第95話 好きの形の違い
「そういやさ──」
栞が腰を浮かせかけたところで、遥が思い出したように言った。
「なんでナチュラルに黒羽さんが作ることになってんだ? ここ、涼んちだよな? 涼の親はどうしたよ? いねぇってのは聞いてたけど」
「んふふっ、それはねぇ」
俺が答えるよりも早く、栞が得意気に笑う。
そして、止める暇もなく爆弾が投下された。
ちょっと落としちゃった、みたいな軽い感じで。
「涼のご両親は、昨日からお盆の帰省中だよ。でね、私が泊まり込みで涼のご飯係をしてるの」
言うだけ言って、栞は一人でさっさとキッチンに行ってしまう。
「え、あ、ちょ……栞?!」
取り残された俺に、二人分の視線が突き刺さった。にやにや、にまにました意地の悪そうな笑みのおまけ付きで。
「ふぅ〜ん?」
「へぇ〜?」
「な、なにか……?」
「いやいやぁ。ただ、なんか申し訳ないなぁって。知らなかったとはいえ、しおりんと高原くんの、二人だけの愛の巣に押しかけちゃったからさぁ」
「いやぁ、黒羽さんの奥さんみが半端ねぇと思ってたが……そういうわけか、なるほどなぁ」
孤立無援。
俺はだんまりを決め込んだ。
ここはいっそ、俺も栞の手伝いに──
「あたし、しおりんのお手伝いしてこよーっと! そっちの方が面白い話聞けそうだもんねー!」
……なっ。
先越されたっ!
逃げ場を失った俺を追い詰めるように、遥が肩をぶつけてくる。それから、キッチンに聞こえないようにこっそりと耳打ちをしてきた。
「つまり、親のいねぇ家ん中であの黒羽さんと二人きりだったわけだ。……で、そこんとこどうなんだ?」
「……どうって、なにが?」
「とぼけてんじゃねぇよ。んなの決まってんだろ、ヤッたのかって聞いてんだよ」
「ぶっ……!」
ド直球すぎて、盛大に吹き出した。
そんな俺を見て、遥はくつくつと笑う。
「くくっ。わっかりやすいな、涼は。動揺しすぎだろ。そうですって言ってるようなもんだぞ、それ」
「いや、だって! 遥がいきなり変なこと言うから!」
「わりぃわりぃ。けどな、俺は別にそれをからかおうってわけじゃねぇぞ」
「……めちゃくちゃイジってくるくせによく言うよ」
「だから謝ってんだろ。ま、聞くまでもなかったわけだがな。なんつーか、空気感っての? こないだまでとはなんとなくちげぇっていうか、甘ったるいっていうかさ。そういうの、自覚ねぇのかよ?」
「……そんなの、自分じゃわかんないって」
確かに、栞に対しての気持ちが深くなった自覚はある。でも、それが外にまでダダ漏れになってたのかと思うと恥ずかしい。
「そういうもんかね。まぁでも、よかったじゃんよ。うまくやってるみたいで」
そう言う遥は、どこか真面目くさった顔をしていた。
「ちっとばかし小っ恥ずかしいこと言うけどさ……お前ら見てると、なんか眩しいんだよな。お互いに大事にしてんのすげぇわかるし、幸せそうっていうか──うまく言えねぇけど」
「……そういう遥だって、楓さんと付き合ってるじゃん」
遥の言っている意味が、いまいちよくわからなかった。遥に恋人がいなくて、羨ましがってるならわからなくはないけど。
「まぁ、な。昔っから一緒にいんのが当たり前で、高校あがる前の春休みに、彩から言われてな」
「あー……確か、幼馴染なんだっけ?」
「おう。ベタなやつだけど、家が隣同士なんだよ。だから付き合ってても、その延長ってか──そんな感じだ」
「とか言って、好きだから付き合ってるわけでしょ?」
「……お前、結構ずけずけ聞いてくるよな」
「そういう話を始めたのは遥でしょ。それに、俺たちの話だってしたんだから」
「あぁ、くそっ……わーったよ」
照れているのか、遥はがしがしと頭を掻いた。
「好きだよ、普通にな。じゃなきゃ付き合わねぇっての。つっても、あいつはいつまでも手のかかる妹みてぇなもんだけどな」
「あはは。確かに手がかかりそうだよね、楓さんは。今日のこともそうだし。振り回されてそうで大変だよね、遥も」
俺は労いのつもりだった。遥が世話焼き兄貴分っぽい性格になったのは、楓さんが原因だと思ったから。
けれど、遥は俺を軽く睨んで小さく息を吐いた。
「……別にそこまでじゃねぇよ。勢い任せで生きてるのは事実だけどな、あいつだってなんも考えてねぇわけじゃねぇんだぞ。人が嫌がることは絶対しねぇし、けど、物怖じもしねぇから誰とでもあっという間に仲良くなっちまう。ほれ、あっち見てみろよ」
遥の視線が、キッチンへ向く。そこには、なにやら楽しげにしている栞と楓さんの姿があった。
「黒羽さんってさ、前はなんか気難しそうだったろ。それをどうにかしたのは涼かもしんねぇけど──あそこまで黒羽さんが気を許してんのは、たぶん彩の力なんだよ」
「……なるほどね」
あれほど人との関わりを怖がっていた栞が、今は俺以外の人と笑ってる。
きっかけを作ったのは俺だ。
それはもう、疑ったりしていない。
でも、ここまでになるには、きっと俺だけじゃ足りなかった。楓さんが、栞と友達になってくれたから──
「そういうところなんだよ。俺が彩を好きなのはな。バカなやつだけどさ──そこだけは尊敬してんだ。すげぇってな」
「……そっか」
面と向かってバカだアホだと罵り合っていても、そこには間違いなく好意がある。
なぜか俺は、少しだけ安堵していた。見ていて不安になることもあるけれど、ちゃんとした関係の上に成り立っているんだって。
遥と楓さんの関係は、俺と栞とは全然違う。
でも、きっとそれも間違いじゃない。
同じ好きにもいろんな種類があって、どれが正解なんて決めることはできないんだろう。
それぞれが、壊れないように大切にしている限りは。
でも──
……ちょっと真面目に話しすぎたかも。
最初はヤッたヤラないとかって話してたのに。
だから俺は、ほんの少し声のトーンを上げた。
「楓さんを見てる時の遥の顔って、なんかお父さんみたいだよね」
「はぁっ?! ざけんな、誰が父親だって?! それを言うなら兄貴だろうが!」
「……そこは彼氏じゃないのね?」
「うっせ……ったく、なんでか涼には話し過ぎちまうな。なぁおい、涼」
がしっと肩を掴まれて、引き寄せられる。遥は睨みつけるように、俺の顔を覗き込んだ。
「……なに? 顔怖いんだけど」
「いいか? さっきの話、彩には絶対に言うんじゃねぇぞ」
「……そんなこと? というか、本人にも直接言ってあげたらいいのに。楓さん、喜ぶと思うよ」
「んな恥ずい真似できるかよ。それに──言ったらあいつ、調子に乗るからな」
「ふぅん。まぁいいけどね」
……遥って、不器用というか、素直じゃないんだろうなぁ。本当は、楓さんのこと大好きなくせに。
だって、俺が栞を見る時と同じような目をしてる。俺なら言葉にしちゃうところだけど──
まぁ……これはこれで遥らしいのかも。
それから俺たちは黙り込み、それぞれの恋人の姿を眺めながら、昼食ができあがるのを待った。




