。」
「納得できないか?
我もその気持ちがわからないわけではない。
しかしこの場は、そういった想いを断ち切るためにあるものだ。
そのような調子では、終わった後が思いやられるぞ。
本当に大丈夫か?」
「わかっている。
わかってはいるのだ、頭では・・・」
「ふぅ、やれやれ。
いったいどうしたものかな・・・」
リュジュが悩んでいると、そこへ我慢の限界が近いルーヴが話に割って入ってきた。
「おい、ごちゃごちゃ考えるのは後にしろよ。
とっとと続きをはじめようぜ。
とにかく俺は早く殴ってスカッとして―んだからよ。」
このルーヴの言葉を聞き、リュジュは楽しそうにしながらヴァイフーに提案する。
「くっくっくっ、そうだなルーヴ、その通りだ。
ヴァイフー、我はルーヴの意見が、今この場で最も正しいと思うぞ。
そもそも我らは、そういったモヤモヤを発散するためにここにいるのではないか。
そのためにフィロを全力で殴る。
それだけだ。
そうであろう、ヴァイフー?」
この場でのルーヴの姿勢とリュジュの言葉に、沈んでいたヴァイフーの目に光が戻ってきた。
「そうだな・・・あれこれ考えるのは止めだ。
今はとにかく全力で殴ることに集中する。
それでもスッキリせずに後に残るようであれば、またそのときに考えることにする。」
「その意気だ。
ではそれを踏まえた上で、我から一つ提案がある。」
「何だ、結果は関係無いのではなかったのか?」
「全力で殴る、この目的は変わらん。
ただ訓練だというのであれば、我らが協力しても何の問題もあるまい。」
少し意地の悪い笑みを浮かべるリュジュに、ヴァイフーも乗ってきた。
「確かにな。
それで、どうするつもりだ?」
「では・・・というのはどうだ?」
リュジュは何故か他には聞こえないように、ヴァイフーの耳元で内容を伝える。
内容を聞いたヴァイフーの表情が楽しそうになる。
「なるほど、面白い。
その提案に私も協力しよう。」
「そうこなくてはな。
ではまずはヴァイフー、頼むぞ。」
「任せろ。」
そう言ってヴァイフーは、フィロの近くに行ってしまった。
そんなヴァイフーを見送りながら、他の四人がリュジュの許に集まってくる。
「リュジュ、何を考えているのです?」
アクアに問われ、リュジュは楽しそうに答えた。
「まぁ黙って見ておれ。
我の予想が正しければ、フィロが何をやっているのか、次かその次でからくりがわかるはずだ。」
リュジュの言葉を聞き、四人はフィロとヴァイフーの動きを見逃さないように注視する。
そしてヴァイフーが少し離れた場所で立ち止まると、自分からフィロに話しかける。
「待たせたな。
次は私がやらせてもらう。」
「こっちはいつでもいいよ。」
「では・・・はっ!」
ヴァイフーは短く気合を発すると、その姿が一瞬で変化する。
両手両足が白い毛に覆われ、口元では僅かに牙が覗いている。
そして先程のフェニスと同様に変化した自分の姿について説明をはじめる。
「これは私の新たな姿、皎真虎、その中の一つ、突牙形態だ。」
ヴァイフーの姿を見たフィロも、先程と同様にその特徴を正確に言い当てる。
「見たところ、牙による突撃特化した姿、ということかな?」
このフィロの予想をヴァイフーも認め、捕捉を伝える。
「正解だ。
だが安心しろ。
今回牙は使わない。
あくまで突進力を利用するだけだ。」
「それを聞いて安心したよ。」
「では、覚悟はいいな?」
「いつでも。」
「・・・はっ!」
ヴァイフーは無言で更に力を発動して身体能力を上乗せしてから、短い気合と共に力強く地面を蹴り、フィロへと突進する勢いで近づく。
そして間合いに入ったところでフィロの腹部にめがけて右拳を放つ。
その勢いは、同じ様に強化したフェニスよりも高いように見える。
だがその殴り方には、これまでとは明確な違いがあった。
ヴァイフーは殴る直前に上に飛び跳ねるように、その右拳はフィロの腹部を下から上に突き上げたのだ。
これで後ろに吹き飛ぶことはほぼ無いが、確実にフィロの身体は浮き上がる。
見ていた誰もがそう思った。
しかし結果は、フィロの足は地面に固定されたかのようにピッタリとくっついて離れることは無く、その場から微塵も動かなかった。
当然ヴァイフーも飛び上がることができず、フィロの身体で攻撃の勢いを受け止められてしまった形だ。
殴られたフィロはというと、これまでで一番ダメージが少ないように見える。
ただしその表情には、僅かな驚きが混じっていた。
逆に殴ったヴァイフーは、少しスッキリした表情をしている。
「なるほどな。
相変わらず原理はさっぱりだがな。」
それだけ言い残して、ヴァイフーは足早にその場を後にする。
入れ替わりでマコトが近づいてくると、今回も治療前にフィロの意思を確認する。
「・・・フィロ、今回も治療は必要か?」
「頼むよ。
今のも完璧ではなかったからね。」
「わかった・・・どうだ?」
ほぼ一瞬で治療を終えてからマコトが確認すると、フィロは何故か全身を確認してから答える。
「ありがとう、問題無いよ。
ただ・・・」
フィロがマコトに何かを言おうとしたところで、強引に話に割って入って来る者が現れた。
「次は我だ。
回復は終わっているようだから、当然構わぬな?」
そう言いながら現れたリュジュは、既に絶真竜、その中の一つ、飛翔形態になっている。
更に力も既に発動しており身体能力に上乗せ済みで、準備万端のようである。
マコトは何も言わずに、その場から離れて行った。
こうなると断ることのできないフィロの答えは決まっていた。
「・・・構わないよ。
いつでもどうぞ。」
そう言いながらフィロは、これまでと変わらずにリュジュと正面に相対しながら自然体でただ立っているだけの構えをとる。
「いい覚悟だ。
では・・・はっ!」
リュジュは一度上空へ上昇すると、気合と共に翼を羽ばたかせながら同時に空中を蹴って勢いをつける。
そのまま一瞬で最高速度に達すると、急降下の勢いのままフィロの腹部を左拳で殴ったのだった。




