表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
入学初日にクラス全員を拒絶した女子と関わったら、愛が重すぎる甘々彼女になった。  作者: あすれい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

98/105

第98話 仲直りと、壊れたムード

 俺と栞の皿はすでに空になっていた。


 オムライスは永久保存されることなく、すっかり俺たちの腹の中におさまった。とはいえ──味も、見た目も、それから匂いも。記憶にはばっちり保存済み。この記憶はたぶん、永遠に消えたりしない。


 そういう意味では、永久保存されたかもしれない。


 ……本当、栞は料理上手だなぁ。

 彼女が料理上手なんて、俺、恵まれすぎじゃ?

 栞のことだから、見えないところで努力してるんだろうけどさ。


 満たされた腹をさすると、栞がまたくっついてくる。こんな時でも甘えん坊というか、ある意味豪胆というか。


「ねぇ涼? お口の端に、ケチャップ付いてるよ?」


「え、どこ? 右? 左?」


 慌てて手で拭おうとすると、やんわりと止められる。そして、栞はくすりと笑った。


「そんな横着しちゃダーメっ。そのまま、じっとしてて?」


「……な、なにを──」


「いいから、動かないで」


 俺の言葉を遮るように、栞の顔が近付いてきて──


 ぺろっ。


 栞の舌が、ケチャップを舐め取っていった。


「な、なにしてるのっ?!」


「えー? だって、これが一番手っ取り早かったんだもん。どうせ二人ともこっち見てないんだし、いいでしょ?」


「……それはそうかもしれないけど」


 最後まで夢中になって食べさせ合っていた俺たちとは対照的に、遥と楓さんの食の進みは遅かった。二人して俯いて、まだちびちびとオムライスもどきを食べている。


 楓さんはずっとむすっとしているし、遥も楓さんが本気で怒っているのを察したのか、むっつりと黙り込んでいた。


 お互いを一切見ようとしない。なのに、不思議と二人は同時に食べ終えた。


 カチャン、とスプーンを皿に置く音が二つ重なる。そこでようやく、遥が重い口を開いた。


「……ごっそーさん──なぁ、彩」


「なによ、バカ遥」


 楓さんの声にはトゲがあった。普段の元気で明るい楓さんからは想像できないくらい、低くて重い声だった。楓さんは、やっぱり遥の方を見ていない。


 それでも、遥はがしがしと頭を掻いて続ける。


 俺と栞は気配を殺して成り行きを見守っていた。


「……悪かったよ、バカにして」


「……知らないっ! どうせあたしは、しおりんみたいに上手にできないもん」


「そう拗ねんなって。あぁは言ったけどよ、食ってみたら案外普通っつーか、悪くなかったっつーか……」


「……悪くねぇ?」


 喧嘩が始まってから、初めて楓さんが遥を見た。けれど、その視線は鋭い。睨みつけられて、遥はわずかに目を伏せた。


「……すまん、訂正する。ちゃんと、オムライスしてたわ。正直、味は美味かったよ」


「……本当に、そう思ってる?」


「んなもん、確認しねぇでもわかるだろ。俺の目見てみろって」


「……見なくてもわかるよ。一応聞いてみただけ。何年一緒にいると思ってるの?」


「……生まれてこの方、ずっとだな」


「だったらっ……あたしが本気で怒ることくらいわかってよ、バカ遥っ!」


「……わりぃ」


 短い謝罪。でも、本気で謝っているのは、外側から見ている俺にも伝わってきた。


「はぁ……本当に遥はっ! しょうがないから今回は許してあげるけど、次はないからね」


「……わーってるよ」


「ならよろしい。でも、罰として遥がみんなの分も皿洗いね!」


「なっ、俺がすんのかよ?!」


「なにか文句ある?」


「……やりゃいいんだろ、やりゃ」


 遥は立ち上がり、皿を重ねて持ち上げた。それから、バツの悪そうな顔で俺を見た。


「そういうわけだから……すまんな、涼。台所借りるぞ」


「あ、俺も手伝う──」


「ダメダメっ! これは遥の仕事なんだから、高原くんは座ってて!」


「え、あ……はい」


 まだ怒りの残滓を纏う楓さんの圧に逆らえずに、俺は浮かせかけた腰を元に戻した。


 ……ここ、俺んちのはずなんだけどなぁ。

 まぁ、やってくれるっていうなら任せるけど。


 そうして遥が一人でキッチンへ行くと、楓さんは大きくため息をついた。


