フィロの正体14
どうやら時間が経つにつれ、フィロはコツを掴んだらしく、マコトの言葉通り慣れてきたようだ。
そして辛そうな表情が次第に無表情へと変わったかと思ったら、今度は一転して興味深そうに目を輝かせている。
そのまま小声で何かを呟きながら考え込みはじめてしまった。
そんなフィロを放置してはまずいと考えたのか、マコトがすぐに注意する。
「フィロ、今は話を進めたいから考えるのは後にしてくれ。」
深く考えはじめる前だったからか、すぐにフィロは思考するのを中断した。
「おっと、それは失礼した。
封印されていた私の記憶が、まさかここまでのものとは思わなくてね。
これまでの経験と合わせて、ついいろいろと試してみたくなってしまったんだよ。
今なら大抵のことは実現できそうだからね。」
フィロが少しはしゃぎながら答えると、今度はクシナダが注意してきた。
「そのような勝手を私が許すとでも?」
「そういえば、今は君が統制管理者統括みたいだね、クシナダ。
ということはだ、私に対する基本的な命令権は、今は君にあるということだ。
それでどうするんだい?」
「どうする、とは?」
「かつての統制管理者統括だったユダのように私を徹底的に管理するのか、と聞いているんだよ。
私はユダの都合がいいように散々利用されたからね。
ユダは表向き、支配者の上位の神たちには媚びを売っていい顔をしていた。
一方その裏では、下位の統制管理者たちや住民、私を使って、陰険なストレス発散なんかをしていた。
クシナダ、君はどうなんだい?」
「愚問ですね。
そのような愚かな行いをさせないために、私たちはユダから地位を剥奪して除名したのです。」
「それは他の統制管理者たちも君に賛同しているということかい?」
「私が今、統制管理者統括になっていることが、その証です。
そして私たちと同じくユダの圧政に苦しんだ貴女なら、同士に加わる資格があります。
どうです?」
「なるほど、それはつまり、私一人だけ暗く狭い場所へ監禁されて空中都市の歯車に戻れ、ということだね?
それではユダの二の舞だな。」
「それは違います。
空中都市エデンの園、その根幹を支えるユグドラシルシステムの最重要機密である中枢生体ユニット、セフィロト。」
クシナダのこの言葉に、フィロは冷たく返す。
「かつての名は捨てたよ。
記憶を封印され、別人として生きていくことになったときからね。
だから今の私はフィロだ。」
フィロの意を汲んで、すぐにクシナダも訂正し、先に宣言した。
「失礼しました、フィロ。
勘違いの無いように、先に言っておきます。
私たちは貴女の協力が欲しいのであって、貴女の意思を無視して無理矢理従わせるつもりは一切ありません。
ですから自由を奪うことも絶対にしません。
それだけは今この場で約束します。」
しかしフィロは、このクシナダの宣言に疑惑の目を向けてくる。
「口では何とでも言えるよ。
ユダのような奴もいるんでね。
首を縦に振るかは、具体的な提案内容を聞いてからだよ。」
だがフィロは、どうやら話を聞く耳は持っているようで、クシナダはそのまま話を続ける。
「当然の権利です。
ただ、この場に身を寄せる以上は、ここの新たなルールには従ってもらいます。
そこは絶対に譲れません。」
「納得できる内容であれば構わないよ。」
「わかりました。
それでは提案内容やルールなど、その他諸々について説明します。
まずユグドラシルシステムですが、既に改修してバージョンアップが終わっています。
これにより通常稼働時は、中枢生体ユニットの常駐が必要無くなりました。
またこの場合の最大稼働率は、改修前と比較して120%にまで向上しました。」
技術的な話からはじめたことで、フィロの興味を上手く引けたようだ。
詳しい説明を求めるのは我慢しつつ、自分なりの考察を簡単に付け加えてきた。
「へえ、以前は私無しだと30%程度が限界だったはずだが、相当基本出力が上がったということだね。
それにハードもソフトも、ずいぶん進化して堅牢で優秀になったようだ。」
「その通りです。
詳細は省きますが、新たな動力への変更によって基本出力が格段に上がったことが要因の一つです。
これに伴い空中都市全体の強化と改善を、特に心臓部であるエンジン回りを重点的に行いました。
更に基本OSの大幅な改修も行い、空中都市全体の運用効率が格段に上がりました。
そのため空中都市自体が通常稼働時は、ほぼ自動でかつてを上回る運用が可能となっています。」
「なるほど、各部分の基本性能を向上させることで、通常稼働時の負担を大幅に軽減したわけか。
空中都市は過去の遺物とはいえ、今の時代ではロストテクノロジーであるオーパーツの宝庫だ。
それを改修して更には機能の向上まで行ってみせるとは、ハードとソフトの両方で相当高い技術力を持っていることがわかるな。」
「こちらの技術者の方たちは、元々の高い技術力に加え、私たちの技術も吸収して、更には応用にまで発展させました。
この事からもわかるように、短期間で実用段階にすることが可能な高いレベルの技術を持っています。
その全ての中核を担っているのがマコト様なのですから当然なのですが。」
「それは興味深いな。
時間を作って、ぜひ技術者談義をしてみたいものだ。
常駐する必要が無いのなら、それくらい可能なはずだけど、どうだい?」
「それは双方で予定を調整して、お好きなようにしてください。
私の管轄外です。」
「そうは言っても、私に対する命令権は君が持っているんだ。
記憶が戻ったことで、今の私の自由は君に握られている事実は変わらないよ。」
「それについては事後報告になりますが、私個人だけでなく統制管理者統括の地位には、貴女に対する命令権は既にありません。
改修時に空中都市側は全て初期化しています。」
「何?」
「それについては貴女自身も、既に気付ているのではありませんか?」
「・・・確かに、今のところ私を縛る存在は確認できないな。
だが意図的に今は切っている可能性も否定できない。
そもそも私の中にも命令権につながる何かしらの仕掛けがあるはずだ。
信じるには言葉以外の証拠を提示してほしいものだ。
できるならな。」
フィロが、証拠が無ければ信用するに値しないと暗に宣言すると、クシナダはその答えを待っていたとばかりに返してくる。
「物的証拠なら既にあるではありませんか。」
「どこにあると言うんだい?」
「今貴女が言った通り、貴女自身の身体が証拠だと言っているのです。
貴女のその身体はマコト様が精命の樹から救い上げたもの。
更には今しがた体内にあった全ての刻印を解除までしています。
そのマコト様が、ユダが残した負の遺産を貴女の体内にいつまでも残していると思いますか?」
クシナダの言葉に盲点を突かれたフィロは、すぐに当事者に確認した。
「・・・言われてみれば、確かに。
で、そこのところは実際どうなんだい、マコト?」
マコトは迷いなく断言する。
「フィロにとって不都合なものは全て解除して排除した、とだけ言っておこう。
それが答えだ。」
このマコトの答えを、フィロは考える間を置かずに受け入れた。
「そうか、マコトが言うのであれば間違いないんだろう。
詳細が気になるところだが、今はそれだけ聞ければ十分だ。
ということだ、クシナダ。」
「信じてもらえたようで良かったです。
しかし・・・私の言葉は疑うのに、マコト様の言葉はすぐに信じるのですね。」
「マコトにはこうして自由にしてもらった恩もあるからね。
何か問題があるかい?」
クシナダとフィロの間に一瞬緊張が走る。
だがすぐにクシナダとフィロの思惑が一致した。
「いいえ、何も。」
「だったら話を先に進めてくれ。」
「わかりました。」
そのため今は話を進めることを優先し、余計な時間を取られることを避けたのだった。




