フィロの正体16
面倒くさそうにしているフィロに、クシナダは簡潔に今後の予定を伝え、話を終わらせる準備に入る。
「さて、早急に決めておかなければいけないことは終わりました。
詳細は明日以降に改めて話し合いの場を設けさせていただきます。
何か急ぎで聞いておきたいことなどはありますか?」
観念したフィロは、今ハッキリとさせておきたいことだけ尋ねた。
「一つだけいいかい?」
「何でしょう?」
「私の立場について、この場にいない者たちへはどう説明するつもりだい?」
互いにすり合わせする必要があると考えていたフィロだったが、どうやらクシナダは事前に決めていたようだ。
「貴女はかつてのユグドラシルシステムの中枢ユニット、セフィロトではありません。
今は第四世代の神、精命の樹のフィロです。
ユグドラシルシステムの中枢管理者の任に就いた理由については、適性があったと説明するつもりです。
ですから中枢管理者の任については隠す必要はありません。
こちらは他の皆様にも後日周知する予定ですから。
ただ統制管理者特別監査役の任については、公表しても構いませんが、貴女自身のために今は秘匿した方がいいかと。
ですが判断は貴女に任せます。」
「いずれ公表することになるとしても、今は余計な詮索の種になる、か。」
「そういうことです。
ですがこの場にいないシルフィナ様については、全ての事情をご存知です。
それだけはあらかじめ伝えておきます。
以上、何か問題はありますか?」
「いいや、何も問題無いよ。
私は第四世代の神、精命の樹のフィロで、その適性からユグドラシルシステムの中枢管理者の任に就いた。
それが今の私の立場だ。」
「では今後私たちもそのように接します。」
「頼むよ。
これで終わりかい?
それならそろそろ休ませてもらいたいんだがね。」
そろそろ限界が近いフィロだったが、ここでクシナダがわざとらしくあることを思い出す。
「そうですね・・・そういえば、私としたことがすっかり失念していました。
最後に話は変わりますが、ついでにどうしても確認しておきたいことがもう一つあります。」
「最後というのであれば、まぁいいだろう。
何を確認したいんだい?」
気軽に受けたフィロだったが、ここでクシナダの表情がこれまでで一番真剣なものに変わる。
「貴女がフィロになった経緯です。」
この簡潔なクシナダの質問に対し、フィロはその意図を正しく理解した。
「なるほど、そっちが本当の目的だったわけだね。
つまり、ユダの生死や行方について、封印されていた私の記憶の中に何か情報があると考えたわけだ。
他にも、そこから上位の神々たちについても何かわかるかもしれない、と言ったところかな。」
「否定はしません。
ただユダのことが一番の目的ではありますが、それが他の事のとっかかりにもなるのではないかと考えています。
ですので今すぐに包み隠さず、嘘偽りなく答えることをお勧めします。」
少し圧をかけてくるクシナダに、フィロは涼しい顔で受け流しながら返す。
「それは脅しかい?」
「いいえ、あくまで今後の貴女のここでの生活を心配してのことです。
ちなみに私たち統制管理者の記憶と空中都市内に残された全ての情報を精査して、既にある結論に至っています。
空中都市内でユダと最後に接触した人物が貴女である可能性が非常に高いと。
以上を踏まえた上で応えてください。」
クシナダの指摘に、フィロは当時を思い出しながら答える。
「ふむ・・・あのときが最後ということか。
先に言っておくが、あまり期待しない方がいいぞ。」
「それを判断するのはこちらです。」
「いいだろう。
空中都市が分裂する直前だと思うが、私はユダに呼び出されて、無理やり休眠カプセルらしきものに閉じ込められた。
それからすぐに意識を失い、おそらくそのとき全身に刻印を刻まれて、記憶も封印されたのだろう。
その後、目覚めた私は元の記憶を失い、代わりに偽りの記憶を中途半端に持った状態で目覚めたらしい。
そこからフィロとしての人生がはじまったようだ。」
「ずいぶんと曖昧な部分が多いですね。
目覚めたときに、周囲や環境に疑問を持たなかったのですか?」
「私が目覚めた場所は、病院のベッドの上だ。
当時の担当医からの説明では、私は事故に遭い、三日間意識を失っていたということだ。
両親についてはぼんやりとだったが、違和感を感じない程度の覚えがあったし、わざわざ血のつながりの証明迄見せつけられた。
更に交友関係については希薄だったということを聞いても、私の性格的に何も疑問に思わなかったからな。
そのため記憶喪失だと言われても疑問に思わなかったし、特に生活においても不自由しなかったのだよ。
