フィロの受難3
一方ナーシャはというと、フィロを殴った直後に、自身の左拳を凝視していた。
そしてフィロが開始位置に戻ってくる前に、皆の許へと戻って行った。
そのときも左拳を凝視したままだ。
戻ってきたナーシャを他の五人がすぐに取り囲む。
だが五人が質問するよりも先に、ナーシャが口を開く。
「何かおかしいぞ。」
主語が無い言葉に、当然他の四人から質問が飛び交う。
「それは後ろに吹き飛ばなかったからですよね!」
「殴った際に違和感があったのじゃな!」
「まさか逆に怪我したとか言わねーよな?」
「早く説明しろ、ナーシャ!」
急かす四人に対して、リュジュだけが冷静に質問してくる。
「・・・ナーシャ、何があった。
おかしいと言うからには、何か気付いたことがあるのだろう?」
「そうなんだが、その前に確認したい。
さっきの私の動きは、本当にいつも通りだったか?」
この言葉で、リュジュはナーシャが何を気にしているか気付いたが、まず話を聞くために自分の意見を答える。
「動きがいつも通りだったか、か・・・我が見た限りでは、あの状態のナーシャとしては、全力時の動きであったと思う。
皆もそう思ったであろう?」
リュジュの言葉に、他の四人も無言で頷いて肯定する。
「そうか・・・私の個人的な見解も、さっきのは全力で攻撃できたと思っている。
だがフィロを殴った瞬間、異様なまでに重かったように感じたんだ。」
「重かった?
つまり、その所為で吹き飛んだ距離が僅かだった、ということか。
そしてそれは、何か重力系統の魔法を自身に使ったのかもしれない、と。」
「おそらく・・・最初は私も、自分が何かの弱体化でもかけられたのかと思った。
だが見ていた全員が私の動きが損なわれていないと判断したのであれば、その可能性は無いだろう。
ただ、この場にいる全員が弱体化させられてしまった可能性も否定できないが、今回は違うだろう。」
「我もそれは無いと思う。
そんな様子も気配も一切無かったからな。
そもそもこの場にいる全員を弱体化させる意味は無い。」
「その通りだ。
実は今回私は、若干斜め上に向かってフィロを殴った。
仮に弱体化されたのであれば、それでも多少なりともフィロの身体は浮き上がったはずだ。」
「だろうな。」
「しかし実際にフィロの身体は、地に足が付いたまま僅かに後方へと吹き飛んだだけだった。
となれば私にではなく、フィロが自身に対して何かを行ったというのが最有力だと思われる。
今回防御側は能力の使用制限が無いからな。
それが重力系統の魔法を使ったのであれば、今回の結果になることも頷けるだろう。」
だがこのナーシャの予想を、リュジュは一部を肯定したが、同時に一部を否定した。
「確かにな。
ただそれが重力系統の魔法だけかと言われると、我は違うように思う。」
「何故そう思う?」
「ただ単に重力系統魔法でフィロ自身が重くなっただけでは、吹き飛ぶ距離は短くなっても防御力が上がることは無いからだ。
しかしフィロは実際に、アクアとナーシャの攻撃に耐えて見せた。
あきらかに防御力が上がっている。
それも殴られる度にな。
おそらく重力系統の魔法以外にも何かをしたのか、それとも我らが知らない何かをしたのか。
ここまで実際に見てはいたが、何をやったのかは正直さっぱりだ。」
「なるほど、リュジュの言うことも一理あるな。
そうなると、次は更に防御力が上がる可能性が高いぞ。
この次は・・・」
ナーシャが次にフィロを殴る人物へ視線を向けようとすると、先に名乗り出てきた。
「私じゃ。」
「フェニスか・・・空中戦ではないが大丈夫か?」
「問題無いのじゃ。
最初から地上戦とわかっていれば、新たな姿が有効じゃ。」
「そういえばそうだったな。
あの姿であれば、フェニスも地上で私たちと互角以上に戦えるのだったな。
だが加減はできるのか?
そこが一番心配だぞ。」
「フィロが先程以上の防御力を発揮できるのであれば、少なくとも死にはしないのじゃ。
それにマコトもいるのだから、万が一の場合でも大丈夫じゃ。」
「駄目な時はマコトが止める、か。」
「そういうことじゃ。
さて、あっちはとっくに準備ができでいるようじゃ。
では行ってくるのじゃ。」
フェニスはそれだけ告げると、フィロの近くに行ってしまった。
五人は今度も見逃さないように、はじまる前からフィロの動きを注視している。
そんなフェニスは少し離れた場所で立ち止まると、自分からフィロに話しかけ、返事を待たずに準備をはじめる。
「次は私じゃ。
・・・はっ!」
フェニスは靴を脱いでから気合を短く発すると、その姿が一瞬で変化する。
背中には短いが赤い翼が、足には鋭い爪が生えていた。
そして変化した自分の姿について、わざわざフィロに説明をはじめる。
「待たせたのじゃ。
これが私の新たな姿、紅真鳳凰、その中の一つ、地走形態じゃ。」
フェニスの姿を見たフィロは、その特徴を正確に言い当てる。
「見たところ、地上戦に特化した姿、ということかな?」
フェニスは隠すことなく、フィロの予想が正しいことをあっさり認める。
「その通りじゃ。
本来私が得意とするのは空中戦だが、今回は地上で一発腹を殴ることだけのため、この形態を選択したのじゃ。
さてフィロよ、覚悟するのじゃ。」
「仕方がないから受け止めてあげるよ。」
そう言いながらフィロは、これまでと変わらずにフェニスと正面に相対しながら自然体でただ立っているだけだ。
今回も特に何か特別な防御態勢を取っているようには見えない。
さすがに今の自分の姿でそのような相手を全力で殴ることにためらいを持ったのか、フェニスはフィロに最終警告をしてきた。
「本当にそれでいいのじゃな?
