第96話 キッチンの内緒話と、オムライス
◆side栞◆
涼たちをリビングに残してキッチンに向かうと、ちょうどよく炊飯器が鳴った。
タイミングばっちり。
といっても、タイマー機能を使っただけなんだけどね。
ぱかりと蓋を開けると、赤く染まったお米──チキンライスが炊き上がっていた。本当は普通にお米を炊いて、フライパンで炒めて作るつもりだったのに。
……彩香のせいで、時短バージョンに切り替えることになっちゃったんだよねぇ。
でも、事前にいろんな作り方を調べといて正解だったよ。
さすが私。
やっぱり予習って大事だね。
勉強でも、それ以外でも。
まぁ、涼の胃袋を預かる身としては?
どんな状況にも対応できるスマートさが必要っていうか?
これくらいはできて然るべき──
なんだけど。
……うーん。なんだかちょっとベチャついちゃってる気が。お水の量が多かったのかも。
こういうところ、まだまだ経験不足なんだよねぇ。予習は大事だけど、実戦に勝るものはなし、ってことかなぁ。
でも大丈夫っ!
こういう時は、さっくりとかき混ぜて、蓋を開けっ放しにしてしばらくおけばマシになる……よね?
……どうしよ。
とりあえずお皿は用意したけど、いきなり進まなくなっちゃった。
ちゃちゃっと作るなんて言った手前、すごすご戻るのも気が引けるし──
「しっおりーんっ! 邪魔しに来たよーっ!」
なんか、彩香までこっち来ちゃったし。
というか、
「それを言うなら手伝いに、でしょっ!」
まったくもうっ!
ただでさえいろいろ邪魔されてるのに!
「にゃははっ! だってあたし、料理なんてしたことないし!」
「……ならなんで来たのよ」
私は呆れて、ため息をついた。
……でも。
なんでか彩香って、憎めないんだよね。
悪気がないから?
無駄に元気でテンション高いから?
よくわかんないけど、ちょっぴり昔の美紀と似てるような気がしなくもないっていうか──
「へぇーっ! チキンライスって炊飯器で作れるんだぁっ! ねぇねぇしおりん。こっからはどうすんの?」
いつの間にか真横まで来た彩香が、炊飯器を覗き込んでいた。
……うん。
なんか無駄に距離が近いせいもあるのかもね。
「……後は玉子で包むだけなんだけど、その前にちょっと水分飛ばしてるところだよ」
「ということは、今は暇っ?」
「まぁ、そうだね」
「じゃあちょうどよかった!」
そんな言葉と共に、ニッと笑った顔が迫ってくる。
……近いっ!
近いってばぁっ!
一歩後退ると、すぐに開いた距離を詰められる。
あっという間に、私は逃げ場を失った。
「……な、なにがちょうどよかったの?」
「えーっ? だってしおりん、高原くんちにお泊りしてるんでしょー? どんなだったかなぁって聞こうと思って!」
「……へ?」
お泊りって──
「なんで……彩香がそれを知ってるの?!」
「……はぇ? なんでって、さっきしおりんが言ったんじゃん?」
「私がそんなこと言うわけ──」
ふと、自分の言葉が頭の中に蘇ってきた。
『でね、私が泊まり込みで涼のご飯係をしてるの』
……言っちゃってたぁっ!
あわわっ、どうしよ?!
「いや、えっと……それは、あのね──」
「ふふふっ。テンパっちゃってかぁわいっ! しおりんってさぁ、高原くんのことが絡むとちょびっとポンコツになるのがいいよね!」
「……そんなことっ」
ない……はずなんだけど。
……私のうっかり発言のせいで、涼まで気まずくなってたら、ヤダなぁ。
ちょっとだけヘコんでいると、彩香が私の耳元でぽしょりと囁いた。
「……で、どうなの? シちゃった?」
「ひょえっ?!」
「おぉっと! その反応は、本当に?」
もう、言い逃れはできなかった。
だって、自分でそうだって言っちゃったみたいなもんだもん。
私は顔から火が出そうなのを我慢して、コクンと小さく頷いた。
「本当っ?! わぁっ、おめでとう、しおりんっ! いやぁ、これはめでたいねぇ!」
「……や、やめてよ彩香。さすがに、恥ずかしいよぉ」
からかわれるのは覚悟したけど──
こんなふうに言われるなんて、聞いてない。
「うへへ、初心なところもかわゆいのぉ」
彩香は私に抱きついて、うりうりと頭を撫でてきた。私はまた恥ずかしくなって俯く。
でも──
「……なんで、わかったの?」
お泊りしたってだけで、そこまでわかるものなの?