幸いにも怪我はかすり傷程度で、日常生活に不自由することはなく、重要なものを除いた知識に欠損もなかったのでね。」
「そうですか。
ですがそうなりますと、誰かが貴女を休眠カプセルから出し、病院へ運び目覚めさせ、偽りの両親を用意した、ということになります。
それについての記憶や心当たりはあるのですか?」
「いいや、全く無い。
今の私には、休眠カプセル内で意識を失ってから病院のベッドで目が覚めるまでの記憶が一切ないからな。
おそらく可能性としては、支配国の上級国民の誰かが怪しいだろう。
それがユダ本人や配下、それとも関係者や協力者なのかは、一切不明だがね。」
「確かに、支配国自体は怪しいですね。
ただ一見その可能性が高そうに思えますが、少しあからさますぎる気もします。
それにユダとのつながりが全く見えてきません。
目覚めて以降、周囲にユダと関係していそうな気配などは無かったのですか?」
「支配国には元々怪しい連中が多かったからね。
だがその中でも一番怪しいと後に思ったのは助手だ。
しかしさっきも説明した通り、私が一切興味無かったため素性などは全くわからない。
あの後いったいどうなったのかもだ。」
「あの後というのは、貴女が精命の樹になった後のことですか?」
「そうだよ。」
「それは少しおかしいですね。
貴女の情報収集能力があれば、支配国内を把握できたはずです。
もしかして対象外にしていたのですか?」
「それは違うよ。
当然助手についても調べようとしたさ。
私をはめた直接の原因の一つなんだからね。
だけど何故か助手だけは私の情報網に引っかからなかった。
まるで支配国内に存在しなかったかのように、他の研究者や上級国民たちからも何の情報も一切出なかったんだ。
それこそが最大の謎だけど、逆にユダに近しい存在だったんじゃないかと今では思うね。」
ここまでフィロの話を聞いて意見を言うだけだったクシナダだが、ここで初めて情報を開示する意思を示した。
「その助手と思われる人物については、こちらにも多少の情報があります。
おそらく貴女の知らない、支配国が滅ぶまでの二年間の情報です。
興味はありますか?」
当然フィロに断るという選択肢はなかった。
「もちろん興味あるよ。
ちなみに私が聞いても構わない内容なのかい?」
「問題ありません。
既に他の皆さんもご存じのことですから。
その助手と思われる人物は、貴女の研究成果と自身の理論を駆使して、独自に第六世代の神、破壊神を完成させました。」
「へぇ、あの破壊神を助手がねぇ。
研究者としての立場から言わせてもらえば、純粋にすごいの一言だ。
破壊神の強さは、それ以前の世代の神を圧倒的に凌駕していたからね。
あの第五世代の神でさえ、全員で何とか持ちこたえていたくらいだ。
だが私の知る限り、そこに助手の姿は無かった。
もしかして助手に何かあったのかい?」
「破壊神の最初の犠牲者となりました。
どうやら破壊神になることに成功した暁には、最初にその成果を自身で体験すること、だったようです。」
クシナダから助手の顛末を聞き、フィロは顔を少ししかめて疑問を口にする。
「ふむ・・・その最後はある意味私の知る助手らしいと言えるが、らしくないとも言える。
それに先程から一つ気になっていることがある。
何故君はさっきから、助手らしき人物、と呼称しているんだい?」
「貴女が言う助手と、私たちが情報を保持している助手らしき人物。
この二人に共通点は多いですが、同一人物であるという決定的な情報がありません。」
「だからあえて、助手らしき人物、と呼称しているか・・・しかしわからないな。
無限書庫であるアイの能力が私の知るものと同じなら、情報の精査は容易なはずだ。
アイ、それについてはどうなんだい?」
質問されたアイが迷わず即答する。
「残念ながらアカシックレコードには、助手らしき人物についての記録が、不鮮明な状態でしか存在しませんでした。
そのため確実に同一人物とは断言できないのが現状です。」
このアイの答えに、フィロは何故か残念そうだ。
「私が伝え聞いたアカシックレコードには、この世のありとあらゆる情報が存在するとのことだが、どうやら性能は過大評価だったようだ。
これでは他の情報も、その真偽に疑問があるな。」
するとここで、それまで黙っていたマコトが話に入ってくる。
「そうでもないぞ。
要は使い方次第だ。」
「それはどういうことだい?」
「基本的にアカシックレコードの情報は、詳細が明確に記載されている。
それは間違いない。」
「マコトの言葉を信じるなら、不鮮明な状態の情報はおかしいから信じられないが、そうでなければ信じられる情報だということかい?