「はぁ……ごめんね、二人とも。なんか空気悪くしちゃったよね」


「いや、それはいいけど……一時はどうなることかと思ったよ」


「私は特に気にしてなかったよ? たぶん、いつものことなんだろうなぁって思ってたし」


「しおりんには、もうちょっと気にしてもらいたかったかも……。ずーっとあたしらがいないみたいに高原くんとイチャついてんだもん」


「あれ? 気付いてたの?」


「あんな露骨にしてたら誰でも気付くわいっ! おかげですっかり毒気抜かれちゃったよ!」


 どうやら楓さんの調子もだいぶ戻ってきたようだ。声に勢いがあるというか、付き合いはまだ短いが、こっちの方が楓さんらしいと思う。


 かと思えば、また楓さんからため息がもれる。さっきよりも大きく。


「はぁぁ……。しおりんはいいよねぇ。高原くん、優しそうだし」


「涼はあげないよ?!」


 俺を取られると思ったのか、栞はがっちりとしがみついてきた。そろそろ人前で抱きつかれるのにも慣れてきたかもしれない。


「別にしおりんから高原くんを奪ったりしないってば。たださぁ……遥ってたまに意地悪なんだもん、羨ましくなっちゃうよ」

 

「とか言って、柊木くんのことちゃんと好きなくせに」


「そうなんだけどねぇ」


「というか──今の聞いたら、今度は柊木くんが怒ると思うよ?」


「……うっ、確かに。あたし、なに言ってんだろ。あーもうっ、やめやめっ! 嫌な気分引きずってるから変なこと口走っちゃうんだよね。ちょっと切り替えてくる!」


 楓さんは勢いよく立ち上がって、キッチンへ走っていく。


「遥ーっ! あたしも手伝うよっ!」


「はぁっ?! 一人でやれっつったのは彩だろうが!」


「そんな昔のことは忘れちゃった! あ、洗い終わったやつ流してくよ!」


「いいって! こんぐらいすぐ終わんだから、あっちで待ってろって!」


「嫌ですぅー! だって、向こうにいるとお熱な二人に焼かれそうなんだもん!」


「……それはそう」


「でっしょー?!」


 すっかり元通りにわちゃわちゃし始めた遥と楓さんを見て、栞は俺の肩にこてんと頭を預けてきた。


「ね? 大丈夫だって言ったでしょ?」


「……そうみたいだね。でも、なんでわかったの?」


「なんとなく、だよ」


 どこか、含みのありそうな声音だった。でも、それを探ったりはしない。突然始まった喧嘩に驚いただけで、俺もなんとなく、こうなる気がしていたから。


「ねぇ、涼」


「うん、なに?」


「涼は──ずっと今のままの、優しい涼でいてね?」


「似たようなこと、昨日も言ってたね。俺もさ、ずっと栞に好きでいてもらいたいから──なるべく変わらないように頑張るよ」


「えへへ。だから涼好きっ、大好きっ」


 キッチンが騒がしいのをいいことに、栞が顔を寄せてくる。


 最初に、こつんと軽く、額がぶつかった。

 次に、ちょんと鼻が触れる。

 最後に、唇が重な──


「あーっ! しおりんたち、ちゅーしようとしてるっ!」


 ──らなかった。

 

 栞はぱっと振り向き、楓さんに噛みつく。


「ちょっと彩香っ! 今いいところだったのに邪魔しないでよぉっ!」


「いやいやいや、しおりん?! そういうのは、二人きりの時にしよ?! 目の間でちゅっちゅっされたら、さすがにあたしらも照れるってば!」


「そんなの見なきゃいいだけでしょ! まったくもう……。これは後半戦、もっと厳しくする必要がありそうだねぇ」


「えぇっ?! じゃ、じゃあ……目閉じてるから好きなだけしてもろて」


「残念っ、時間切れだよ。ムードぶち壊されたのに、すぐに仕切り直しなんてできるわけないもん。というわけで、お昼休憩はおしまいっ。わかったらさっさと課題進める! ほら、柊木くんも!」


「お、俺もかよ?!」


「……なにか?」


「なんでもありませんっ! すぐに始めさせていただきます!」


 ……恐るべし、スパルタモードの栞先生。

 まさかもう一段ギアを上げてくるとは思わなかった。遥の口調まで変わってるし。


「こら彩香っ、いつまで目閉じてるの! 早くこっちに来なさい!」


「……ひ、ひぃぃぃっ! しおりんの鬼ぃーっ!」


 楓さんの悲鳴が、リビングの空気を震わせる。

 こうして、楓さん課題を片付ける会の午後の部が幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