そろりと顔を上げると、彩香はにんまりと笑って私を見ていた。
「いやぁ、半分はカマかけだったんだけどねぇ──二人とも、あまーい空気隠せてなかったし。それにやっぱ、しおりんの表情見て、そうかなぁって」
「……私の表情が、なに?」
「余裕できた顔、してるよ」
そう言って、彩香は私のほっぺをむにっと突いた。
「なんかさぁ、こないだまでのしおりんって、すっごく必死だったでしょ。高原くんのこと、誰にも渡さないーっ、みたいな? それがちょっと薄くなったような気がするんだよね。それでなんとなーく、ね?」
「……うぅ。そんなの──」
たぶん、図星だった。
自分の無意識の意識を掘り起こされてるみたいで。
「……余計恥ずかしいよぉ」
「あははっ、照れない照れないっ! そんなの、あたしと遥だって普通にしてることだしさっ!」
「そ、そうなのっ?! 彩香と、柊木くんが……?」
付き合ってるのは知ってるけど、あんなにケンカップルみたいなのに。
「あれあれぇ、気になっちゃう? あたしらがどんなか聞きたい? というかぁ──先輩として、男の子が喜ぶこと、教えてあげよっか?」
……涼が、喜ぶこと?
そんなの──
「し、知りたいっ! 教えてっ!」
恥ずかしさは、一瞬でどっかに飛んでいってしまった。代わりに頭を埋め尽くすのは、もっと涼を私に夢中にさせる方法への興味。
余裕ができた?
ないない。
だって、私の欲は底なしだもん。
今度は、私から彩香に詰め寄る。
「ね、ねっ! どうすればいいの?!」
「いや、ちょっ、しおりんっ?! 食い付きヤバっ!」
「いいから早くっ! お願いっ!」
さっきまで私が教える立場だったのに、今は完全に逆転してる。
でもいいの。
涼のためなら、私はなんでもやるの。
恥ずかしいことでも、躊躇ったりしない。
優しくしてもらってばっかじゃヤダもん。
涼にだって、満足してもらいたいもん。
「……しょうがないなぁ、しおりんは。ちょっと耳貸してね」
秘密の内緒話。
ぽしょぽしょと、彩香の声が耳をくすぐる。
「……お泊り中ならたとえばぁ、高原くんがお風呂入ってる時に──」
「お、お風呂……?!」
「……でね、後ろから──」
「そ、そんなこと……?!」
「……トドメに──」
「あわわわっ……!」
……きゃぁーーーーっ!!
ちょっと刺激がっ、刺激が強いよぉっ!
というか、この二人ってそんなことしてるの?!
見る目変わっちゃうって!
……でも、私もやってみようかな。
涼って奥手っぽいし、私が積極的にならないとっていうか。私が、また涼としたいって思うから。
直接肌が触れ合う安心感って、なんかすごいんだもん。私って、自分で思ってたよりずっとえっちなのかも。
とはいえ。
その後の彩香の話は私には過激すぎて、頭はオーバーヒート寸前。これ以上されたら、おかしくなっちゃう。
「あの……彩香? 今回は、それくらいで……」
「あれ? もういいの?」
「う、うん……。そろそろご飯、仕上げないとだし」
「ふぅん、そっか。そういうことにしといてあげよっかな。また聞きたくなったらいつでも言ってね!」
「……わかった」
私はドキドキする心臓を鎮めて、冷蔵庫から卵のパックを取り出す。それから、深呼吸。
涼に下手なもの、出せないもんね。
フライパンを温めながら、ボールに卵二つを割り入れてかき混ぜる。
さぁて──うまくできるかなぁ。
フライパンに卵を流し込むと、しょわっと固まり始めた。ここからは時間との戦い。手早く薄く伸ばして、チキンライスを乗せて。
端を折り返したら、お皿にころんと転がして──
「うんっ、完璧っ!」
我ながら見事な出来だった。
破れはないし、変に焼き色もついてない。綺麗な黄金色のオムライスに仕上がっていた。
続いて、もう一回。
今度は私の分──と思ったら、横から目の前に彩香の顔が割って入ってきた。
「わぁっ! しおりん上手っ!」
「ふふっ。これくらいはできないと、ね?」
私はちょっぴり、得意気に答えた。
口ではこう言ったけど、ちゃんと練習してきたんだもん。
「ねぇねぇ、しおりん?」
「なぁに?」
「あたしと遥の分、あたしがやってもいい?」
「いいけど、できるの?」
「わかんないけど、なんか楽しそうじゃん!」
「うーん……まぁそう言うなら。とりあえず私の分やっちゃうから、その後でね」
「やった!」
一抹の不安を抱えつつも、もう一つ作り上げた。涼のよりも小振りなサイズで、今度のも見た目はいい感じ。
彩香に場所を空けて、私は最後の仕上げに取りかかる。それを見て、彩香が笑った。
「やっぱりしおりんの高原くんへの愛は大っきいねぇ」
彩香の視線の先には、涼の分のオムライス。そこには、私の描いた『りょう』の文字と、それを取り囲む大きなハートがある。
「当然っ!」
これがやりたくて、オムライスを作ることにしたくらいなんだから。
私の分のオムライスは、まだ白紙。
それは涼に──
「じゃあ、私は先に向こう行ってるから頑張ってね。片付けは後でするから、そのままでいいよ」
私はそう言い残して、涼の反応を期待しながらリビングへと戻った。