だがそれが使い方次第だというのなら、情報から判断するのが面倒そうだね。」
「それもあるが、そもそも何故不鮮明な状態の情報が存在しているのか。
フィロはどう考える?」
逆にマコトから問われたフィロだったが、既に答えを用意していたのか、自分の考えを口にする。
「可能性としては二つ。
1、アカシックレコードが不鮮明な状態でしか記録できない情報だった。
2、誰かがアカシックレコードの情報を不鮮明な状態にした。
だが今のマコトの話を信じるなら、1の可能性は無い。
だから2しかありえない。
違うかい?」
「正解だ。
アカシックレコードは、管理者権限を持っていれば、その内容を変更、追加、削除することができるようになる。」
「つまり、私の記憶を封印した人物、またはその関係者の中に、アカシックレコードの管理者権限を持つ者がいる、ということか。
そうなると、ますますアカシックレコードの情報は信憑性が低くなると思うがね。
でも、マコトはそうではないと言うのだろう?」
「ああ。
アカシックレコードの情報には、一つ前までの変更履歴が残るからな。
そしてアイの無限書庫としての能力を使えば、情報の精査は容易にできる。」
「なるほど、変更履歴が無ければ真実で、あれば改ざんの疑いがあり信用できない、ということか。
そして無限書庫は、それらを瞬時に判別する機能があるわけだ。
だが重要事項については全て改ざんされていて、真実がわからないのが現状であるはずだ。
それでは結局わからないことがわからないままで、一向に進展しないのではないかい?」
「それを解決するために、今できる方法が一つだけある。
そして既に実行済みだ。」
マコトのこの言葉を聞き、フィロは少し前に行ったことを思い出した。
「もしかして、さっき私を全裸にひん剥いて確認したときかい?」
ちょっとした意趣返しのためか、わざとこんな言い方をしたフィロだったが、マコトは軽く反論するだけに止めて話を続ける。
「言い方に問題があるのと事実無根の内容が含まれているが、概ねその通りだ。
俺は対象者を深く視ることで、本人も知らない情報を過去に遡って確認することができる。
これはアカシックレコードとは関係なく、対象者自身から確認できる情報だ。」
「そんなことまでできるなんて、本当に君は規格外だね。
それでどうだったんだい?
まぁ答えはわかっているけどね。」
「ああ、フィロの予想通り、駄目だった。
その辺りの記録が念入りに消されている。
そいつは余程、自分の正体を知られたくないらしい。」
「結局また振出しに戻ったというわけか。
それにしてもアカシックレコードだけでなく、個人に付随する記録まで消せるのは、研究者としてはとても興味深いね。
いったいどうやっているのか、興味が尽きないよ。」
「アカシックレコードは資格が必要だが、個人の記録に干渉するには特殊な能力が必要になる。
だから技術として確立するのは、今のところ不可能だ。」
「それを知っているということは、少なくともマコトは仕組みを理解していて干渉できる、ということだね?」
「ああ。」
「やはりそうか。
では個人の記録にも変更履歴があるのかい?」
「いや、それは無い。
アカシックレコードのような作られたものではないため、個人の記録には余計な機能が無い。
だからこそ痕跡がハッキリと残るんだ。」
「そういうことか。
そしてマコトはその痕跡を判断することができるわけだ。
ますます興味深いな。
いつかその能力を解明して技術体系を確立したいものだ。
おっと、話が逸れてしまったな。
だがそうなると、今回は相手が一枚上手だったというわけだ。
これは前途多難だね。
マコト、どうするつもりだい。
当然次の一手は考えているんだろう?」
フィロはマコトの答えを期待に目を輝かせながら待っていたのだった。