言っておくが、今の私は先程までの二人とは比べものにならない威力の攻撃を放つことができるのじゃぞ。」
しかしフィロは何も変えようとはしなかった。
「構わないよ。
正直私もまだ完全にはわかってないんだけど、今回もマコトが大丈夫だって言うんでね。
遠慮なくどうぞ。」
マコトのお墨付きをもらっているフィロに、若干の嫉妬が沸き起こったフェニスだったが、すぐに抑え込んで気持ちを切り替える。
「そうか・・・ならば遠慮はしないのじゃ。
いくぞ、フィロ!」
フェニスが構えながら問うと、フィロは迷わず即答する。
「いつでもいいよ。」
この答えを合図に、フェニスは気合と共に、更に力を発動して身体能力を上乗せすると、力強く地面を蹴って、一直線にフィロの腹部めがけて右拳を放つ。
「はぁぁぁぁぁ・・・はっ!」
その動きは先程までのアクアやナーシャとは比べものにならないほど圧倒的に速くて力強く、当然フェニスの動きはフィロには全く見えていない。
それでもフェニスの右拳から繰り出された攻撃が腹部に当たったことだけは理解できた。
フェニスの言う通り、その威力は前の二人よりも圧倒的に上で、フィロの腹部に穴が開いてしまうのではないかと思われるほど深くめり込んでいる。
そのため今度こそフィロは遥か彼方に吹き飛んで行ってしまうと思われた。
だがそんな圧倒的な威力だったにもかかわらず、フィロの身体は立っていた位置から後方へ1mほど移動しただけで止まってしまった。
前の二人よりも高い威力の攻撃だったのに、その結果はあきらかに規模が縮小している。
この矛盾した状況の中、先程のナーシャと同様に、フェニスは殴った方の右拳を凝視しながら皆の許へと戻って行ってしまった。
殴られた方のフィロはというと、こちらも先程と同様に、ゆっくりと前に歩いて元の開始位置に戻ってきた。
しかし今度はうずくまることなく、立ったまま左手で殴られた腹部を抑えているだけだ。
その表情からも、若干の余裕が見られる。
すぐにマコトがフィロに近づいてくると、治療前にフィロの意思を確認する。
「・・・フィロ、今回治療は必要か?」
フィロは考える間を置かずに即答する。
「若干のダメージがあるから、治療をお願いするよ。
次も万全の状態で臨みたいからね。」
「わかった・・・身体に違和感は無いか?」
ほぼ一瞬で治療を終えてからマコトが確認すると、フィロは腹部を抑えていた左手をどけてから答える。
「ありがとう、助かったよ。
それにしてもこんな一瞬で完璧に元の状態に治療できるなんて、何度体験しても本当にすごいね。」
「完全に治療すると約束したからな。
それにこれくらいは他にも何人かできるぞ。」
「そうなのかい?
それは興味深いね。」
興味が他に移りそうになったフィロだったが、マコトがすぐに元の話に引き戻した。
「それについては後でな。
それで、どうだ?
見たところ、だいぶ自分のものにしたようだが。」
「そうだね、徐々に理解は深まってはいるよ。
それは実際の結果にも反映されているからね。
でもまだまだ本来の力には程遠いと思う。
だから次はもっと上手くやって見せるよ。」
「やる気が出ているのはいいことだが、絶対に気負いすぎるなよ。
それこそが・・・」
「・・・失敗につながる、そう言いたいのだろう?」
「そうだ。」
「わかっているよ。
今の私が危ない橋の上に不安定な状態で立っていることくらいはね。
だから今後も今の姿勢は崩さないように気を付けるよ。」
「わかっているならいい。
さて、ここまでは予定以上の結果だ。
だが残る三人こそが重要だ。
第四世代の神の中で、今回の条件でも最も攻撃力が高いのはこの三人だからな。」
「そうだろうね。
とりあえずここを生き残るために、私は私のやれることをやるだけだよ。」
「それでいい。
それこそが今のフィロができることで、最善の道筋だからな。」
「最善の道筋、か・・・」
「他人に自分の進む道を決められるのは嫌か?」
「時と場合によるね。
それに最終的に決めたのは私自身だから、今回は嫌じゃないよ。
むしろ興味深いから、いつかマコトのその全てを見通す力の解明をしてみたいものだね。」
「そうか。
まぁ考えておこう。」
「今はそれでいいよ。
私にとっては楽しみの一つになるし、やる気の原動力にもつながるからね。
とまぁ、今はそれは置いておいて、さっきのでいくつか確認したいことができたんだけど、いいかい?」
「次がはじまる前までならいいぞ。」
「では・・・」
こうして次の相手が来るまでの間、フィロはマコトに質問をし続けるのだった。




